もう君なしでは生きられない!ミトコンドリアと細胞の不思議な関係

初めは接点なんて何もなかったのに、気づいたら一緒に過ごしている。もう君なしでは生きられない......今回はそんな不思議な運命のお話です。

というわけで、みなさんこんにちは!科学コミュニケーターの田中です。みなさんは、こんな運命的な恋に落ちたことがあるでしょうか?(田中は残念ながらありません......)しかし今回は恋のお話ではなく、みなさんの体の中のお話です。

主役は私たちの体をつくる細胞、そして細胞の中にいるミトコンドリア。前回の田中のブログでは、ミトコンドリアのちょっと意外な見た目についてご紹介しました(「ミトコンドリアのほんとの姿は"あの形"とちょっと違う?!」https://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20181109-4-gfprfp-mito-gfpmito-rfp.html)。その続報である今回は、細胞内で働く他の小器官(オルガネラ)とは違った、ミトコンドリアの特徴についてご紹介していきます。

生物の教科書に載っているミトコンドリアの絵(イメージ)
本当はこの絵とは少し異なる姿をしている(詳しくは前回の記事「ミトコンドリアのほんとの姿は"あの形"とちょっと違う?!」をご覧ください)

別々の細胞がひとつに!

ミトコンドリアが他のオルガネラと大きく異なる特徴、それはもともとは別の生き物だったこと。好気性細菌という、酸素を使ってたくさんのエネルギーをつくりだすことができる生き物が、細胞に取り込まれ、細胞内に住み着いてミトコンドリアになったと考えられているのです。これを細胞内共生説といいます。生物を勉強したことがある方なら、もしかするとご存知かもしれませんね。

細胞内共生説
好気性細菌が細胞の中に取り込まれてミトコンドリアになった。

もう少し詳しく説明しましょう。まず生き物は細胞の中に核があるかないかで大きく2つに分類をすることができます。核がないのが原核生物、核があるのが真核生物です(下図)。ではその核ってどんなものなのかというと、私たちの体の設計図であるDNAをしまっておく部屋です。核がない原核生物の細胞も設計図であるDNAを持っていますが、核のようにDNAの周りを隔てる仕切りはありません。DNAがある程度まとまって細胞の中にあり、これは核様体と呼ばれます。そしてミトコンドリアは、そんな原核生物のひとつである好気性細菌が、真核生物の細胞に取り込まれてできあがったと考えられているのです。したがって、ミトコンドリアを持つのは、真核生物の細胞のみです。

この細胞内共生説はその名の通り、ミトコンドリアが細胞の中で細胞と共に生きていくようになったという「説」ですが、この説はおそらく正しいだろうと考えられています。でも、ミトコンドリアが細胞の中に入っていったその様子を見ていたわけでもないのに、なぜ正しいなんて言えるのでしょうか?

ミトコンドリアが別の生き物だった証拠

もちろん、細胞内共生説が正しいと考えられているのにはちゃんとした理由があります。主に以下の3つの理由から、細胞内共生説は正しいだろうと支持されています。

性質の異なる二重膜で囲まれている!

細胞の中に存在するそれぞれのオルガネラは、膜に囲まれて形作られています。この膜、普通のオルガネラは1枚の膜なのですが、ミトコンドリアは内膜・外膜の2枚の膜(二重膜)から成ります。特徴的なひだを作っているのが内膜で、外側を囲っているのが外膜です。さらに、この内膜と外膜はその性質が少し異なっています。また好気性細菌にも内膜と外膜を持つ種類がいて、その2枚の膜も性質は異なっています。ミトコンドリアの内膜は、その主成分である脂質や膜の中で働くタンパク質などが、細菌の内膜と良く似ています。このことからミトコンドリアの内膜は、細菌の内膜がもとになっていると考えられます。(*)

独自のDNAを持つ!

私たちの体の設計図であるDNA。実は核の中だけでなく、ミトコンドリアの中にも存在しています。しかもミトコンドリアのDNAは、核のDNAとは違った特徴を持っていて、こちらも細菌の特徴に近いのです。さらにミトコンドリア内にはこのDNAの情報からタンパク質をつくる装置が備わっていますが、それらも細菌の装置に近い特徴を持っています。

半自律的に増える!

細胞は細胞分裂によって2つに分かれることで増えます。このとき、たとえば核は、分かれた2つの細胞のどちらにもないといけません。そのため、細胞分裂をするときは、核も2つに分裂をします。逆に、細胞が分裂するとき以外には、核は分裂しません。一方ミトコンドリアはというと、細胞分裂をしないときにも、細胞が必要だと判断したときにはどんどん分裂して増殖することができます。これを「半自律的な増殖」といい、もともと細胞とは別の生き物であったからこその特徴と考えられています。

以上の3つのことから、細胞内共生説はほぼ間違いなく正しいだろう、ミトコンドリアはもともとは別の細胞(細菌)だったのだろう、とされています。

真核生物は、ミトコンドリアでエネルギーをたくさん作れる

このように細胞の中にやってきて、今も私たちの細胞の中で働いているミトコンドリアですが、ではどんな役目を果たしてくれているのでしょうか。ミトコンドリアの主な働きは酸素を使ってエネルギーをたくさんつくること。ミトコンドリアは細胞の中の発電所、とたとえられたりします。私たちは、体を動かしたり食べ物を消化したり、いろんなことにエネルギーを使っていますが、そのエネルギーを生み出しているのが、ミトコンドリアなのです。私たちヒトを含む真核生物は、ミトコンドリアを持つことでたくさんのエネルギーを生み出せるようになり、発展してきました。

ミトコンドリアは細胞の中の発電所にたとえられる

そしてミトコンドリアは、たくさんのエネルギーを必要とする真核生物にとって、なくてはならないものとなりました。ではミトコンドリアの側は、細胞を必要としているのでしょうか?その答えは、YES。ミトコンドリアを細胞の外に取り出したら、ミトコンドリアはもう生きてはいけません(しばらくはタンパク質を作ったりエネルギーを産生したりできますが......)。ミトコンドリアがお仕事をして生きていくためには、ミトコンドリアの外で作られたものがミトコンドリアの中にやってくることが必要なのです。元々は単独で生きられていたはずのミトコンドリアの祖先ですが、細胞と一緒に過ごしている間に、細胞なしでは生きていけなくなってしまったのです。つまり細胞にとってミトコンドリアはなくてはならない存在であり、かつ、ミトコンドリアにとって細胞はなくてはならない存在といえます。

......と、ここまでが高校の生物の教科書にも出てくる共生説の話でした。

ミトコンドリアと細胞の関係は、想像以上に深い

今回はもう少し探ってみることにしましょう。ミトコンドリアを持たない真核生物って本当にいないのでしょうか?ミトコンドリアの主な働きは、酸素を使ってたくさんのエネルギーを作り出すことでした。たとえば、他の生き物に寄生する生物であれば、寄生した先でエネルギーを奪ってしまえばミトコンドリアがなくても生きていけそうな気もします。

実際はどうなのかというと、酸素を使ってたくさんのエネルギーをつくり出すことを必要としない真核細胞たちも、ミトコンドリアの残存のようなオルガネラを持つことがわかっています1-3)。このことから、細胞はエネルギーを作り出すこと以外のミトコンドリアの機能を必要としているといえます。では、細胞にとってなくてはならないミトコンドリアの機能とはいったい何なのでしょうか?

そのひとつが「鉄-硫黄クラスター」をつくること。鉄-硫黄クラスターというのは、細胞の中で働くいろいろなタンパク質に必要なものです。これがないとそうしたタンパク質がうまく働けず、細胞も生きていくことができません。そんな鉄-硫黄クラスターをつくる装置がミトコンドリアの中にしか存在しません。したがって、ミトコンドリアがたくさんのエネルギーをつくる必要がなくなった細胞でも、鉄-硫黄クラスターをつくるために、ミトコンドリア(もしくは退化したミトコンドリアの残存のようなオルガネラ)が必要なのです。

「ミトコンドリアは細胞の中の発電所にたとえられる」と先述しましたが、実はミトコンドリアはエネルギーをつくる発電所としてだけでなく、ほかにも細胞にとって必須の働きをしていることがおわかりいただけましたか?ミトコンドリアと細胞の関係は想像以上に深いようです。

ミトコンドリアは細胞の中の発電所にたとえられるが、そのほかにも鉄-硫黄クラスターの工場としての役割も担う。細胞は、ミトコンドリアが作り出したエネルギーや鉄-硫黄クラスターを利用することで、生きられる。

ミトコンドリアがまったくない!!と思ったら......

しかし、2016年に業界を震撼させる驚きの発見が報告されます。ミトコンドリアもなければミトコンドリアの残存のようなものもない、真核生物が見つかったのです!これまでの常識が覆されるような大発見でした。論文のタイトルもズバリ、「ミトコンドリアを持たない真核生物(A Eukaryote without a Mitochondrial Organelle)4)」!
この世界を驚かせた真核生物は、鉄-硫黄クラスターが不要な特殊な細胞だったのでしょうか?いいえ、そうではありませんでした。ミトコンドリア内で鉄-硫黄クラスターをつくる代わりに、細胞内の別の場所で鉄-硫黄クラスターをつくれるようになっていたのです。そのために必要なDNAは、ミトコンドリアのもとになったような細菌のDNAが核の中に入って定着したものと考えられています。ミトコンドリアはないけれど、ミトコンドリアの代わりの働きができるように変化した生き物だったのです。やはり、ミトコンドリアの働きは真核生物にとって欠かせないものだったのですね。

いかがでしたか?今回は「鉄-硫黄クラスター」というマニアックなところまでお伝えしました。少し難しい話だったかもしれません。ですが、ミトコンドリアと細胞が切っても切れない深い関係だということがおわかりいただけたでしょうか?人と人とのつながりや、生き物と生き物のつながりも、複雑でおもしろいものが多かったりするように思いますが、実はみなさんの体の中である細胞内にも、不思議な深いつながりがあったのですね。

(*)ミトコンドリアの外膜について
高校の生物で「ミトコンドリアの外膜は、ミトコンドリアを取り込んだ細胞の膜の性質に近い。したがって、外膜は細胞の膜が起源である」と習うことがあります。田中もそう習ったと記憶していますし、同僚の科学コミュニケーターに聞いてみてもそうでした。たしかに、ミトコンドリアの元となった好気性細菌を細胞膜で包み込んで取り込んだと考えれば、それが自然です。ですが、現在は「ミトコンドリアの外膜は好気性細菌の外膜が起源である」と考えられているそうです。その証拠として、細菌の外膜にしか含まれない特徴的な構造のタンパク質(βバレル型膜タンパク質)が、ミトコンドリア外膜にもあることが挙げられます。

ミトコンドリアの外膜は、取り込んだ側の細胞の膜が起源ではない

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【参考文献】
1. Alina V. G. et al., Nature, 452 (7187),624-628 (2008)
2. 和田 啓, 日本結晶学会誌 , 52, 174-183 (2010)
3. 平林 佳, 日本結晶学会誌 , 60, 165-166 (2018)
4. Karnkowska A. et al., Curr. Biol., 26, 1274-1284 (2016)

【謝辞】
本記事を執筆するにあたり、取材にご協力くださった京都産業大学総合生命科学部の遠藤斗志也先生に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

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