牛は天下の回りもの?!―お金で見る闘牛の世界―

このエントリーをはてなブックマークに追加

3月9日(土)から、未来館で企画展「波瀾万丈!おかね道」が始まりました。お金に関する実験に参加することで自分の行動の傾向を知り、お金の使い方を通して社会を見ることができます。実験では、状況によっては損をする選択をしてしまうような「不条理な傾向」を自分が持っていることに気が付くかもしれません。

人間とお金との関わり、というと私は研究を通して10年以上も追いかけた闘牛を思い出します。私の専門は人文地理学で、日本で行われている闘牛について研究していました。闘牛というとスペインなどで行われている、人と牛の闘いを思い浮かべるかもしれませんね。日本の闘牛は、牛同士を闘わせて先に逃げた方を負けとするものです。現在は、岩手県の久慈市、新潟県の中越地方、島根県の隠岐の島、愛媛県の南予地方、鹿児島県の徳之島、沖縄県(本島・石垣島・与那国島)で行われています。

【牛同士を闘わせる日本の闘牛】

10年以上も研究していたというと、よっぽど闘牛にはまっていたように思われるかもしれません。でも、私の関心は闘牛そのものよりも、闘牛が経済的には不条理に見える点にありました。私が不思議に思ったのは、農業で牛が使われなくなった現代において、なぜ闘牛が続いているのだろうか、ということです。

【3000人の島民が集まる徳之島の闘牛大会】

 

日本の闘牛は、人々が農耕のために牛を飼っていた時代、首を鍛えるために隣の牛同士を闘わせたところから始まりました。それが農閑期の楽しみとして定着したのです。現在、闘牛で用いられている牛は、すべて闘牛専用に飼われている牛です。もちろん農耕に使うわけではありません。農作業の合間に牛を闘わせるならともかく、闘牛のためだけに牛にたくさんのお金を費やすのは利にかなっているのでしょうか。私はそこにお金と牛の不条理な関係を感じました。そして、闘牛が果たしている役割や、その地域の人々にとってどのような意義があるのかを知りたいと思いました。

【雨の日も牛の散歩でトレーニング。お金だけではなく時間も費やす】

 

私は闘牛を行っている各地に滞在して、たくさんの牛主(闘牛の持ち主)にインタビューをしました。その結果、分かってきたことの一つは、闘牛の牛は豊かさの象徴である、ということです。もともとは、農耕用の牛でしたから強い牛を持っているということは、農業における生産力が高いということ、すなわち社会的ステータスの高さを意味しました。明治時代に入ると商家が宣伝のために農家に闘牛専用の牛を委託するようになりました。オーナー制度の始まりです。今でも多くの牛に「幸田技電龍王丸」などの会社名や屋号、「福田喜和道1号」、「突撃菜央ちゃん号」など牛主本人の名前がついている点にその名残を見ることができます。

【隠岐の闘牛の土俵入り。屋号を染め抜いた旗が鮮やか】

 

牛は富だけではなく力の象徴でもあります。ある牛主は「自分は体が小さいから相撲は強くないけれど、牛を育てて相手の牛を負かすことができる」、別の牛主は「自分はお金はないけれど牛を闘わせれば社長の牛にも勝てる」と言います。人の代わりに牛を闘わせていると言えます。闘牛にはまっている徳之島の若者によると「自分の牛がチャンピオンになるということは、オリンピックで金メダルを取るようなもの」、逆に牛が負けると「恥ずかしくてその牛を連れて道を歩けない」そうです。

【闘牛に夢中な若者】

 

現代の私たちにとって、豊かさを表すものは何でしょうか?その指標の一つがお金であることは間違いないでしょう。私は初めのうちは闘牛というのはお金を費やす、すなわちお金を失う行為なのではと思っていました。でも、フィールドワークを重ねるうちに、闘牛に費やしたお金は消えるのではなく、名誉や誇りといった別の「豊かさ」に形を変えているのだということが分かってきました。「金にものを言わせる」のもありですが「牛にものを言わせる」こともできるのです。人を評価する仕組みがお金以外にもたくさんある社会では、多様な人々が生き生きと輝けるチャンスがあるかもしれないですね。みなさんにとって、豊かさとは何ですか?

【徳之島の小学生たちが堤防に描いた卒業記念の作品】

※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

この記事への2件のフィードバック

おもしろいお話ありがとうございます!闘牛みたことないけど、血沸き肉踊るんですかね! 豊かさって何? みたいなことわたしも時々考えます。それで、名誉のために死ぬとか、ありますよね。だから、名誉って、豊かさよりも大事なことなんじゃないかって思うんですよね。闘牛に投資できるのはすでに経済的に豊かだからで、強い闘牛を持つことが経済的に豊かになることの先に来るのかというと疑問なので、たぶん並列なのではなくって、追加の豊かさなんだろうなと思ったりしました。いや、まてよ、ひょっとして、闘牛に負けたから自殺した人とかいませんでした?

コメントをいただき、ありがとうございます。徳之島の闘牛は、牛の闘いそのものだけではなく、太鼓やラッパを鳴らしての賑やかな応援、勝った後に応援団が土俵になだれ込んでの手舞いなど、見ていても躍動感がありますよ。

徳之島には「得トラユカ 名トレ」、すなわち得を取るより名を取れということわざがあります。徳之島の闘牛は、他の闘牛開催地域のように行政の支援を受けていませんので、闘牛場の整備などは、個人の愛好家が身銭を切って行ってきました。

ただ、闘牛用の牛に関しては、値段にはかなり幅があり、「闘牛に投資している」=「経済的に豊か」というのは必ずしも当てはまらないと思います。連勝している牛や強い牛の血を引く牛はもちろん高くなりますが、むしろ、自ら子牛を牧場などで見いだして買ってきて、ゼロから闘牛として強く育てていくことにやりがいを見いだす方もいます。

全国の闘牛開催地を回りましたが、闘牛に負けた悔しさで自殺したという話は伺ったことがないです。おそらく、賭博など他の要因も関連していたのではないでしょうか。非合法の賭博に関して、頭を悩ませている方もおられるかもしれないですね。

コメントを残す