【クローズアップ・ニュース】辺野古の海に考える、生物多様性はなぜ必要か?<後編>

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1日あたり、5~50種の生物が絶滅していると言われます。

人為の影響が一切ない自然状態でも、種の絶滅は起こります。ですが上にあげた速度は、その100から1000倍だと言われています。

私には自分の活動範囲の中で、「今この瞬間、ある生物が絶滅した」と実感することはほとんどありません。兵庫県出身ということで、幼い頃から野生のトキやコウノトリの絶滅、保護個体の野生復帰というニュースには親しみを覚えていました(兵庫県豊岡市では保護活動が盛ん)。とは言え、種の絶滅と聞いて思い浮かぶのはその程度です。皆さんにはどんな事例が思い浮かぶでしょうか?

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学名が付き、"人類が知っている"とした生物種は約190万種。昆虫やさらに小さな生物に関しては、未発見(種と認定されていない)の生物の方が多いと考えられています。個人が把握している生物種となるとさらに限定的になります。そんな中で、日々絶滅する生物の存在を身近に感じること、さらにその種の保全の必要性といわれても、ぴんとこなくて当然に思えます。

生物多様性がなぜ必要なのか?大切なのか?

この疑問に納得できる答えを見つけるのは難しそうだ...というのが正直なところです。辺野古の基地移設問題で、反対の立場から盛んに取り上げられた「生物多様性」という言葉。そもそもそれがどうして必要なのか、大切なのか、あらためて考えてみるために始めたのが前編の記事でした。

【クローズアップ・ニュース】辺野古の海に考える、生物多様性はなぜ必要か?<前編>

http://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20150309post-586.html

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今回は、生物多様性はなぜ必要か、通説、予測から個人的な想いまで綴っていきます。

現在、多様性の必要性を述べるとき、引き合いに出されるのが「生態系サービス」というものの存在です。まずはそこから紹介していきます。

生態系サービスとは、私たち「人にとって」役立つ生態系の働き(生物と環境の相互作用)のことをいいます。人はもちろん自然の一部であり、その中に生かされないと(今のところ)生きていけないわけですが、その自然の生態系の中で、私たちが享受している恩恵とは何なのでしょうか?

生態系サービスは、4つに大別されます。

基盤サービス、調整サービス、供給サービス、文化的サービスです。

【基盤サービス】

基盤サービスは、生物が生きていくために必要な、空気や水や土、そしてエネルギーを作り、保つ働きです。例えば、植物の光合成によるエネルギーの変換(太陽光エネルギーから化学エネルギーへの変換)により、私たちが食べ物を通して体内で使えるエネルギー源が確保されます。また、空気に含まれる酸素や窒素などの濃度の維持なども、生態系がもたらす基盤サービスにあたります。

【調整サービス】

調整サービスは、環境の変化を緩衝する役割を担っています。例えば大雨の際、天然のダムとなり、洪水を防止する役割を果たすのが森林です。治水といえばダムを連想するところですが、日本においては治水ダムの容量が約24億トンなのに対し、水田が約68億トン、森林においては約444億トンとなっており、圧倒的に森林の治水能力に頼っていることが分かります。このような自然の仕組みが、私たちの生きる上で欠かせないシステムとなっています。

【供給サービス】

供給サービスは、私たちの衣・食・住、すべてに関わっています。身の回りにあるもの、今、口にしている食べ物や飲み物、その大半が生物資源です。これらには、多様性の恩恵を実感できる場面も多くあります。例えば服の素材。柔らかくてつやのある絹、吸水力に優れた綿、暖かい羽毛...など、好みや用途により様々な素材が生物から供給されています。食べ物に至っては言うまでもありません。

【文化的サービス】

最後に、文化的サービスとはどのようなものでしょうか?私たちは、自然からインスピレーションを受けて、音楽や絵画に表現したり、自然をよりどころにした思想を発展させてきました。日々、自然から文化的活動が生まれています。娯楽や憩いの場も提供してくれます。これらは精神的に豊かな生活をする上で欠かせないものとなっています。

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図:私たちの享受する、4つの生態系サービス

生物多様性とそのバランスから、私たちが享受しているものは、非常にバラエティーに富んでいることが見えてきます。

さらにこれらのサービスは、生物の多様性が豊富なほど、より高い生産力、抵抗力、回復力を発揮すると考えられています。

例えば、同じ場所に同一の生物しかいない場合、その場所の環境の変化、病原体の蔓延などで一気に絶滅してしまう可能性があり、そうなると安定した生産力は維持できません。では、同じ場所に2種、あるいはそれ以上の種が共存した場合はどうでしょうか。アメリカの生態学者、ディビッド・ティルマン博士の草を使った実験を紹介します。

ティルマン博士は11年間にわたり、区画ごとに種の数をかえた草地をつくり、バイオマスを評価しました。バイオマスは、そこに存在する生物の体の総量をさします。研究期間中に2度の干ばつを経たあと、1種か2種の草しかない区画は、バイオマスが10分の1程度にまで減り、15種類以上の区画は半減程度で済みました。多様性のある草地の方が、環境の変化を通しても、豊かな生産性を維持できたことになります。

このような実験はまだ数が少なく、条件を変えても同じ結果が得られるのか、草以外だとどうなのか、客観的な評価を行うには、まだ課題も残されています。ですが、多くの生物学者、生態学者が、生物の多様性が生態系の維持に重要な要因であることを支持しています。

ここからは、この記事の発端となり、生物多様性の宝庫と言われるサンゴ礁(辺野古)についてみていきます。サンゴ礁は、生物多様性の宝庫と言われており、それには後述するサンゴの生態が関わっています。

現在多くのサンゴ礁では、温暖化による海水温の上昇や陸からの排水による富栄養化により、サンゴの病気(白化)が蔓延し、不均衡に増殖した他の生物との間で、生息域の競合が起こっています。これらの影響により、世界のサンゴ礁の70%以上がダメージを受けていると言われています。そしてこのダメージは今も進行しています。一度ダメージを受けたサンゴ礁が元通りに回復するには、長い時間がかかることには前編で触れた通りです。

記事の執筆にあたり、参考にさせて頂いた本川達雄先生の著書では、サンゴ礁を守る2つの理由が挙げられています。それは、①サンゴ礁が環境の「危険信号検出装置」であること。さらに、②共生とリサイクルで成り立つ手本のような生物相を持っている、というものです。

サンゴは海水温の1℃の変化で、白化などの病気を起こします。自然環境の変化を敏感に受け止め、目に見えるかたちで警告を発してくれる生物です。サンゴ礁に異変が起きたら、その原因を確認し、できる限り素早く除去する努力を行う。そのような関係を保つことで、人が生きていく上でも貴重な、現在の環境を保つことが可能となるかもしれません。

またサンゴは体内に褐虫藻という植物プランクトンを取り込み、共生しています。サンゴの排泄物は褐虫藻の栄養となり、褐虫藻は光合成により炭水化物や酸素を作りだし、サンゴの栄養となり呼吸に使われています(サンゴは動物!)。サンゴ礁は本来、栄養に乏しい環境に、サンゴと褐虫藻の共生を起点として、えさや住みかの環境が整い、爆発的な多様性が生まれた場所です。サンゴの生態は、究極の共生とリサイクルのかたちとも言われ、限りある資源に頼った生活をする人間にとっても、示唆に富む存在です。

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写真:サンゴの産卵

生物多様性、そしてサンゴ礁の必要性の根拠となり得る事例を紹介してきました。

世界中のサンゴ礁がダメージを受けていることを書きましたが、それは沖縄でも同じです。多くのサンゴ礁で、サンゴの白化が起こり、オニヒトデの増殖や赤土の流出による被害が見られています。中でも辺野古・大浦湾周辺のサンゴ礁は、比較的良好な生態系を維持する数少ないエリアです。この区域では、大浦川、汀間(ティマ)川の河口が干潟を形成し、水質の浄化や海岸線の保全に貢献しています。環境の変化に比較的強く、回復力の高い大型サンゴのハマサンゴが生育し、生態系の基盤を成しています。以前は環境省の定める日本の重要湿地500にも名を連ねていた辺野古・大浦湾は、絶滅危惧種トカゲハゼの生息北限であり、ジュゴン生息域の中央部にもあたります。沖縄の数あるサンゴ礁の中でも、有数の生態系を維持するのがこの辺野古なのです。

20160402_nishioka_01.JPGのサムネイル画像のサムネイル画像写真:沖縄伝統の焼き物で表現された、「辺野古の今」

「生物多様性はなぜ必要なのか?大切なのか?」

ところで、この問いについて考える時、いつもひっかかるものがあります。それは必要性。大事だということを示すことが、「人にとって」何が有益か考えているに等しいということです。人にとって何がもたらされるのか、利益は何か、なくなるとどうして困るのか...。そして自分が生物多様性を必要、大切だと思う理由は、在るものを破壊することへの嫌悪感という、何の根拠もないエゴなのではないか、と疑問に駆られました。

現在の地球上には、環境破壊など地球規模の課題が多く存在します。しかしこの課題というのは、あくまで「人間にとって」という視点であることも忘れてはならない気がします。環境が破壊されようと、生物の多様性が低下しようと、地球そのものはあるがままで在り続けるだけです。

また、何かの答えを求めることは、科学的な根拠を求めていることと同義であることが多いものです。しかし科学は、何度も繰り返し再現ができる事象、客観的事実を扱うものです。必要か否か、大切か否か、という価値観をどうこう言うものではありません。価値観は、情報を元に、個々が形成するものです。その意味では、生物多様性が必要な理由を、「人が」「科学で」語ることはできないという捉え方もあります。

これは開き直りかも知れませんが、ただ時に、感情にまかせて直感的に必要だ!ということに真理が潜むこともあると思っています。海に潜り、自分たちもここから生まれてきたんだな...と考える時、目を見張るほどの生命の躍動を目の当たりにしたとき...人生すら変えかねないほど心を動かされる瞬間があります。これほどに自分本位な感情はないかも知れませんが、この素晴らしい存在を失ってはいけないという直感が働くのも確かです。

20160402_nishioka_03.JPGのサムネイル画像写真:沖縄の空と海

今回お話しを伺った先生方からは、そもそもこの問い自体がナンセンス!というご指摘も頂きました。「人類が空気と水と食料を無機物から合成することができれば、人間以外の生き物は不要」この問いに潜む人間のエゴを追及したら、それさえが真実、という突き刺さる指摘でした。

さらに次のようなコメントも頂きました。

生物は誕生と絶滅をくりかえしつつ「それぞれ自然の中で役割を担い、終えていくサイクルを繰り返している。人も多様性を構成する一員ですが、文明を開花させ、技術を発展さ、他のどの生物とも比較にならないほど、このバランスを崩す存在になっている」

「生物多様性はなぜ必要か」という問いは、
「どのような価値観を持ち、地球上でどのように生きたいですか?」

と問われていることだと思います。

参考文献:

・生物多様性 「私」から考える進化・遺伝・生態系 本川達雄著 中公新書
・持続社会への環境論「入会地の悲劇」を超えて 瀬戸昌之著 有斐閣
・都市型の看護介護医療等連携研究会 住み慣れた地域で暮らし続けるために 公益財団法人 杉浦記念財団編

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