2018年 キミ×ケミ~君と見つける化学~対談イベント「人工知能で見つける化学の未来」イベント報告

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みなさんこんにちは。科学コミュニケーターの鈴木です。専門は化学です。

なぜいきなり専門の話を出したかというと、去る10月23日は「化学の日」だったからです。10月23日は化学の基本となる数、アボガドロ定数(6.02×10の23乗)に由来し、2013年に制定されました。

日本科学未来館でもこの化学の日にあわせて10月21日にイベントを行いました。「見に来たよ!」という方にも、「行きたかったけど行けなかったよ」という方にも、「何それ知らなかった!」という方にも、化学好きな皆様に向けて当日の様子をお伝えしたいと思います。イベントでは化学実験教室とトークセッションを行いましたが、今回はトークセッションのお話をしたいと思います。

トークセッションでは、大阪大学の佐伯昭紀博士と東京大学の岡田洋史博士をお呼びし、お二人の対談を行いました。

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このトークセッションのキーワードは「人工知能」。佐伯博士は人工知能を使って太陽電池の素材を探した研究者です。一方、岡田博士は化学物質のまだ見つかっていない面白さを調べている研究者です。人工知能が問題を解くにはたくさんのデータが必要です。しかし、岡田博士のように発見したばかりの化学物質の性質を研究しようとする場合、まだ研究が進んでいないためにその化学物質のデータがほとんどありません。こういった研究に人工知能は利用できるのでしょうか?これが対談のテーマとなります。そして、このトークセッションタイトルは、「人工知能で見つける化学の未来」です。

本トークセッションは、以下の流れで進めました。

(1)佐伯博士の研究紹介

(2)岡田博士の研究紹介

(3)対談

本記事もこの流れに沿ってご紹介します。


 

■1.佐伯昭紀博士の研究内容

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佐伯昭紀博士
大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 准教授
2007年 大阪大学 博士号(工学)取得
大阪大学 助手、助教を経て2014年より現職
・スライドタイトル「人工知能で太陽電池を開発?」
太陽電池研究の背景と人工知能でどのように新しい太陽電池の素材を開発したのか語ってくださいました。


佐伯博士の研究キーワードは「太陽電池」と「人工知能」です。

みなさんの身の回りに太陽電池(ソーラーパネルと呼ばれたりもします)はありますか?家の屋根に設置している方や、電車に乗っているときに見かけた方、学校の屋上にあるのを見たことあるという方もいらっしゃるかもしれません。その太陽電池は黒っぽい色をしていませんでしたか?その太陽電池は、現在一般的に使われている「シリコン系太陽電池」と呼ばれるものです。

○メリット

  • ・太陽光から電気を作る変換効率が高い
  • ・太陽光、空気、水によるダメージを受けにくく、劣化しにくい

○デメリット

  • ・値段が高い
  • ・重く割れやすい

一方、佐伯博士の研究している次世代太陽電池は「有機薄膜太陽電池」や「ペロブスカイト太陽電池」と呼ばれる有機系太陽電池です。

○メリット

  • ・プラスチックのようにくにゃくにゃ曲げられる
  • ・好きな色にできる

○デメリット

  • ・変換効率が低い
  • ・太陽光や空気、水に弱い

佐伯博士はこの有機系太陽電池のデメリットを解決できる素材を探しました。しかし、太陽電池には調べなければいけない特徴がたくさんあります。すでに作られている太陽電池もたくさんの種類があります。人間が記憶力と洞察力ですべてのデータを眺めて考えるのは非常に難しいです。そこで、人工知能の登場です。佐伯博士は、たくさんのデータから規則性を見つけ出す人工知能として「ランダムフォレスト」と呼ばれるタイプを利用しました。そして、その人工知能が見つけた新しい太陽電池の材料を実際に化学合成し、確かに良い性能を示すことを見つけたのです。

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※ランダムフォレストとは?

ランダムフォレストは、いろいろな考え方を持つ人たちの間で多数決を取るような方法です。

例えば、昨日で賞味期限が切れた食べ物があったとします。皆さんならどうしますか?

これを判断するにはデータが足りないかもしれません。例えば、おにぎりの賞味期限が切れたのか、缶詰の賞味期限が切れたのかで判断が変わるでしょう。また、匂いが変わっているかどうかでも判断が変わるかもしれません。たくさん判断基準があります。このようなたくさんの賞味期限切れの食べ物を集め、ランダムにいくつかのグループに分けます。各グループの判断基準で食べられるかどうかの規則性を見つけます。そして、ある賞味期限のものを調べたいときは、全グループの多数決を取り、食べられるかどうかを判断します。この方式がランダムフォレストです。データをランダムに分けるから「ランダム」という言葉が付き、それぞれの判断基準で食べられるかどうかを枝分かれさせる図が木に見えることから、森という意味の「フォレスト」という言葉が付いています。

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■2.岡田洋史博士の研究内容

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岡田洋史博士
東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 特任研究員
2004年 東北大学 博士号(理学)取得
2012年より現職
・スライドタイトル「リチウム内包フラーレンとは?」
岡田博士が存在を証明した物質とその面白さを語ってくださいました。


岡田博士の研究キーワードは「合成化学」と「フラーレン」です。

フラーレンと呼ばれる化学物質を聞いたことはあるでしょうか?フラーレンは炭素原子がかご状の形に結合した物質です。特に、60個集まったものはサッカーボールの模様状につながっています(「C60」などと呼びます。より正確には、C60の「60」は下付き文字です)。

しかし、岡田博士が研究している物質は、ただのフラーレンではありません。中にリチウム(元素記号はLiです)という金属原子が入っています。フラーレンは中が空洞なので、中に何か入るのではないかと昔から思われていました。C60は他に見つかっているフラーレンの中では比較的小さく(炭素が70個、82個など集まっているものも見つかっています)、リチウムが中に入るかどうかなかなかわかりませんでした。このリチウムが中に入っているという確実な証拠を世界で初めて見つけたのが岡田博士です(どうやってリチウムをC60に入れるのかというと、下の図の通り、ぶつけて中に入れます!入ります!)。

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図の「Li+」はリチウムのプラズマをぶつけていることを表しています。


リチウムが中に入っているフラーレン(C60)は、リチウム内包フラーレン(「Li@C60」と書きます。より正確には、「60」は下付き文字です)と呼ばれます。普通のフラーレンとは中身が違うだけで、外側はほとんど同じです。しかし、化学的な性質が全然違います。普通の化学物質は、性質を変えるならば結合している原子を組み替える必要があります。こうすると、必然的に形も変わります。C60とLi@C60は形が同じなのに化学反応が起こる速さが大きく違うことがわかっています。ほかにはどのような性質があるのかというところを岡田博士は研究しています。また、リチウム原子がC60の中で動けることから、その動きを制御してスイッチのようなものを作れないかという研究もしています。

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岡田博士の研究は、類似の研究例が少なく参考にできるデータが少ないという特徴があります。岡田博士はこれまでの経験をもとに興味深い・面白そうと予想される実験を行っているのですが、果たしてこのような研究に人工知能は役立つことができるのでしょうか。

ここがこの対談の焦点です。

 

■3.対談:人工知能化学者と合成化学者

対談テーマ:「人工知能は未来の化学でどのくらい活躍しているだろうか」

お二人の対談が始まってすぐ、データの数が問題になりました。佐伯博士は、人工知能が学習をするためには1000個のデータが必要だろうと言います。一方、岡田博士は、せいぜい10個程度のデータしかないと言います。いきなり大きな壁です。

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佐伯博士_(人工知能が学習するために)データは1000個欲しいです。

岡田博士_(自分の研究に関しては)せいぜい10個くらいですね。


人工知能はたくさんのデータをもとに、規則性を見つけ出して結果を予想します。しかし、これではまだ見つかっていない物質を探し、誰も考えなかった実験をするような化学の研究には人工知能は使えないということになるのでしょうか。

岡田博士は、大量のデータから解析するのではなく、ポンと発想・提案する人工知能が無いと自分の研究には使えそうにないと佐伯博士に迫りました。人間は全然違う分野からの発想ができ、それが研究にも活かされています。しかし、佐伯博士は、そんな発想も人工知能はできるだろうと言います。あらゆるデータを学習させれば、人工知能に別分野からの発想・提案をさせられるだろうということです。

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佐伯博士_人工知能も人間のように違う分野からの発想ができると思います。

岡田博士_でも、(人工知能に提案されて)悔しいと実験しないですね。


しかし、岡田博士はあまり納得していない様子です。「人工知能は結果を出してくれるが、なぜその結果になったのか理由がわからない」「人工知能の意見は鵜呑みにしづらい」というのが岡田博士の意見です。それに対して佐伯博士は、ゆくゆくは人工知能に結論を出した理由を説明させることもできるだろうと答えました。

ここで、対談に参加していた来館者の皆様に聞いてみました。

「たくさんのデータの解析も他の分野からの発想も人工知能にはできそうですが、岡田博士のような研究テーマにも人工知能を使ってほしいと思いますか?」

半数以上の来館者の方が手を挙げました。ここで、岡田博士も皆さんに質問しました。

「それでは、皆さんは日常でSiriなどのアプリの提案を信用して実行しますか?」

今度はあまり手が挙がりませんでした。

皆さんが日常でSiriなどのアプリを積極的には使いにくいと感じるのと同じように、研究者も人工知能を使うのをためらいがちなのです

しかし、佐伯博士は実際に人工知能を自分で作り、自分の研究で利用し、人工知能と研究は合わせて使えば非常に強力だということを体験しています。岡田博士にも「人工知能は使わないと損」、「すぐにでも使ったほうが良い」とすすめていました。佐伯博士のように個人用にカスタマイズした人工知能を自分で用意すれば、岡田博士が感じているためらいも無くなるのではないかと提案していました。

化学と人工知能の未来を探っていましたが、技術的には化学を人工知能がお手伝いすることはできそうです。しかし、人工知能を使う人間との間に信頼の壁があるようです。これは研究者もそうでない人も同じように感じているのではないでしょうか。しかし、佐伯博士のように、自ら人工知能を学習させながら時間をかけて人工知能に親しめば、壁が取り払われ積極的に人工知能を使おうと思うのかもしれません

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上の画像はイベント中にスクリーンに映しながら書き残していた対談の記録です。左側が佐伯博士、右側が岡田博士のご意見としておおよそまとめています。


お二人の対談をまとめると、まずは人と人工知能の間の壁が無くならないことには人工知能の力が発揮されないと思われます。しかし、その壁さえなくなれば人工知能というものは強力な新しい研究仲間になりそうです。今の研究者は人間の研究者と研究相談をしていますが、未来にはあらゆる研究データ・論文データを記憶した人工知能が研究仲間としていつでも身近にいるようになるでしょう。そのためには、佐伯博士のように自ら人工知能をカスタマイズするのが重要かもしれません。

 

本トークセッションはここまでで終わってしまいましたが、後程、岡田博士に伺ってみました。

鈴木「岡田博士が自らカスタマイズできる人工知能が手に入るとしたら、使ってみたいですか?」

岡田博士「はい、研究の指針を立てるためのツールとしてなら使ってみたいです。ただ現状だと、学習のために必要なデータ数を用意するのが大変そうなので、将来もっと簡単に利用できるようになったらやってみたいと思います。」

 

もしかしたら皆さんも自分用にカスタマイズできる人工知能アプリが手に入ったら、今よりもっと人工知能を利用するようになるかもしれません。"道具"ではなく"仲間"となるかもしれない人工知能のある未来について、お二人の対談から皆さんも考えてみてはいかがでしょうか。