調香師に聞く すてきな香りのつくり方

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風に花の香りを感じる季節が足早に過ぎ去ろうとしています。

ところで、なぜ私たちは様々な匂いを感じ取ることができるのでしょうか。それは匂い物質と呼ばれる目には見えない小さな化学物質を鼻の奥にある嗅神経細胞がキャッチし、その信号が脳に伝わるからです。

匂い物質は自然界にたくさん存在しています。
例えば「コーヒーの香り」は1種類の匂い物質ではなく、数百種類もの化学物質が様々な割合で複雑に混じり合って形作られています。
さまざまな方法により抽出したり、化学的に合成したりして得られた匂い物質が、フレーバリストやパフューマーと呼ばれる調香師の技術によりブレンドされたものを、一般的に香料と呼んでいます。

今回、香料を専門に開発している長谷川香料株式会社を訪れ、香料の研究開発に携わる調香師さんたちが働く現場を取材しました。

・香料会社では、どのような香料が作られているのでしょうか?

香料というと香水をイメージする方が多いと思いますが、化粧品だけでなく、私たちが普段口にする加工食品にも香料は使われています。
非常に多くの加工食品には、各種香料が幅広く使用されています。
香料会社では主に加工食品に使われる香料(フレーバー)と、化粧品や洗剤などの生活用品に使われる香料(フレグランス)の研究開発や製造を行っています。

・香料の研究はどのような方法で行われているのでしょうか?

天然物の香りを例に挙げると、天然物の香気成分(匂い物質のこと)の捕集と成分分析、官能による評価を用いています。
天然の花の香気成分の研究では、いくつかの方法で香気成分を捕集することから始めます。
ここでは水蒸気蒸留という方法について説明しますが、まず原料となる花を蒸留装置に入れて高温の水蒸気を通し、水蒸気と共に香気成分を留出させ香気成分を集めます。
香気成分は、花の香りを構成する匂い物質の混合物です。
次に、捕集した香気成分を、ガスクロマトグラフという成分分析装置によってどのような成分が含まれているかを分析します。
花の場合は数百種類ほどの香気成分が検出されることもあります。

この分析結果をもとに、それぞれの成分が人間の鼻でどのくらいの濃さならば感じられるのかや、どの程度印象強く感じられるかについて官能による評価を行い天然物の香りに寄与する重要な成分を絞りこみます。
開発した香料の評価には、より客観的な香りの感じ方を知るために、頭部の血流を測定する装置(NIRS)を用いるなど、人間の生理的な反応も指標として用います。
こうした香気成分の検出で利用する装置は、どれも日進月歩で進化していますが、やはり最終的にはフレーバリストやパフューマーの鼻を用いて各成分の配合割合のバランスを整え、完成させていくことが大切な工程となります。
香料の開発では、天然物から抽出した香気成分や合成された香気成分、また、多くの研究によって見いだされた多種多様な調合香料を用います。

・検知に関してはやはり人間の鼻よりも分析装置の方が優れているのでしょうか?

ガスクロマトグラフィーのような分析装置では、人間の嗅覚で感じ取ることのできない成分も検出でき、その性能は10年前と比べても確かに向上していると感じます。
しかしガスクロマトグラフィーでは検出されないような、ごく微量の成分でも人間の鼻では感知でき、官能による評価の際に確認される場合があります。
2007年に発見された柚子の香りの香気成分であるユズノン®はその代表例です。
ユズノン®のように人間の鼻によって新たな香気成分が見いだされたのは、分析機器による測定とともに、人間の鼻でどう感知するのかということが如何に重要かを再認識させられる良い例であると思います。
もしも未来、人間の嗅覚の感度とガスクロマトグラフなどの分析結果が一致するような時代が来たら、香料開発はますます発展するのではないでしょうか。

・分析装置で検出できない微量な成分を人間の嗅覚で感じ取れたのはなぜなのでしょう?

嗅覚神経が香気成分を捉え、脳に伝わるまでのメカニズムはほぼ解明されてきていますが、それだけではユズノン®検出を説明するには不十分です。
分析装置の検出感度と嗅神経細胞の検知感度が異なるため一概には言えませんが、微量な成分が感じ取れるということは、脳内での何かしらの処理が行われているのではないかと考えられています。
微量であっても、この信号は伝えなくては!と脳が判断し、増幅して感じ取っているかもしれませんが、このことについてはまだ明らかにされていません。

・私でも微量な香気成分を捉えられる調香師のようになれるのでしょうか?

香りを創る調香師になるためには、香りに関する記憶や経験、訓練が非常に重要です。これまでの記憶や経験を生かして2000種類以上の香りを嗅ぎわけることができるのが、調香師です。
調香師になるためには、単一の香気成分や天然物からの香気抽出物の香りを記憶し、それらをどの様なバランスで組み合わせるとどの様な香りになるかを記憶する基礎訓練をしっかり受けることです。
料理の味付けに考え方は似ています。何事も基本が大事です。

・例えば「さわやかな香り」という依頼があった場合には、どのように香料を開発するのでしょうか

食品以外に使用する香料開発はパフューマーと呼ばれる調香師が担当します。
依頼された香りをただ提供するのでなく、依頼主のニーズに合わせる必要があります。
そのためには、依頼内容の趣旨や意図などを読み取る力、そして、それを香りにプラスする感性も必要な要素になります。
先ほど述べた香料の知識や技術に加えて芸術性が求められます。そのため、これまでに提供してきた「さわやかな香り」と、今回提供する「さわやかな香り」とが同じ香りになるとは限らないのです。

・生活の中で気になる特定のにおいを消すことはできるのでしょうか?

消臭炭や一部の消臭スプレーのように特定の消したいにおい物質を吸着させて香りを制御する方法はよく知られています。
空気中にある香気成分を化学変化させる、もしくは取り除くことは非常に難しいことですが、マスキングやマッチングという手法によってあたかも消えたかのようにすることはできます。
マスキングとは、気になる香気成分よりも強く感じられる香りを提示することで、気になるにおいを感じにくくする方法です。
マッチングは気になる香気成分と相性の良い成分を提示することで、成分同士が互いに交じり合い、別の香りに感じられるようにする方法です。
イソ吉草酸という納豆や汗臭さに含まれる鼻につく香気成分とバニリンというバニラの香気成分を組み合わせるとチョコレートの香りになるのはその一例です。
長期的には特定の空間にマスキングやマッチング効果のある香気成分が満たされる状態さえ保つことができれば、気になるにおいを感じられない状態を維持することが可能でしょう。
いずれにしても香気成分を変化させるのではなく、感じ取る我々の受け止め方へのアプローチです。
物理的に特定の香気成分をゼロにするというのはなかなか難しい課題です。

最新の機器を活用しながらも自分自身の嗅覚を使って仕事されている長谷川香料の皆さんのお話を聞き、その眼差しからは新しい香りを追求しようとする探究心を強く感じました。
あっという間のインタビュー、危うく時間を過ぎても話に夢中になってしまいそうになりました。
貴重なお話をお聞かせくださって、ありがとうございました。

日本科学未来館では、3階常設展示のメデイアラボで、匂いを感じ取る嗅覚をテーマにした展示を2018年5月21日(月)まで行っています。

匂いが感情を揺さぶる仕組みや匂いを重ね合わせることで、嫌な匂いを消したりする体験をお楽しみいただけます。

ぜひ、お越しください!

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