うんこのみらい

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『みなさん、こんにちは。今日もいいうんこでましたか?』

 

軽快なパーソナリティの声が音楽と共に流れてきた。

僕は車の外の景色をみる。

眼下に広がるのは港の風景。外はきれいな秋晴れだ。雲がずいぶんと高くなった。

潮の満ち引きと共に上下する浮遊桟橋にはひときわ大きな船が横付けされ、大きなチューブが港の建物に向かって伸びている。

海外からやってきたリン運搬船だ。

 

カーラジオからは昨日回収されたリンの量や、はやり始めたノロウイルスについての情報が流れてくる。

 

22世紀にはいり、日本は世界有数の資源産出国となった。

主な輸出品は水とリン

資源を輸出して、食料を輸入する。これが今の日本国民の生活を支えるシステムだ。

「おまえ、今の生活が当たり前だと思うなよ。このシステムができるまでは先人の涙ぐましい努力があったんだぞ」

 

僕の親父は根っからの技術屋で、口癖のようにこの言葉をいう。

リン鉱山の枯渇が世界中で問題になり始めたとき、日本は真っ先に屎尿からリンを回収する方向に舵を切った。当時ほぼ日本全国をカバーしていた下水道システムは、屎尿を集める一番効率のいい方法だということで、すぐに下水処理ででてくる汚泥からメタンやリンを生み出す技術が確立した。

 

でも、日本のリンは海外でなかなか売れなかった。

 

「日本のリンは放射能で汚染されている。とても農作物には使えない」

 

当時の下水道システムは屎尿だけではなく、雨水も一緒にはいっていたからだ。2000年代の初めに起きた原発事故。それから何年たっても下水処理場の汚泥からは放射性物質が検出され続けた。自然環境にまき散らされた放射性物質は雨と一緒に下水に流れ込み、汚泥という形で濃縮されてしまっていたのだ。

 

さらに、当時はばかげたことに飲料レベルの水をつかって下水に屎尿を流していたらしい。エネルギーをかけて水を浄化し、飲料水レベルの水で屎尿を流しまた汚染する。

何をやりたいのか全く理解できない。

 

汚染されていない資源を。そしてより効率的なリン回収システムを。

そこでできたのが、資源回収車だ。

屎尿から資源を取り出すのにネックになるのは水分だ。うんこや紙を下水道管に流すためだけに使われた水は、下流の資源回収工程においてはもっとも厄介なものとなる。

そこで、大きな施設や集合住宅などでは屎尿を地下にある資源貯蔵タンクと呼ばれるタンクに貯めこまれるようになった。資源回収車はこのタンクから屎尿を回収してまわる。

 

今僕が運転している車がその資源回収車だ。清潔さをアピールするかのような真っ白なタンク車。

燃料は屎尿から作られるメタンガス。

いわば自給自足で走っているというわけだ。

下水道システムではなく、個別に回収するシステムへの返還にはもう一つ理由があり…

 

 

「おい、そこだぞ」

 

隣に座っていた先輩の声で僕ははっと我に返った。

海沿いにある小学校の裏門。

裏門から小学校の裏手へまわる。そこには資源貯蔵タンクの回収孔がある。

 

車からおりてホースを接続する準備をしていると、ちょうど下校時間なのかランドセルをしょった男の子たちが通りかかった。

 

「あ!うんこ車だ!!!」

「うんこ車だ!くさいぞ!にげろーーーっ!」

 

「うるせー!なんならうんこしないで生きてみやがれ!!」

 

鼻をつまんでからかう小学生たちを先輩がどなりつける。その様子を苦笑して見ながら僕はタンクへホースを接続した。

 

「ったく…これだからガキ共は…」

「仕方ないですよ。一番興味がある年頃なんですから」

 

実際ホースとタンクは完全に密着するため、においどころかウィルスひとつももらさない。

はずす時も自動でホース内は洗浄・滅菌される。感染症から僕たちのような作業員を保護するためだ。

 

ひとつひとつタンクをまわり資源を回収していくこのやり方は、非効率だ、やはり下水道を使うべきだという意見も当初はあった。特に、原発事故から時がたつにつれ、自然界の放射線レベルが下がってきたころ、その意見はますます大きくなった。でも有無を言わさない事態が起きた。

 

地震だ。

 

2011年の東日本大震災を皮きりに、日本国内の地震は増えた。

幸い大震災と呼ばれるような大きな地震はなかったものの、たび重なる地震は敷設から50年以上がたち老朽化した下水網に大きな打撃を与え続けた。

いたちごっこのような破壊と修繕。しょっちゅう使えなくなるトイレに国民の不満は爆発寸前、リンの高騰と相まって、このような資源貯蔵タンクと資源回収システムが確立されていったと聞く。

 

「資源回収なんてうまいこといったって、結局はうんこ屋だよ。彼女もできやしねぇ」

「そりゃまあ、そうですけど…って先輩、奥さんいるじゃないですか」

「そりゃ、おれがうんこを打ち消すぐらいの魅力があったってことだろ?」

「はいはい」

 

そんなやりとりをしている間に、小学校のタンクはほとんど空になりつつある。

手元の情報端末には回収したうんこの解析結果が表示された。

ラジオで話していたように、やはりノロウイルスの検出値があがっている。

 

もちろん、今のトイレには解析装置が付いているので、出したうんこはすぐに解析され、トイレわきのモニターにはうんこから得たさまざまな情報が表示される。危険なウイルスや病原菌の値が大きくなれば即座にわかる。

健康管理のための食事の改善アドバイスやストレス状況のほかに、うんこの成分も表示され至れり尽くせりの状況だ。最近はこのデータをつかったうんこ占いなんてアプリも出ているらしい。

しかし、この情報は個人情報保護のため、外部ネットワークにはつながっていない。そのため地域の感染率を出す時には個人情報が特定されない資源貯蔵タンクのデータ、たとえばこのような小学校のような公共施設の資源貯蔵タンクデータが使われているのだ。

 

うんこ回収量と病原菌状況をデータセンタに送り、僕らは再び車に乗り込んだ。

 

「そういや、お前この間リアルコンタクトの合コンにいったんだろ?どうだったんだ??」

先輩がにやにやしながら聞いてきた。

「そりゃ…まあ…」

 

実際はさんざんだった。最初はもりあがっていたものの、僕の仕事が資源回収とわかるとさーっと女の子たちがひいて行くのがわかった。うんこはいつの時代になっても、臭くて汚いものなのだ。

でも、ひとりだけ、目をキラキラさせて話を聞きにきた子がいた。

 

「資源回収車ってあの、よく町をはしっている白いやつですよね!私、一度あれにのってみたいんです!」

 

なんてもの好きな。口にはださなかったものの、僕の顔にははっきりと書いてあったらしい。

 

「だって、うんこっていってもほとんどがもともと自分の体の一部だったものなんでしょう?それがどうなっていくのかすごく気になるじゃないですか」

 

熱弁をふるう彼女にまわりの友達は苦笑い。どうもちょっと変わったキャラで通っているらしい。興味があるなら見学においで、と僕は名刺を渡した。

 

「げーーーっ!ありえねぇっ!なんで名刺なんだよ。営業じゃあるまいし。なんでパーソナルアドレス交換しないんだ!」

「でも…彼女は僕じゃなくて僕の仕事に興味があるわけだし」

「お前何しにいったんだよ。合コンだろ、合コン!しかもネット上じゃなくて、リアルコンタクトの!で、彼女のアドレスは聞いたのかよ」

 

あ。

 

「…わすれてました」

「ったくぅ。おまえに彼女ができないのは仕事のせいじゃなくて、お前自身がぼーっとしてるせいだろうが!」

 

返す言葉もない。

でもまあ、そのうち連絡がくるだろうし…。

 

ラジオでは第3次木星探査隊が木星に到着したというニュースをやっていた。僕たちはまだ太陽系から出る事さえもできていない。でも木星の資源を使い、宇宙開発はどんどん進んでいくだろう。地球から遠く離れた場所に人類は進出していく。それでも、生きていくために、水や、酸素や、食糧、そしてうんこなどの排泄物を循環させる宇宙船の中の「小さな地球」から切り離されることはない。

 

『…以上、最新ニュースでした。今行っている探査隊のみなさんもちゃんとうんこでてるのかな。人間の腸内細菌の研究が進んだのは、宇宙飛行士のうんこを調べることがきっかけだったそうです。その結果、人の腸内にはたくさんの菌がいることがわかり、菌のバランスや種類によって健康状態がわかるようになったんですって』

 

ラジオの向こうの女の子は本当に楽しそうに話している。なぜこんなにうんこの話が多いかといえば、スポンサーがうちの会社だからだ。でもそれとは関係なく、この子はうんこ全体が興味の対象のようだ。

 

『そういえば、先日資源回収のスタッフさんとお話をする機会がありました。私、本当に素晴らしいお仕事だと思うんです。だって、この人たちのおかげで、もとは私たちの体の一部だったうんこが、地球というシステムにうまくつながっていられるんですから。連絡先を教えてもらったので、今度見学にいってきます。見学の様子はまたリポートしますね』

 

…どこかで聞いた事のある声だとおもったら。

 

「おい、おまえ、これって…」

「この間の合コンの子…みたいですね…」

 

ひゃっほう!とぼくよりも先輩が大きな声をだした。

 

「この番組ってうちの会社がスポンサーのやつだろ?その気になれば見学なんていつでもできるのに、お前ご指名ってことはちょっとは脈があるってことじゃないのか!?しかもこの仕事に理解がある!いいか、今度はぜったいパーソナルアドレスを交換しろよ!」

 

今日みたいな天気のいい日に資源回収車で海沿いをドライブするのも悪くない。

晴れやかな気分でアクセルを踏み込む僕に、彼女の言葉がとびこんできた。

 

『それでは、あしたもいいうんこがでますように!さようなら』

 

参考サイト

リン資源枯渇の危機予測とそれに対応したリン有効利用技術開発

Journal of Environmental Biotechnology Vol. 4, No. 2, 87–94, 2005

http://www.jseb.jp/jeb/04-02/04-02-087.PDF

国土交通省 下水汚泥等の放射能濃度測定結果

https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000168.html

 

UNKOLAST

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この記事への3件のフィードバック

楽しくてためになるブログ、今までありがとうございました!

いつも楽しく拝見させていただいておりました。

またいつかどこかでうんこブログを読めることを楽しみに待ってます。

いままでありがとうございました。

坂巻さ~ん、もう未来館で会えないんですね(涙)。

いろいろお世話になり、ありがとうございました。

「うんこブログ」、是非つづきを拝見したいです。

Newブログ、検索ですぐにひっかかるように設定してください。

坂巻さんの今後のご活躍をお祈りいたします。

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