暗黒エネルギーの謎に迫る、超巨大デジタルカメラ

今も謎に包まれたままの暗黒エネルギー。わからないからこそ、「暗黒」とついています。

宇宙はビッグバン以来、膨張を続けていますが、そのスピードは速くなる、つまり加速膨張しているといわれています。宇宙を加速膨張させている謎のエネルギーが、暗黒エネルギー。加速膨張をしているのならば、星どうし、銀河どうしは互いにどんどん遠ざかり、そのスピードも速くなっているはず。果たしてそのスピードがどのくらいなのかが、暗黒エネルギーの謎を解く、糸口となりそうです。

その謎に挑むべく、これまでになく広い広ーーーい範囲の宇宙地図を作って解き明かそうとしている、常識をはるかに超えたカメラがあります。

そのカメラの名前は、Hyper Suprime-Cam(ハイパー シュプリーム カム)。頭文字をとって、HSC(エイチエスシー)。全長3メートル、重さ3トンの巨大カメラは、日本が誇る世界最大クラスの望遠鏡、すばる望遠鏡用につくられました。

HSCは、約10年間の開発を経て、今年2013年1月から試験観測をスタート。2014年の本格デビューを目指しています。このたび、すばらしいショットが公開されました。

(クレジット:HSC Project / 国立天文台)

アンドロメダ銀河です。日本から見える銀河のうち見かけの大きさが一番大きなこの銀河。中の一つひとつの星がくっきりみえるほどシャープにとらえながら、この大きな銀河をいっぺんに写せたのは、HSCが初めてです。(詳しくはすばる望遠鏡サイトへ!) (リンクは削除されました)

こんなにすごいカメラですが、私たちが日常的に使っているデジタルカメラと、基本的なつくりは同じ。シャッター、レンズ、フィルター、光センサーで構成されています。HSCは、その一つひとつの規模が巨大なのです。私が特にすごいと思うのは光センサー。CCD(電荷結合素子)と呼ばれていて、受けた光を電気信号に変えるセンサーです。

こんな姿をしています。

小さな長方形1つひとつがCCD。これが116枚並んで、丸に近い形を作っています。ひとつのCCDに注目↓

撮った画像のなめらかさの決め手となる画素数は、この18cm2で約800万画素。

これが116枚で、計8億7000万画素!!

ちなみにひと昔前の私のデジカメは...

かなしくなるほど小さなCCDがたったの1枚。この0.3cm2足らずで800万画素。

HSCのCCDは、9億を近い画素数を持っている上に、1画素あたりの面積がとてつもなく大きいのです。望遠鏡に入ってくる明るい光も暗い光も、どちらももらすことなく受け取れる器を持っているということです。デジカメで太陽のような明るい物体を撮ると、光の筋が縦に入ることがありませんか?これは、光の量に対してCCDの器が小さすぎるから起こる現象です。この頼もしいHSCのCCDは日本製、もちろん特注です。

と、こんな専門的なことを、超どカメラオンチの私にわかりやすく教えてくれたのは、HSCプロジェクトリーダーの宮崎聡さん。ちょっとレアな「ものづくり研究者」さん。とっても気さくな宮崎さんに、聞いてみました。

Q: プロジェクトで一番大変だったのは?

A: ずばり、CCDの制作!116枚を1枚1枚検査して、慎重に円状に並べます。これだけでも数週間かかります。これにカバーをかぶせるのが命を削る作業。というのも、カバーが結構重いので、何人かで協力してかぶせるのですが、CCDの上に落としたりしたらそれまでの苦労が台無しです。何度も何度も練習して挑み、見事成功しました。

Q: 一番うれしかったのは?

A: ファーストライト(カメラに初めて光を通すこと)の瞬間。しっかりと画像が見えた時、10年間の努力が報われた、と思いました。感動しました。

「感動」という言葉が重く響きますね。ところで、びーっしり並べられたように見えるCCDですが、実は、お隣との間に、ほんのすこーしだけ隙間があいています。これ、正確に0.5ミリです。CCDひとつに異常があったとき、それだけ交換できるようにしているのです。とってもスマートですよね!

でも撮影した画像には、どうしてもその隙間が写ってしまいます。それを埋めるために、視野をほんの少しだけずらして何枚か撮影します。それらをコンピュータ上で重ねると、隙間が埋められてクリアな画像に修正することができるのだそうです。それが、今回公開された写真です。しかも、3色のフィルターを使って、すばる望遠鏡がみている物質を色で区別できるようにしています。

こんなオーダーメイドなカメラ、試行錯誤、時には失敗...の繰り返しなのは容易に想像できること。そのためにも莫大な時間がかかっているでしょう。でも宮崎さんは、そんな苦労をあまり話しません。不思議がる私に、

「プロジェクトの各チームメンバーの技術の信頼にも関わることだから」

と、宮崎さん。プロジェクトをこんな風に思いやる気持ちは、リーダーとはいえ、自らが手を動かし、メンバーとともに夢を追ってきたからこそ生まれるのでしょう。HSCの裏側にある熱~い人間ものがたりにじーん...。

HSCは試験運用が終わったら、5年間かけて、1400平方度という、これまでにない広さの領域の宇宙の地図をつくる計画に踏み出します。「宇宙の国勢調査」とも例えられるこの計画では、天体が「どこに」「どの時代に」「どんな風に」分布しているのかを調べるそう。従来のカメラでやろうとすると、30年もかかってしまう調査です。

大きな地図が完成しても、すべての謎が解けるわけではありません。でも、加速膨張が、暗黒エネルギーのような力で起こっているのか、それとも宇宙空間で重力の法則が変わることで起こるのか、少なくともその区別はできるようになるそうです。

さて。ここで私の長年の疑問。

それまでして宇宙を理解する意味は?私たちの生活で何の役に立つ?

直接役に立つことは、もしかするとないかもしれません。でも、人間は昔から世界がどんな風になっているのか、分かろうとしてきたんですよね。古代からのいろいろな文明や、近代の科学や技術でわかってきたことの積み重ねで、今の人間観や自然観があります。もしかして、HSCで宇宙をみることで、これが完全にくつがえされるかもしれません。それって、これまでとこれからの人間の歴史の上で、本質的なことなのかも...。今の私にはそう思えます。

そんな壮大な思いを抱かせてくれた宮崎さんのトークを、ぜひごらんください↓

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