"みらいのかぞく"を考える~文化人類学から見る家族のかたち~

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ブログ"「みらいのかぞく」プロジェクト、始動!"でもご案内しましたイベント、「"みらいのかぞく"を考える~人の心・制度・科学技術~」が、2月11日に無事終了しました!

ご参加いただいた皆様、本当にありがとうございました。

講演パート、ディスカッションパートに加え、イベント終了後の特別ワークショップと3本立てで、とっても濃い内容だったこのイベント。

これから数回のブログに分けて、みなさまにご報告していきたいと思います。

まずは、イベント前半に実施した講演パートからです。

講演パートのプログラムは次のとおりでした。

基調講演①『文化人類学から見る家族のかたち』

国立民族学博物館 先端人類科学研究部

准教授 松尾瑞穂 先生

科学コミュニケーターからの話題提供『未来の家族の可能性』

科学コミュニケーター 樋江井哲郎

基調講演②『「みらいのかぞく」と生命倫理』

東京大学医科学研究所 公共政策研究分野

教授 武藤香織 先生

今回のブログでは、松尾瑞穂先生のお話をご紹介します!

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(松尾先生ご講演の様子)

<そもそも文化人類学って何?>

みなさん、文化人類学って聞いたことはあっても「一体どんな学問?」と思う方もいいらっしゃるかもしれません。

松尾先生の説明によると「異文化や他者を知ることを通して、自社会の"当たり前"を問い直し、他社会と関係づけてとらえる(相対化する)学問」とのことでした。確かに、松尾先生のお話の中には「え!?」と驚く他文化の事例が出てきて、私自身の"当たり前"もくつがえされました。この説明を聞いて、私は「みらいのかぞくプロジェクトがやろうとしていることの一つは"個人レベルの文化人類学"なのかも?」と思いました。

<日本でいう「家族」ってどんなもの?>

一般的な家族構成と言えば、みなさんはどんなかたちが思い浮かびますか?モデル的によく表されるのは、両親とその子どもだけで構成される"核家族"です。しかし、松尾先生が示されたデータ(平成22年度国勢調査)によると、全国に単独世帯は約1万7000世帯あり、これは全世帯の32.4%を占めるそうです。一方で標準的と考えられている夫婦と子どもからなる世帯は27.9%であり、実は単独世帯の方がかなり多いのです。しかも、この27.9%の中には、30歳~45歳の未婚男女とその親という世帯も増えていて、世帯構成だけでなく核家族の内実も変わってきています。

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<文化人類学における家族の定義>

家族って何?と聞かれたら、みなさんはどう答えますか?

私にとって家族とは...どんなにぶつかってもいつかは帰る場所、でしょうか。

文化人類学では、アメリカの有名な文化人類学者G.P.マードックが1949年に発表した著書『社会構造』の中で、家族はこう定義されています。

「居住の共同、経済的協働、生殖によって特徴付けられる社会集団」

簡単に言うと、「住むところや家計をともにし、子どもを産み育てる人たちの集まり」です。

マードックはこの定義のもと、核家族があらゆる家族の形のベースにあると唱えました。複数の婚姻関係を持つ家族や複数世帯がともに暮らす拡大家族なども、核家族が組み合わさったものであるという考え方です。しかし、その後の調査研究により、実際はその枠にとらわれない多様な家族のかたちがあることがわかってきており、彼の唱えた説は今では主流ではなくなっているそうです。

<インド・ナーヤルの母系家族>

では、多様な家族のかたちとは一体どんなものなのでしょうか?

松尾先生は、日本の一般的家族観と異なる3つの事例をご紹介してくださいました。

1つ目は、インド南部のある地域におけるカースト(身分階級)のナーヤルという人たちです。ナーヤルは貴族などのクシャトリア階級に属するカーストです。

ナーヤルでは、「母」を中心に家系が存続します。ナーヤルの女性は、初潮を迎える頃、儀礼的に夫を持ちます。わずか10歳~12歳くらいで結婚をするわけです。そうすることで、女性はナーヤル社会の中で一人前に扱われるようになります。その後、儀礼的な夫とは別に、複数の男性を通い婚の夫として迎えることができます。通い婚の夫は、夜に女性の家に行き、朝には帰るという関係を築きます。そこで子どもが生まれると、その子どもは女性の家、つまり母親の家に属し育てられます。

おもしろいのは、その子どもを教育あるいは扶養する義務を負うのは、その女性の家にいる男性、つまり母親である女性の兄弟なのです。儀礼的な夫、通い婚の夫は一切そうした義務をもちません。それどころか、権利さえないのです。例えば通い婚の夫が、血のつながった自分の子どもにおこづかいをあげたりプレゼントをしたりすることはできません。なぜなら、その夫がもつ財産はすべて、夫の姉妹の家系が握っており、姉妹の子どもを育てるために使われるべきだからです。

少し複雑なので、図示します。

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日本とはまったく異なる特徴的な家族形態ですね。いわゆる嫉妬心などが起こらないのか、それとも解消できる何かがあるのかが気になりました。

しかし、ナーヤルの家族形態がインドにおける民法にそぐわないという実態から、現在ではこうした家族のかたちは減ってきているそうです。

<ヌアー社会の幽霊婚>

2つ目は、アフリカは南スーダン共和国のヌアー族です。彼らの結婚は、男性から女性へ牛を贈ることにより成立します。しかも、とても驚いたのは、例えば未婚のまま亡くなってしまった男性でも、その男性の代わりに家族から女性に牛が贈られれば、結婚が成り立ってしまうということです。つまり、その女性は亡くなった男性(以下「死亡夫」)と結婚するわけです。これを幽霊婚と言うそうです。そして、結婚後にこの女性が他の男性との間に子どもをもうけた場合、その子どもは死亡夫の正式な子どもとして、死亡夫の家系に属します。

こちらも複雑なので図示しましょう。

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こちらも日本の一般的な家族観とはまったく違う社会です。生まれてきた子どもは、死亡している父と生物的父の存在をどのように捉えるのでしょうか。やはり、心の面が気になってしまいます。

<ミクロネシア・ヤップ島の親子関係>

そして最後、3つ目はミクロネシア連邦のヤップ島というところです。ヤップ島の家族は父方の家系が軸となり、タビナウと呼ばれる土地や家がとても重要視されます。また、子どもは、父方の先祖の霊、すなわち精霊のはたらきによって母の体内に宿ると考えられています。なんだか「こうのとり」を思い浮かべてしまいます。母と子は「出産」によって親子というつながりを築きますが、父と子は同じ精霊のもとに生まれたという考え方によってつながっています。子どもが育つ過程で、いかに父親に従順に尽くすことができるかによって親子関係を築き、またタビナウを相続していくのです。

こちらも簡単な図にしてみました。

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複数の通い婚、亡くなった男性との結婚に続き、最後に精霊が出てきて、私の家族観がいかに日本の常識にとらわれていたかを完全に思い知らされました。

もう何でもあり!?と思ってしまいます。ファシリテーターをしながらも、「文化人類学っておもしろい!」と、参加者のみなさんと一緒に先生のお話に聞き入ってしまいました。

<家族はどこに向かうのか>

これらの事例のように、多くの国や地域における伝統社会では、父と子に必ずしも血のつながりは必要でなく、例えばヤップ島の事例に出てきた精霊のように、それぞれの社会が持つ何らかのつながりが父と子を結びつけています。つまり社会的な父の方が生物的な父よりも重要とされているのです。

一方で、精子や卵子が親子のつながりをあらわすという考え方は、実は近代の西洋社会で生まれた考え方であって、世界の当たり前ではありません。

松尾先生は、不妊治療などの生殖補助医療技術は、こうした近代西洋社会の考え方をますます強める方向に進めるだろうとおっしゃっています。そして、親子に血のつながりが重要視されがちな社会の中で、それ以外の多様な親子でも生きづらさを感じずに暮らせる社会にするために、私たちはどうすべきだろうか?という問いかけを、最後の締めくくりとされていました。

世界は広い。国や地域の数だけ社会があり、文化や習慣があるわけですから、家族のかたちもさまざまで当然と言えば当然です。しかし、生まれ育った環境がその人の常識を大きく左右するのだろうと改めて認識するとともに、生殖医療という科学技術の進展が人々の家族観を変え、その家族観に収まらない人たちが生きづらい社会に向かってしまうのではないかという不安も感じさせるお話でした。

さて、松尾先生が最後に触れた生殖医療のような科学技術は、"みらいのかぞく"にいったいどのような変化をもたらしていくのでしょうか?

次のブログでは、科学コミュニケーター樋江井による『未来の家族の可能性』武藤香織先生のご講演『「みらいのかぞく」と生命倫理』の様子をお伝えします。

松尾先生のお話を受け、そこに科学技術の視点が加わっていきます。

次回のブログもぜひご覧ください!

2月11日「みらいのかぞくを考える~キックオフイベント」の報告
文化人類学から見る家族のかたち(この記事)
科学技術と生命倫理

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