イルミネーションに込めた人々の思い


12月ももう半ばを過ぎ、年の暮れが着々と近づいているのを感じます。冬も深まって寒さを増してきましたが、街の雰囲気は何処となく明るく暖かい感じ。それはクリスマスに近づいているのもあるかもしれませんが、もう一つ、街を彩るイルミネーションのおかげかもしれません。

皆さんは、イルミネーションと聞いて、どこのものを思い浮かべますか? 都内でしたら、丸の内、表参道などでしょうか。他の地域も含めれば、様々な場所のものが出てくると思います。では、イルミネーションの名前を1つ挙げるとしたら、何が出てきますか?

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(写真はカレッタ汐留のイルミネーション「Blue Forest」)

名前を問われれば、おそらく「神戸ルミナリエ」と答える人が多いのではないでしょうか。今年で17回目を迎え、1回の来場者数も300万人を超す、日本でも最大規模のイルミネーションです。

神戸ルミナリエの始まりは、1995年までさかのぼります。そう、阪神淡路大震災のあった年です。1995年1月17日に起こったマグニチュード7.3の兵庫県南部地震。それは神戸の街のみならず、多くの人の命と、街の灯火を奪っていきました。そうした中、6,400人を越す震災の犠牲者への追悼と、人々をまた神戸の街に呼び戻そうという復興の意志から、神戸ルミナリエは始まったのです。

阪神淡路大震災から16年間、神戸ルミナリエは今に至るまで1年たりとも絶えることなく、年末の神戸の街を彩ってきました。その間、人々が震災を思い出すための縁となってきたのは確かですが、一方で当初の理念が失われてきたとの批判も浴びてきました。今後、どのようになっていくかは分かりませんが、神戸の人たちの関心を集めているのは確かなようです。

(参考:ルミナリエのこれからは /神戸新聞

さて、それから16年の時を越えて今年2011年は、3月の東日本大震災で多くの人々の命が犠牲となりました。地震や津波で壊滅的な被害を受け、さらには原発事故の影響もあり、生き残った人も自宅に戻ることすらままならない状況が続いています。そんな中で、16年前の神戸と同じようなやり方で復興を願うのは、簡単なことではないかもしれません。

しかし、そのような逆境にも負けず、被災地に明かりを灯す動きがあります。福島県の三春町では、地域の人たちとNPOが協力して、約10万個のLED(発光ダイオード)によるイルミネーションを作り上げました。また、津波で大きな被害を受けた三陸でも、陸前高田市を中心にイルミネーションの計画が進んでいます。

震災復興「不死鳥」に託す 福島・三春でイルミネーション /河北新報

12月から三陸イルミネーション 陸前高田皮切りに /岩手日報

電力需給の問題で節電を強いられたり、また物資の流通もまだ完全でなかったりと、イルミネーションも思うように準備できないかもしれません。それでも、低電力のLED照明を用いるなど工夫をこらし、また沢山の人の協力を集めることによって、何とか実現しようとしているのです。

イルミネーションのそもそもの始まりは、16世紀の宗教家マルティン・ルターだと言われています。ルターは森から見える星空の美しさに感激し、木々にロウソクを吊すことでそれを再現しようとしたそうです。そんなことを思うと、震災からの復興を願うイルミネーションには、過去を悼む気持ちだけではなく、どのような街を作っていくのか、未来を描く強さが込められているような気がします。

そのような人たちの抱いた思いが、イルミネーションを介して沢山の人たちに伝わるとしたら、それはとても素晴らしいことではありませんか?

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