【クローズアップ・ニュース】辺野古の海に考える、生物多様性はなぜ必要か?〈前編〉

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こんにちは、科学コミュニケーターの西岡です!
前回のブログでは、「名作を科学する!」と、勝手にシリーズを立ち上げたわけですが、今回は少々違うテーマで書かせて頂きます。

早速ですが、日々皆さんの目にとまるのは、どのようなニュースでしょうか? 

私は先日、沖縄は辺野古の基地移設関連のニュースにくぎ付けになりました。
移設予定区域に、囲いとなる鎖のつながったブロックを沈める作業が始まり、サンゴが重さ10~45トンのブロックの下敷きとなっている、というものです。
この出来事は、沖縄県内で非難を浴び、大々的に報じられました。

20150305_nishioka_03.JPG写真:沖縄のサンゴ礁の海(恩納村にて2014年に撮影)

その声が、東京まで聞こえてきた先日の夜、テレビ画面にはサンゴの痛々しい姿が映し出されました。私も重い気分で、その報道を見ていたのですが、締めくくりの番組キャスターの発言に、何か違和感を覚えました。

「人がどうだ、ではなく、サンゴがどうだ、でもなく、生物多様性という視点で考える必要がありますからね...」
(うん、うん、と頷くキャスターたち)

いつもなら、私もうん、うん、と強く頷くところです。
ところが科学コミュニケーターとして、すんなり共感することができませんでした。
「そもそもなぜ、生物多様性は必要とされるのだろう?守るべきものなのだろう?」
いざ考えると、即答することができなかったからです。
その答えが見つかれば、この報道に対し、自分はどういう意見で、何か行動できることがあるのか、もっと見えてくる気がしました。

そこで、サンゴ研究者には「サンゴ礁破壊の現状と生態系への影響」を、生物学研究者には「生物多様性の必要とされる理由」を、直球で伺ってみることにしました。

まず、現地沖縄でサンゴを研究する琉球大学、瀬底研究施設の中野義勝さんに、今回のブロック設置がサンゴ礁に与える影響について、客観的評価を伺いました。

「ブロックの設置がサンゴ礁に与える影響はと問われると、それは軽微なものです」
中野さんの第一声がまず、意外でした。

「漁場でも、船を安定させるためにブロックを沈めたりします。その際にサンゴが下敷きになり、潰されることも起こります。ですがそれは、生業を果たすために必要最低限の範囲です。今回のブロック設置で私たちが懸念するのは、ブロックの存在そのものではなく、その先にあるもの、その先に起こることです」
今回のブロックの設置は基地移設の第一歩でもあります。
「このまま計画が進めば、新たな生態系を作り出すことは愚か、取り返しのつかない破壊が起こることになるのです」

日々取り上げられる科学的な話題の多くは、政策や社会の動向とつながっています。今回の出来事もそのひとつと言えるでしょう。
この報道にも、日本の安全保障政策や外交、環境問題、そこに住む人々の想い...様々な要素が内包されていると分かります。ことの善し悪しは、単純には測れないと実感します。
ですがここではあえて、科学的側面に的を絞って考えていきます。

中野さんはまた、設置されたブロックの生態系への影響についても教えてくれました。
「一度潰されてしまったサンゴは元には戻りません。それは当然です。生態系は常に動的で、環境に合わせて変化していきます。設置されたブロックの周囲でも、時間をかけて新たな生物群集が形成されていきます」

新たな生物群集は"ブロックのある状態"に合わせてまた作られていきます。もしもその段階でブロックの無い状態に戻せば、また生態系を乱すことになるかもしれません。

「生態系の中で起こる一つの事象を評価するには、時間の経過と空間の広がりを踏まえて考えないといけません。ブロックを異物として除去することになれば、そのタイミングを考える必要もあるのです」と中野さんは言います。

20150305_nishioka_01.jpg写真:チービシ(那覇の南に位置する離礁)で調査を行う中野義勝さん(1995年撮影)

海の生態系について言うならば、長期的に設置されたブロックは、生物群集を育むゆりかごにもなりうるのです。県外に住む私たちは、すでに設置されたブロックに対して、センセーショナルな反応を煽るだけではいけません。長期目線でどのような変化が起こりうるのか、またこれ以上のサンゴ礁破壊が起こるとどのような影響が出るのか、冷静に評価する必要があります。

そこで、長期的な視点に立ったとき、キーワードとなるのが「生物多様性」です。
広範囲のサンゴ礁破壊が、生物多様性を損ねると懸念されているからです。

次回は、長年にわたり発生学・遺伝学研究を続ける、沖縄科学技術大学院大学の佐藤矩行教授のお話と共に、「生物多様性はなぜ必要なのか?」を珊瑚礁の海から考えてみたいと思います。

引き続き、私の疑問を一緒に考えて頂けると嬉しいです!

また、ご意見もぜひお寄せ下さい。

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この記事への4件のフィードバック

確かにそういう科学的な切り口での報道って殆ど無いですよね。
特に海中の環境については、予測や現状把握、環境変化の原因特定や評価も完全には出来ないと思うので、計画実施時点でどのくらいの検討がなされているのかが気になるところです。
生態系というのは、世間一般に思われているよりは変化した環境に適応する能力があると自分は思っていますが、適応するだけの時間が与えられていない(人間活動のスピードが早過ぎる)ことも生物多様性が失われている一因なんでしょうね。

Eさま

コメントをありがとうございます。
本当に、おっしゃる通りだと思います。

生物多様性でいうと、私たちは正確に何種の生物が存在するのかさえ把握できていません。それら未知数の生物種が、複雑に絡み合った生態系サービスを提供する中に、私たち人は生きているわけです。私たちの行いについて、前に進み続けるだけでなく、立ち止まって考える必要もあるのではないかと感じます。
この記事がそのきっかけになってくれると幸いです。

西岡真由美

興味深く拝読させていただきました。

僭越ながら私見を述べさせていただくと、
生物多様性はなぜ必要なのか?を考えるには、
「誰」にとっての「何」に必要なのかを明確にすべきだと思います。

私は「人間」にとっての「より良い生活」に必要だからと考えます。

素人考えですが、単一よりも多様な方が生態系サービスの量と質を維持でき、
保険にもなるのではないでしょうか。

であれば、生物多様性を損ね得る行為は、
未来の人間の生活水準を損ね得ることと捉えられます。

「人がどうだ、ではなく、サンゴがどうだ、でもなく、
生物多様性という視点で考える必要がありますからね...」

最初は「確かに見方は大事だよね」くらいに思いました。
でも、冷静に考えたら生物多様性を評価するのが「人間」なので、
人間の視点で自分たちの生活空間をどう利用するかでしか考えようがないと思います。
(もちろん傲慢になるのはいただけませんが)

この場合の「人がどうだ」は個人やグループの思い入れや利害を言っているのかもしれませんが、
それこそ議論すべき点だと思います。

集団の生活空間では共有部分の使い方にルールとマナーが必要です。
お互いに気持ちの良い生活を継続させることを目的として、
その手段は議論に基づいた意思決定が1番良いと思います。

そして、議論するために科学的なアセスメントが必要です。
辺野古の場合、事前の評価が正当に行われていたのかが気になるところです。

海の埋め立ては一次生産を減らすだけだと考えられるので、
どうしてもやりたいなら犯罪などの問題を解決した上で、
陸の空き地を使えばいいのにと個人的には思います。

生物多様性の必要性を考えるには、個人の価値観も影響しそうなので、
画一的な答えはないかもしれません。

専門家の意見も知りたいので、次回を楽しみにしております。

乱文で失礼いたしました。

Sさま

コメントをお寄せ頂き、ありがとうございました。

辺野古基地移設問題に端を発し、前編を書かせて頂いて以来、長い間課題として残っていた後編。
間もなく(ようやく)公開できると思います。重いテーマだったなと思ったり、だからこそ扱う価値があるのだと考えたり、そんな思い入れのある記事となりました。

Sさまのするどい見解は、後編でも焦点となっています。読まれる方によって、腑に落ちるかどうかは変わると思いますし、十分とは言えないものですが、多様な価値観の意見を交換することが大事なのだと思います。そのような機会を創出できましたら、幸いです。

今しばらくお待ち下さい。

西岡真由美

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