名作を科学する!〈第一弾:ハムレット〉

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こんにちは、科学コミュニケーターの西岡です。
さてさて「名作を科学する」、いったい何のことやら?!
皆さんは「名作」と聞いて何を思い浮かべますか?

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私は今回、この巨匠のとある作品、「ハムレット」に科学的突っ込みをズバズバ(?)入れてみたいと企んでいるのですが...(鼻息)

なになに?!と思ったあなた、続きをぜひお読み下さい!

そんな名作の一節...

「お前の叔父は、小瓶に入れた毒液を、この耳の孔にたらしこんだのだ。籟のように肉をただらす恐ろしいヘボナの毒汁を。それこそ、人間の血潮を乱す劇薬、(中略)澄める血潮を見る見るうちに固まらせてしまうのだ」 <新潮社 福田恆存訳 引用>

今回私が、切り込んでみようと思うのはこの作品!
名作中の名作、シェークスピアの「ハムレット」です。
「ロミオとジュリエット」でも有名な劇作家、シェークスピア。言わずと知れた、古典文学の巨匠です。「ハムレット」はシェークスピア作品の中で、四大悲劇と呼ばれるもののひとつです。

そんな畏れ多い名作に、いったい何を仕掛けようと言うのか!?
本題の前に、ストーリーを少しだけご紹介します。
主人公はデンマークの王子、ハムレット。父王は叔父の陰謀で暗殺され、王座と妃を奪われてしまいます。そしてある夜、ハムレットは父王の亡霊に出会います。亡霊はハムレットに、恐ろしい暗殺の顛末と、首謀者である叔父への憎しみを語って聞かせるのです。そしてその恨みを晴らすべく、ハムレットに敵討ちをせよと仕向けるのですが...(続きはぜひ、読んでみて下さい)。

おおお、なんと暗雲垂れ込めるストーリー。何となく気分も重くなってきた...と思いながら読み進める...と!ある節で、私の科学センサーが鋭く(めざとく?)反応!!

それが上の一節というわけです。
いったい何がそんなに気になったのかって?

つまり王様は寝込みを襲われて、「耳の穴」「毒薬」をたらされ、それがたちまち「全身の血を固まらせて死に至った」、ということらしい。私は思った...。
ヘボナ?何の毒?
なぜに耳の穴?
どうやって速効で全身に?
血を固まらせるって?

申し遅れました、私の専門は獣医学です。
こういうストーリーに出会うと、薬の吸収と作用、そして体の外に排泄されるまで、つまり「薬物動態」に医者らしく?思いを巡らせてしまう性なのです。

で、いろいろと調べてみました。

まずヘボナと言うのは→イチイのこと!
赤い実をつける針葉樹で、シナイチイ、ヒマラヤイチイやセイヨウイチイなどの種があり、日本にも自生しています。このイチイ類は、種子や葉、枝に毒があることで有名です。興味深いことに、実の果肉部分には毒性はなく、おいしいのだそうです。ですがうっかり種を飲み込んでしまったら、毒が胃や腸から吸収され、中毒を起こしてしまうという恐ろしい一面があるのです。胃や腸に強い刺激を与え、心臓に作用して血液の循環を乱します。下痢や嘔吐で済めばまだ良いほうで、ひどい場合は死に至る...。赤い実をつける可愛い木、なんて見た目とは大違いな一面ですね。
このイチイ、学名は「Taxus(タクスス)」で、その毒を「タキシン」と言い、英語の毒素「taxin(トキシン)」の語源となっています。自然界にある毒として、古くから有名だったことがうかがえますね。

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さらにこのイチイ、近年では「抗がん剤」として有名になりました。
イチイの樹皮から得られる「パクリタキセル」は、乳がんや子宮がんに効果が期待される成分です。しかしイチイは成長が遅く、天然では十分なパクリタキセルが得られません。そこで1990年代に入り、人工でパクリタキセルを合成する研究が盛んに行われました。誰が先に成功するか...この合成競争は熾烈を極めました。現在、抗がん剤として使われているパクリタキセルは、イチイの天然由来の物質と、人工の物質を組み合わせて作られたものが主体のようです。

まさに、毒と薬は表裏一体!

耳の構造と鼓膜の位置(動物と違って刺激的!)
「寝耳に水」という言葉がある通り、ヒトの耳は外からの刺激に敏感です。その理由の一つは、耳道の構造にあります。ヒトとイヌの耳道を比べてみましょう。

イヌの鼓膜は、ほぼ直角に折れ曲がった耳道の奥にあります。対してヒトの場合、耳道はまっすぐで、外からの刺激が鼓膜に伝わりやすくなっています。よっぽど深い眠りに落ちているわけでなければ、何かを垂らされたら飛び起きるだろうな...。
ちなみにタキシンの致死量を、1滴ほどの溶液に濃縮させることは、非常に困難なのだとか。どれだけ大量の液体を、寝耳に入れたと言うのだろう...想像するだけでゾワゾワしてしまいます。

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速攻で仕留められるのかっ!?
ということで、耳に垂らすという方法に特別な意味があったのか...。
薬や毒が体に入るルートは、大まかに「塗る垂らす吸う飲む注射する」というものがあります。薬が吸収されて効果が出るまでの時間は、このルートによって違いがあります。外耳と鼓膜の外側の表面は皮膚なので、薬物は皮膚から吸収されたことになるのですが...一般的に、吸収ルートの中では皮膚からの吸収は、効果が出るまでの時間が最も遅いと考えられます。もちろん即効性を期待して、粘膜や皮膚に塗ったり、垂らしたりする薬もあるので、全てとは言えません。(例えば熱冷ましの座薬や、アレルギーを抑えるためのステロイド剤の吸入などは、粘膜からの吸収です。強心剤のニトログリセリンには皮膚に塗るタイプのものがあります。)
最近では、皮膚からの薬の吸収を早めるために、皮膚に微弱な電流を流す「皮膚パッチ」の研究も行われています。でも、ハムレットの時代には、もちろんないはず。

澄める血潮を見る見る固まらせてしまうのだ!
タキシンは心臓にダメージを与える毒です。特に口から摂取した場合は、胃や腸を荒らしながら吸収され、速やかに心臓に影響を与えます。心臓の働きが乱れ、血液の循環がうまくいかなくなります。長時間、血液の流れが悪い状態が続くと、心臓や血管の中に血栓(血の塊)が作られることがあります。とは言え、「ハムレット」の一節のように、毒の力ですぐに血が固まるということはありません。
ですが、重い病気にかかったときに「播種性血管内凝固(DIC)という状態に陥ることがあります。血液の流れがうまくコントロールできず、血液が固まる作用が強く働いて、至る所に血栓を作る状態です。できてしまった血栓を何とかするため、体は自力で溶かす仕組みを働かせます。その結果、あるところでは血栓がつまり、あるところでは出血しやすくなるというやっかいな状態となります。出血しても、血液を固めるための成分は使い果たされ、止めることも出来ない...まさに八方ふさがり。「ハムレット」の表現からは、このDICを連想してしまいます。

とまあ、現代科学の目で、いろいろつっこんでみる...。ちょっと癖になりそうです。
私は文芸評論家ではありませんが、400年以上経っても読み継がれる名作の魅力を感じることはできます。タキシンを用いたサスペンスな展開(2時間ドラマができそう...)、DICを思わせる断末魔の描写...名作「ハムレット」に潜む科学のエッセンスに心惹かれます。

「私は文系、理系」なんて会話が聞かれる昨今。理系な皆さんも、ぜひ文学や芸術の世界に潜む科学を探してみてはいかがでしょうか?そして私は文系!という皆さんにも、科学の世界を身近に感じてもらえたら嬉しいです。

そして私は、今後も名作の中に潜む「科学」に鋭く切り込んでみたいと思います。
実はこの記事、私の記念すべきブログ第1号なんです。第1号を完全に趣味で攻めてしまう、そんな科学コミュニケーターの西岡ですが、どうぞ宜しくお願い致します。
鋭い皆さんはお気づきかも知れません...。そう、「第一弾」!
マニアックトーク、「名作を科学する!」。こうご期待!!

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この記事への4件のフィードバック

こんばんは!
「名作を科学する!」タイトルからとても魅力的で思わずコメントさせて頂きました! 私、文系なんですけど…その視点から見るのも楽しいです!
血が固まる!?!?ん!?!?寝てる間!?ん!?ってなりました笑
西岡さんも仰っていたように、人は寝ていても意外と周りが気になったり
するものですよね…。では、逆に本当に王が気絶するほど眠っていたとしたら…と考えるのもまた楽しいなと思いました。でも、ここで問題なのが…人はどのくらいの深さで眠りにつけるかということですよね…睡眠について詳しくないので…。笑 どちらにせよ、どの様に毒を持ったのか気になる所です!私もとても興味があります!笑
「名作を科学する!」第二弾!!楽しみに待っています!

Fさま

コメント、ありがとうございます!
タイトルから注目して頂けて、なお嬉しいです。

昼間は気を張っていなければならない(想像)王様の、夜の眠りはどんなものなんでしょう?!反動で気絶なみの熟睡なのか、はたまた逆に神経が研ぎ澄まされてしまうのか…確かに想像が膨らみます!
イチイの毒をトリックに使った推理小説が他にもあるようですが、致死量レベルの濃縮が困難という点は変わらないようです。イチイの葉、茎、種をもぐもぐ食べる、というのでなければ…。

話はつきないですが、第二弾、こうご期待です!

科学コミュニケーター 西岡真由美

西岡さん こんにちは。

とても面白く読ませていただきました。
ハムレットは読んだことはありますが、毒の部分の科学的疑問は持たずに通り過ごしてしまいました。残念・・・
イチイ、見たことがあります。口にして死んでいたかも・・・恐ろしいです。シナイチイ、ヒマラヤイチイ、セイヨウイチイ・・・と世界中にタキシンがあるようですね。気をつけなくては。
次回がとても楽しみです。

Mより。

Mさま

嬉しいコメントを、ありがとうございます!

そうなんです、イチイは案外身近…そのことにも驚きですよね。
海外では毎年、自然の毒による中毒被害の上位に君臨しているそうです。
サバイバルな状態になっても、この実の「種」には手を出すな!!生存確率一歩リードです(笑)

科学とは一見無関係なものの中に、科学の要素を見いだすのはクセになります。
ぜひ、Mさまも試してみて下さい!

科学コミュニケーター 西岡真由美

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