夫婦の姓、違う人がいたら嫌ですか!?

このエントリーをはてなブックマークに追加

科学コミュニケーターの田中健と私、樋江井が中心になって、 家族の多様性と科学技術のあり方について考える「みらいのかぞくプロジェクト」を立ち上げました。本ブログでも、家族に関するさまざまなトピックを紹介していきます。今日はこちらの話題!

12月16日 夫婦同姓合憲

このニュースをご覧になった方は多いのではないのでしょうか。

民法では、結婚する際に自分かパートナーか、どちらかの姓に統一しなくてはならないと定められています。つまり一方は姓を変えなければならないわけです。これが、憲法の「男女平等」「自由」の考え方に反すると訴える裁判でした。この主張が認められたなら、民法のこの規定は改められ、夫婦が2人とも戸籍の上でも元の姓のままでいることが可能になるはずと大きな注目を浴びていました

しかし、最高裁判所は、民法のこの規定は違憲とはいえず、合憲という判断をくだしました。

なぜ夫婦別姓を認めないことが違憲とはいえないのか、今回の判決でキーワードにあがっていた2つの論点からみていきます


論点1:男女平等の権利を侵害しているか?


日本社会では、96パーセントの夫婦で女性が男性の姓に変えています。それが民法の規定に起因するものであり、男女平等を定める憲法の内容に違反するという主張です。

これに対し「(民法の規定は)夫婦がいずれの氏を称するかを夫婦となろうとする者の間に委ねているのであって、その文言上性別に基づく法的な差別的取扱いを定めているわけではなく、(中略)、男女間の形式的な不平等が存在するわけではない」と最高裁は判決文で述べています。

民法では、婚姻時に必ず男性の姓にしなければならないという規定はないのです。その意味では男女平等の権利を保障できているといえます。しかし、実際には女性側が姓を変えるという社会的風潮が根強くあることに否定はできません。本人たちの意思に反したことが強要される土壌があるのだとしたら、それに関しては、変えていく必要があるかもしれません。


論点2:自由を侵害しているか?


民法では、結婚後どちらかの姓に改める必要があると定められており、「姓の変更をしなければならないことが自由を侵害している」と原告側は主張していました。

これに対し、司法の見解は「氏は、個人の呼称としての意義があり、名とあいまって社会的に個人を他人から識別し特定する機能を有するものであることからすれば、自らの意思のみによって自由に定めたり、又は改めたりすることを認めることは本来の性質と沿わないものであり、一定の統一された基準に従って定められ、又は改められることが不自然な取扱いとはいえない」というものでした。

氏名を好き勝手に変えてはいけないという主旨はわかりますが、「一定の統一された基準に従って」変えたくはないのに変えなくてはならない人が現状ではいるわけです。法律家でない私にとって、正直、この見解が自由を侵害しないことの答えになっているか判断がつきません。しかし、結果的に、夫婦同姓を定めるこの民法の規定は合憲(自由を侵害していない)ということになりました。

この文面をみて、個人の姓への想いというのが尊重されないことに強く疑問を感じました。そのことに対しては、裁判員はこのように理解を示しておりました。

氏を改める者にとって、そのことによりいわゆるアイデンティティの喪失感を抱いたり、従前の氏を利用する中で形成されてきた他人から識別し特定される機能が損害される不利益や、個人の信用、評価、名誉感情等でも影響が及ぶという不利益が生じたりすることは否定できず(以下略)

個人が被りかねない不利益はしっかり考慮にいれられています。その上で、希望する夫婦に対して別姓を選択できる権利を与える「選択的夫婦別姓制度」を設ける可能性について裁判ではふれられており、判例ではこう記載されていました。

この種の制度のあり方は、国会で論ぜられ、判断されるべき事例にほかならない

司法の場ではこれ以上議論することはできませんが、立法の場にもっていけば話は別です。判決文でも国会で論ぜられるべき、判断されるべきとしています。


次なる舞台は国会へ


立法府である国会は、社会状況にあわせて法律をつくり、かえていく場です。現在の法制度で不利益や不満を感じている人がいるのであれば、変えるべきかどうか議論していく必要があります。夫婦別姓問題も、生きづらさを感じている人がいる以上、向きあわなければならない問題の1つです。

国会で国会議員が議論するとはいえ、議員はわたしたちの代表です。つまり、変えるか変えないかを決めるのはわたしたちです。どういう形であれば、個人が幸せに生きることができ、かつ社会がうまくまわるかを考えて、責任を持って答えをだしていかなければなりません。特に、誰にとっても無関係ではいられない家族の制度についてはなおさらです。


家族のかたちは多様化する


家族に関する他の問題に目を向けてみると、想像以上に多くのトピックが話題になっています。夫婦同姓合憲判決がでた同じ1216日には、「離婚後6ヶ月は女性の再婚を禁止」する規定には違憲という判決がでたり、その少し前の11月には、東京都渋谷区と世田谷区では女性同士、男性同士でもカップルとして認めるとしました。社会的に認められる家族のかたちというのが急速に多様化しています。今まで当たり前のように捉えてきた家族という存在について、今、改めて問いなおす必要があるのかもしません。


ここまで読んでくださった皆さんは、「なぜ未来館の人が家族のプロジェクトをはじめたたんだろう?」と不思議に思ったかもしれません。今回紹介したような家族の問題についてみんなで意見を交換しあうとともに、将来、家族のかたちをかえうる科学技術の使い方について語りあいたいと考えているからです。

生殖医療やロボット技術などの科学技術が発達していくと、80歳でも子供が産めたり、ロボットが自分のパートナーになったり、今の私たちの視点からすると想像もできないようなかたちが可能になってきます。1人ひとりが幸せに暮らしていくためには、どのように科学技術を使っていけばいいか、今のうちから語り合い、決めていく必要があります。

科学技術は人を幸せにする手段であって、使い方によって幸せな家族をつくれることもあれば、そうでないこともあります。そのため、まず「家族とはどういう存在か(どういう存在でいてほしいか)?」ということを明確にしてからでないと「幸せな家族をつくるにはどのように科学技術を使えば良いか」を議論することは難しいと考えています。だからこそ今回、科学とは直接には関係がない夫婦別姓に関する話題をとりあげました。

プロジェクトの詳細は、来年1月中旬頃に企画の詳細リリースを予定しています。ぜひ注目していただければと思います。

わたしたちと一緒に、家族について本気で考えてみませんか?


※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

コメントを残す