南の国から考える ~水編~

このエントリーをはてなブックマークに追加

こんにちは、科学コミュニケーターの高田真希です。

南の国マーシャルで考えたこと、最終回の今回は水をテーマにお伝えします。

日本は四方を海に囲まれ、豊かな水に恵まれた国です。ところが、海に囲まれた国で水不足――。こんなことってあるのでしょうか? マーシャルは美しい海に浮かぶ島々が集まった国ですが、海抜は最高でたったの6m。山も川もないため、たびたび水不足に直面しています。

マーシャルでは各家庭に雨水を貯める水タンクがあり、その水を飲み水や家事、シャワーなどに使います。現地で生活を始めて数ヶ月経ったある日のこと。シャワーを浴びていたら水が止まってしまいました。大家さんに「シャワーが壊れたよ」と伝えると渋い顔。シャワーの故障ではなく、タンクの水を使い切っていたのでした。当時の私は、雨が降らなければ水が無くなることを想像できなかったのです。

[caption id="attachment_7740" align="alignleft" width="300" caption="各家庭の水タンク"]各家庭の水タンク[/caption]

その後、水は大家さんから分けてもらいましたが、一人暮らしの私が大家族の大家さんから水をもらうなど、あってはならないことです。

私は、かなり真剣に節水しました。例えば食器を洗うときは2つのたらいに水を張ります。一方で食器の汚れと洗剤を流し、もう一方ですすいで終わり。なんだか汚れが残っている……のは気にしません! それでも水がなくなったときは、飲料水を買って髪を洗ったこともありました。

夜、風で木の葉が触れ合う音を雨だと思い、朝起きてがっかりということもありました。日本では面倒だと感じていた雨はまさに自然の恵み。大雨でタンクから水があふれていたときは、小躍りしたいほど嬉しくなったものです。

それまで私は、現地の人々がプラスチックの食器や紙皿を惜しげもなく使って捨てる状況を見て、「もっとエコのこと考えようよ!」と違和感を持っていました。しかし、自分の水がなくなって感じたのは「食器を洗う水が惜しい」ということ。水を最優先としたときの私にとっては、水を使わなくてすむ使い捨ての食器こそが生活の知恵に即したエコでした。

もちろん、地球温暖化や化石燃料の枯渇を考えれば、使い捨ての食器は使わない方がよいことは分かります。しかし、価値観は自分が置かれている状況によって180度変わり得ることを、身をもって知りました。

ところで、世界中の人々が今の日本人と同じ水準の生活をすれば、地球は2.4個も必要になるそうです。そして、2050年には10億人が水不足によるストレスを受けると予想されています。

マーシャルで2年間生活して感じたのは、「みんな違って、みんないい」ということです。便利な生活もいいけれど、不便でも自然に近い生活もいい。四季もいいけれど、常夏もいい。地球上には多様な生活があり、豊かさの基準も生活する地域によって、人によって異なります。

しかし、生活の違いが、食料や資源などを過剰に持つこと、持てないことの違いからくるとしたら、皆さんはどう思いますか? 10月末には世界の人口は70億人に達する見込みだそうです。「自分だけがいい」ではなく、「みんながいい」と思えるように、一人一人が少し行動を変えれば、地球も少し変わるかもしれませんね。

※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

コメントを残す