人+土×火=?

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みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの戸坂です。

私は先日、群馬で を焚きました。陶芸家の田中隆史さん(東京藝術大学工芸科非常勤講師)の窯で私の作品を焼いてもらうようになってから、もう7年ほどになります。年に1回のこのイベントを私は楽しみにしていて、今年は陶芸に興味があるという未来館の同僚たちを引き連れて参加しました。

 

同僚たちと作品を制作したのは、この1月。同僚たちは陶芸初心者ばかりなので、材料などは私が準備しました。今回は初心者でも扱いやすい信楽の並土を使用。みんな慣れない手つきで土と向き合い、苦戦しながらお茶碗や湯呑みなど自分の理想の形を探っていきました。

 

「土に触ると何だか落ち着く...」「こんなに粘土が楽しいなんて!」

 

土に触れた同僚たちは童心に帰ったのか、みんな時間を忘れて制作に没頭し、気がついたら夜も遅くに...。

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そこから乾燥期間。毎日、植物に水を与えるかのように自分の作品を観察して、作品が割れていないかチェックしたり形の微調整をしたり...。

2月の半ば、電気窯で素焼き をしました。素焼きでは800度くらいまで温度を上げて、粘土を焼き固めていきます。素焼きの状態だと、植木鉢や埴輪のようになります。

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写真:800度で素焼きした作品

 

 


3月に入り、作品は群馬県藤岡市の穴窯 へ。穴窯とは、山の斜面に耐火煉瓦と土とで作った窯の事です。薪をくべて焼成していきます。電気窯とは違い、人の手によるコントロールが難しく、偶然の要素が入りやすくなります。穴窯に入れる前に、完成のイメージに合わせて素焼きした作品に釉薬をかけます。釉薬は鉱物を調合したもので熱が加わるとガラス質に変わります。

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写真:釉薬をかけた湯呑み

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写真:群馬県にある田中隆史さん作の穴窯。周りにある薪は1回の窯焚き(2~3日間)でほとんど使ってしまいます。

釉薬をかけた作品は本焼き (1300度近い高温で焼成)します。電気窯やガス窯とは異なり薪窯である穴窯は焼成中に薪の灰が作品にかかります。これが化学変化 を引き起こします。そのため、作品がどのような仕上がりになるのかは、窯から出すまで分かりません。この薪窯独特の化学変化は「窯変(ようへん)」 と呼ばれ、灰のかかり具合や炎の流れによって予期せぬことが起こる場合もあるのです。陶芸は土と火のコラボレーション。自然が相手なのでベテランの陶芸家でもコントロールするのはとても難しく、理想の作品を作るために陶芸家は何度も試行錯誤を繰り返します。また、窯周辺に吹く風も人間が操作することはできませんが、田中さんは窯を作るコツをこのように言っていました。

 

「築窯する(窯を作る)時に風が窯の下から上に抜けるように土地の方角や斜面の角度を十分検討している。方角や斜面の角度を間違えると温度が上がりにくくなる。」

 

温度変化や炎の流れ、窯から出る轟音や火の色など...田中さんがこれまで積んできた経験則で薪のくべ方等を調整していきます。

 焼成による土や釉薬の化学変化については、また別の機会にブログでご紹介したいと思います。

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写真;田中さん指導のもと薪をくべる同僚たち(松井と三ツ橋)

1250度を超えた窯の内部は太陽のように真っ白く燃えていて、じっと見ていると線香花火の先端のようにゆらゆらと光る作品が見えてきます。壮大な夕日を見ている時のような美しさに心を打たれつつ、数十センチ先にはとてつもない高温の炎があることに恐怖心が沸き起こり、不思議な緊張感が走りました。

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写真:焼成中の窯の中

 

 

人間が自然(土)と向き合ってきた長い歴史の中に焼き物があります。日本でも先人たちが作った土器や楽器、人形などが沢山残されています。土でものをつくる行為は何千年も前から行われており、機械で大量生産ができる時代になっても"手づくり"は無くなりません。

 

完成した作品と対面した時に同僚の高橋が言いました。

「お茶碗がこんなに愛おしいなんて思ったことなかった。」

"土が起す化学変化"の魅力を伝えたくて同僚を陶芸に誘いました。しかし陶芸の本当の魅力は"何でもないただの土が愛おしいものへと変わること"かもしれません。

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写真:自分の作品を愛でる同僚たち(松井と高橋)

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写真:完成作品(湯呑みとお茶碗)

私たちは自然を観察して理解し、その現象をコントロールすることで生活を豊かにしています。火などの自然が起す現象をコントロールしながらものづくりをする陶芸は非常に科学的な行為ですが、「窯変」があるようにそこには「絶対」が存在せず、絶対が無いからこそ陶芸家は理想の形を追究し続けます。人間は自然をコントロールできずに大きな被害を受けることもありますが、自然は常に私たちの想像を超えるからこそ感動や驚きが生まれるのです。

 

科学者も陶芸家も自然を観察し理解しようとする気持ちは一緒ですが、自然との向き合い方には若干の違いがあると私は思っています。両者は互いに自然をコントロールする術 探っていますが、その術を何のためにどうやって使うのか ...そこに大きな違いあるように思います。

私たち人間が他者の気持ちを100%理解しコントロールすることが出来ないように、どんなに科学技術が進んでも自然を100%コントロールすることはできないでしょう。それでも人は他者を理解するよう努力して誰かと寄り添って生きていくのだから、自然とだって寄り添って生きていけるはず。

 

「自分で作ったお茶碗や湯飲みは、いつもとは違う持ち方で使うし、いつもより大切に洗うようになった」と同僚たちが言っていました。自然に触れ、自然と真摯に向き合うことは"ものづくりの原点" なのではないでしょうか。

では、最後に私の作品をご紹介。

私は昨年の窯で亀の貯金箱を作りました。今年の窯では亀の仲間を増やすべく蛸の小物入れを(頭頂部が蓋になっていて開きます)作りました。

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戸坂家の本棚にまた一つ、愛おしい仲間が加わりました。

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