はじめての中国

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未来館では、展示や科学を一般の人たちと共有するため、「科学コミュニケーター」が常に展示フロアでさまざまな活動を試みています。私もその一人で、この春3年目に入りました。昨年夏におこなった特別企画展「ドラえもんの科学みらい展」では、実演や展示の解説を担当しました。

言葉が通じない!そこでとった行動は・・・

先月、私たちの活動を他館と共有するため、アジア太平洋地域科学館協会(ASPAC)に参加しました。中国・広州で開催され、参加者は、17ヶ国、約120人。他館のスタッフと交流し、科学館での様々な試みや手法を共有することができました。この学会で最も印象的だったのは、60人以上のボランティアの方たち。外国語専攻の大学生で、私たちの滞在中、とても流暢な英語で積極的に話しかけてくれました。私は英語が得意ではないため、時折会話が困難になることも。そんな時、効果的だったのは漢字の筆談。発音は全く異なるのに、不思議と伝わる。日中ならではの、面白いコミュニケーションでした。そのようなやり取りの中、彼らには発表のための機器の準備から、会場の移動、併設していた科学館の展示説明までの様々な面で助けられ、おかげでとても有意義な時間を過ごせました。

[caption id="attachment_501" align="alignnone" width="444" caption="無言の筆談"][/caption]

 

こころに残る体験とは?

帰りの機内で、ものすごく寂しい思いに駆られました。今回の中国滞在をふり返り、最も貴重な体験は何だったのだろう。滞在中に立ち寄った巨大な博物館の見学? 移動のため利用した自転車タクシー? 学会参加者と食べたカエル料理? どれも何か、違います。頭の中に浮かんだのは、お世話になった人たちの笑顔。言葉が通じない中、中国で一番印象に残ったことは、現地の人たちとのコミュニケーションでした。この経験は、未来館での活動に活かしたいと思います。

[caption id="attachment_502" align="alignnone" width="444" caption="ボランティアスタッフさんと(中央が筆者。左端は未来館の大西)"][/caption]

未来館での目標

新しい科学情報を受け取るには、いろいろな手段があります。たとえば、論文、解説本、インターネット検索。しかし、その科学情報を自分なりに解釈し、自分にとってどのような利用価値があるのか判断するには、人が媒介するに勝る手段はないのではないでしょうか。私は、新たな科学や技術を選択するために、来館者ごとに異なった情報を提供していきたいという思いで活動しています。未来館での滞在が来館者にとって、他にない特別な体験となるよう、そのつながりの一部になりたいと願います。

本日からの再オープン後、展示物や科学をきっかけに、訪れた来館者と様々なコミュニケーションに挑戦します!展示フロアで出会う方との“一期一会”を大切に、お互いにとって価値あるコミュニケーションとなりますように。目下の目標は、語学力をはじめコミュニケーションのスキルを磨き、情報を発信する人と受け取る人の間の橋になること。来場された際には、お気軽にお声がけください!

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この記事への4件のフィードバック

はじめまして、北海道札幌市北区に在住している者です。昔日本宇宙少年団のリーダーをしていました。現在は北海道モデルロケットクラブ(HMRC)の会長として北海道の自然や宇宙への夢を青少年へ受け継がれるよな活動をしたいと思っております。中国には16年前にアジア4カ国(日本、中国、韓国、ロシア)対抗のモデルロケット大会に8歳の少年を引率して参加してきました。また、ついでというのもなんですが、新婚旅行も兼ねていました。このときに少し中国語を勉強しましたが、威力を発揮したのがポータブル翻訳機でした。とくに、8歳の少年は旨く使いこなしていて驚きました。私達も買い物で値切ることが出来ました。いまやスマートフォンで音声翻訳機能がついたものも発売しています。科学の力を感じた中国旅行でした。

2011/06/14 北海道モデルロケットクラブ会長 佐藤吉男

PS.夏の北京は猛暑でしたので水分補給が大事だったのですが、当時はミネワルウォーター等無い時代でして、なんと毎食スイカが出てきました。レストランには無料のスイカが置いてあってのどが渇いたらスイカを食べる毎日が続きました。

辛苦了、会談在中国。

言葉が通じなくても、そこは相手も人ですから、身振り手振りとそして笑顔で何とかなるはず!

でも、目の前に無い物/事をきちんと伝えようとすると、やはり言葉も大事ですね。。。

出張先の韓国でひしひしと感じています。

佐藤さま、コメントありがとうございます!

当時のポータブル翻訳機とは、どういったものだったのでしょうか。

ちょうど先日、自分が使っているスマートフォンに翻訳機アプリをダウンロードしてみました。日本語で電話をするように、文章を話すと、異なった言語に変換されてしゃべり返してきます。

魔法のようです。時代も変わってきましたね。しかし、この分野の研究に関わる方から、日本語でも地方ごとの訛りや、年齢による言葉遣いの違いに対応するためには、まだ技術的な問題があると聞いたことがあります。

何でもユニバーサル化されていきますが、これからの未来、言語は統一化されてしまうのでしょうか。個人的には、科学技術を上手に使って、自分たちの文化を残せて行けたらいいなと思います。

竹下 陽子さま

 コメントの返信遅れて申し訳ありません。

 16年も前の話ですが、今で言う電子手帳の高級版といったところでしょうか。簡単な会話を中国語で読み上げる機械でした。現在はアイホーンのSiriのような人工的に音声を聞き取って、各国語に変換して発音してくれるようなものが出ていますね。

 言語の統一化については私も陽子さまと同じです。言語は一つの文化を象徴しているものです。北海道では今でもアイヌ語を話す人たちがいます。また、多くの人たちがアイヌ語を保存しようと活動していす。アイヌ語は文字をもたない文化です。語り部のみが民族の歴史を伝承しています。私はより多くの人々がアイヌ文化に触れ合って欲しいと思っています。

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