iPS細胞シンポジウムに寄せられたご質問②

このエントリーをはてなブックマークに追加

6月17日に、未来館にiPS細胞を開発した山中伸弥博士とクローン羊ドリーを生み出したイアン・ウィルマット博士をお招きして、パブリックシンポジウム「「iPS細胞と私たちの未来」を開催しました。

ツイッターを通じて、たくさんの質問をお寄せいただいたのですが、当日は時間がなく、ほとんど両先生にお聞きすることができませんでした。申し訳ございません。甚だ僭越ながら、これまでに山中先生をはじめとする多くの先生方に取材をした知識をもとに、不肖・詫摩がこの場を借りてお返事させていただきます。

情報が古くなっているなど、誤りがございましたら、コメント欄よりご教示いただければ幸いです。

今回は「なぜ今さらES細胞?」「テロメアを長くする方法はあるの」についてお返事いたします。

Q.山中先生に質問です。ES細胞でも網膜の細胞作成に成功しましたよね。私の正直な感想は「なぜ今更ES細胞で?」でした。山中先生はどのようにお考えでしょうか?

まずはお詫びを。お答えするのが詫摩で、本当に申し訳ありません。

ですが、これによく似たご質問を、山中先生は一般向けの講演会でも、記者会見のような場でも受けたことがあります。山中先生は「ES細胞の研究は続けるべきだ」と明言なさっています。

その理由をご紹介する前に、ES細胞とiPS細胞の関係を整理しておきましょう。

ES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵から少し発生の進んだ、ごく初期の胚を壊して得ることのできる細胞です。

無限の増殖能力と、胎盤をのぞく、あらゆる種類の細胞に分化できる能力があります。

iPS細胞は「人工多能性幹細胞」と訳されていますが、その実態は、人工的にES細胞の状態に戻した細胞のことです。

胚を壊したりせずに、入手できるようにしたES細胞と同じ性質の細胞と言ってもいいかもしれません。ES細胞を“目指して成功した”のがiPS細胞です。

なので、「ES細胞で得られた知識は、そのままそっくりiPS細胞に使えます」と山中先生は仰っています。

理由は他にもあります。

現在、さまざまな手法でiPS細胞が作られていますが、すべてのiPS細胞が、ES細胞と同等の能力を備えているかどうかはわかりません。

iPS細胞は、大人や成体(おとなの動物)の細胞に、初期化因子をいれることで作ります。

このとき、「どの細胞から(皮膚か血液か、など)」「どの組み合わせの初期化因子を」「どういう方法で入れるか」によって

iPS細胞の品質にばらつきがあることがわかり始めて来たのです。さらに、まったく同じ培養系でつくった7つのiPS細胞でも、性質にばらつきがあったことを2009年3月の日本再生医療学会で山中先生が報告しています。この7つのうちのあるiPS細胞は、神経細胞に分化させることができなかったと共同研究者の岡野栄之先生(慶應大学)が補足していました。

こうしたことから、iPS細胞の評価方法が必要となってきました。そのときの基準となるのは、やはりES細胞です。

ウィスコンシン大学のトムソン(James A. Thomson)博士がヒトのES細胞の樹立に成功したのは1998年のこと。10年以上の前のことですが、「ES細胞のすべてはもうわかった」という科学者はおそらくいないでしょう。

少し余談になりますが、iPS細胞の開発は、マウスでは2006年に成功しています。もちろん、山中先生のお仕事です。

このときから、ヒトのiPS細胞づくりをめぐる、熾烈な競争が始まったわけです。

2007年11月20日に山中先生はヒトiPS細胞の開発成功をCell誌に発表していますが、同日のScience誌にトムソン博士がやはりヒトiPS細胞の開発成功を載せました。同着ゴールになったわけです。

トムソン博士は、ヒトのES細胞を樹立した人ですから、ヒトES細胞について“最もよく知る人”であったでしょう(それ以前から、サルのES細胞の研究でも有名でした)。山中先生と同時にゴールに走り込めた背景には、それまでのES細胞での研究の積み重ねがあったと言われています。

 

Q.テロメアを長くする方法は有るの?

ディープな質問ですね!

質問した方はご存知だと思いますが、まずは、テロメアについて簡単にご紹介しましょう。

細胞が増殖して分裂するときには、DNAも複製されて、分裂後の2つの細胞に引き継がれていきます。

この、DNAの複製の時に、染色体の端っこ部分だけは複製することができないのです。なので、DNAの複製が行われるたびに(つまり細胞分裂のたびに)、染色体は少しずつ短くなっていきます。これでは困るので、染色体の端っこには最初から「テロメア」という削り代があります。

6月17日のシンポジウムで山中先生は「5歳、50歳、80歳の女性から皮膚の細胞をいただいたが、テロメアの長さは見事に比例していました。年はごまかせないと感じました」と話していらっしゃいましたが、テロメアは細胞が分裂するたびに短くなっていき、ある長さよりも短くなると、その細胞は分裂を止めると考えられています。テロメアの長さは、細胞老化の指標となっています。

ご質問の「テロメアを長くする方法」ですが、身体にもともと備わっています。テロメラーゼというテロメアの長さを伸ばす酵素があるのです。

ただし、テロメラーゼは普通の細胞では働いていません。これまでのところ、ヒトの身体でテロメラーゼが働いていることがわかっているのは、生殖細胞、幹細胞、がん細胞です。

生殖細胞は、卵や精子など子どもに受け継がれていく細胞です。生殖細胞では、細胞の年齢がリセットされるようです。

幹細胞は、少しややこしいですが、新陳代謝で日々、失われていく細胞を補うために、細胞供給源となる細胞のことです。骨髄にある造血幹細胞がよく知られています(骨髄移植とは、この幹細胞を移植することです)。幹細胞はせっせと分裂して、細胞を作り出しているので、短くなったテロメアを戻す仕組みが必要になっているのでしょう。

がん細胞はいうまでもなく正常な細胞ではなく、無秩序に増え続けます。ここでも、テロメラーゼが働いていることが報告されています。テロメラーゼの働きを邪魔することが、がん治療につながるのではないかと研究を進めているグループもあります。

シンポジウムで山中先生が仰っていたように、iPS細胞では、もとの細胞提供者の年齢に関係なく、テロメアの長さは0歳と同じ長さにリセットされていました。ただし、iPS細胞をつくるときに使われる初期化因子は、どれもテロメラーゼの遺伝子そのものではありません。初期化因子が働いて、細胞の時間を巻き戻す一連の反応が起き、その流れの中で、テロメアも長くなったと考えればよいと思います。

クローン羊のドリーはテロメアが短かったことがシンポジウムでも語られていましたが、ドリー以降のクローン動物では、ちゃんと長くなっていました。この違いがどこから来たのかは、よくわかっていません。

ご質問は、「意図的にテロメラーゼを活性化して、テロメアを長くすることはできるのか?」という意味だろうと思います。

ヒトの培養細胞で遺伝子操作を行って、テロメラーゼを強制的に活発化させた研究はありますが、「身体の中で、きちんとコントロールした上で」成功した例はないはずです。下手にテロメラーゼが活性化すると、がん細胞になってしまうわけですから……。

 

 

繰り返しになりますが、以上のお答えは、今回のシンポジウムの前後に先生方にお聞きしたものではなく、これまでの(2011年2月ごろまでの)取材に基づいています。情報が古くなっているなど、誤りがありましたら、コメント欄よりお知らせ下さい。

 

なお、下の3つのご質問に関しては「iPS細胞シンポジウムに寄せられたご質問①」をご覧ください。

・iPS細胞は病気の治療以外にどんなところに役立ちそうだと思いますか?

・iPS細胞を作るための初期化因子のレトロウイルスの遺伝子は増殖したiPS細胞には受け継がれないのでしょうか? 初期化因子は何か悪さはしないのでしょうか?

・なぜこのところiPSでこれが作れた!という話題が相次いでいるのか知りたい。一斉に始めて、大体同じ期間で結果が出るものなの?

※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

コメントを残す