正確に、でも印象的に「伝える」ために考えること

このエントリーをはてなブックマークに追加


「ゆうべは曇っちゃったなぁ」

今年最大の満月が見えるはずだった11月14日の翌15日(火)。未来館の休館日は科学コミュニケーターもお休みで、自宅で何となくテレビやインターネットを見ていました。「68年ぶりのスーパームーン」なるフレーズがあちらこちらにありました。

「スーパームーン自体は、去年もあったけどなぁ」

と思っていたところで見つけたのが、この記事。「○年ぶり」という表現に対し、長年抱いていた違和感が、整理されていました。

68年ぶりの「スーパームーン」を巡る"大きな誤解"
https://dot.asahi.com/dot/2016111300020.html

「何十年ぶり」というような表現が用いられると、スーパームーン自体が極めて珍しいという印象を受けがちだ。だが、実際のところ、スーパームーンは1~2年ごとに起きており、それほど珍しい現象ではない。何が68年ぶりなのかというと、それは「地球と月の距離」なのだ。

「今年11月14日の満月は、68年前のものより約30km遠く、昨年や一昨年のものより約500km近い。しかし、約6400㎞という地球の半径のサイズを考えれば、ほとんど気付かないような差なのです。つまり『数十年ぶり』という表現は、事実ではありますが、いわば言葉遊びのようなもので、ほとんど意味がないといえます」(国立天文台の広報担当者)

dot.ニュース:publications.asahi.com より

本ブログ記事では、上記を踏まえつつ、個人的に思うことをまとめます。


※「スーパームーン」には明確な定義がありませんが、本ブログ記事ではアストロアーツが「考え方」として紹介している下記を仮の定義として話を進め、定義の有無の問題についても後述します。

アストロアーツでの「スーパームーン」の考え方(言葉の使い方)

科学的な定義が決まっていない言葉ですが、アストロアーツでは現状(2016年11月時点においては)"「月の近地点通過(月が地球に最接近するタイミング)」と「満月の瞬間」が「12時間以内」の場合、その前後の夜に見える満月"を指してスーパームーンと表記しています。「これが正しい」ではなく「このように考えることにしている」ということです。

出典:アストロアーツ
https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/8730_ph161114


20161118_tani02.jpg

「2016年 月の視直径の年変化と満月」。国立天文台「今年最大の満月」より
赤線と波線の交点が満月の大きさで、波線の上側の頂点が「近地点」。
先の考え方に基づけば、スーパームーンはそれなりに規則的に発生する。


まず、「68年ぶりのスーパームーン」という表現の何が問題かを考えます。


【「表現の正確性」と「価値判断」】

あらためて整理すると、

●スーパームーン自体は2015年9月以来、14ヶ月ぶり

●今回の距離(35万6520.2㎞)以上に満月が接近したのは、1948年が最後

あわせて正確に表現するならば、「68年ぶりに35万6520.2㎞まで接近した、14ヶ月ぶりのスーパームーン」などとなるところ。

これを「68年ぶりのスーパームーン」としてしまうと、「スーパームーン自体が68年ぶり」という誤解が発生します。

表現の正確性の問題です。



さらに、

●14ヶ月前との距離の差は約500km(0.1%程度)

を踏まえると、「近さが68年ぶりは間違いではないけれど、そんなに意味はあるのだろうか?」と、ニュースの価値判断にも疑問が生じます。


20161118_tani03.jpg

11月14日の満月(左)と2016年最小の満月の比較。国立天文台「今年最大の満月」より



【どうしてそうなった?それでいいの?】

にも関わらず、「68年ぶりのスーパームーン」という表現が散見された背景を考察してみます。



①簡潔に表現しつつ、印象度を上げたい

簡潔な表現の方が、明確に伝わります。「68年ぶりに35万6520㎞まで接近した、14ヶ月ぶりのスーパームーン」では長すぎますよね。

同時に注目も集めたい、となると。距離の数字からは凄さがよく分からないし、先述の通り意味も大きくない。「14ヶ月」にも特別感がありません。話題づくりのためにも、「68年ぶり」は使いたいところです。



②「スーパームーン」に明確な定義がない

「スーパームーン」には今のところ、定義がありません。これが、誤解を生む表現につながっている、という指摘があります。「この表現はOK(もしくはNG)」という明確な判断が難しいのです。

どの程度近くなったらスーパームーンと呼ぶかという基準がないため、次のスーパームーンがいつか答えることができないのです。(先に紹介した記事より)

ただ個人的には、「定義がないこと」は「誤解を招く表現をしてよい理由」にならない、とも思います。少なくとも、昨年、一昨年と「スーパームーン」は話題になっているわけですから。

また、本ブログ記事で仮の定義としている考え方が一般的になっていたとしても、「68年ぶりスーパームーン」のような安直な表現は、なくならない気がしています。これは、個人的な推測です。



③「スーパームーンは定期的に起こる」という前提がある

仮の定義に基づけば、スーパームーンはある程度周期的(だいたい14ヶ月ごと)にやってくることになります。これが世間の一般常識(=前提)になっていれば、誤解は避けられますし、受け手側が「68年ぶりの(近さの)スーパームーン」と省略部分を補足することを期待しても良いかもしれません。「○ヶ月ぶり(水準)の円高」とか言うのも、類似例でしょうか。

ただ、スーパームーンはまだ、その段階ではない気がします。



④誤解が生じても、社会的損失につながらない

ニュース・話題の中には自然科学系に限らず、誤解が生じたとしても、社会や経済への影響・損失が限定的なものがあります。天文系の話題はこれに該当することが多く、今回のスーパームーンは典型例でしょう。このことが、微妙な表現にストップがかからない遠因になっている気がしています。

むしろ、「宇宙に注目してもらえるならば、誰かが傷つくわけでもないし、細かいことに頓着しすぎなくても良いのでは」という考え方もあるでしょう。「68年ぶりのスーパームーン」も、一時的な興味喚起という意味では効果的です。

でも本質を外れた「○年ぶり」が一人歩きすることで、本当に注目すべき現象の価値が正しく伝わらなくなったり、混乱や違和感から自然科学が敬遠されてしまったりする、マイナスの側面もあるかもしれません。今回のスーパームーンに限らず、です。




【科学を「伝える」立場として】

ここまで整理してみて、まずあらためて感じたのは「情報の受け手側も、本質的な情報は何かを見抜く必要がありそうだ」ということでした。これは科学コミュニケーターとして、というよりもむしろ、ひとりの「受け手側」としての感覚です。



と同時に、「伝える」側の立場で考えてみると。筆者も、いろんな人に自然科学への興味関心を持ってもらいたいと思っています。もちろんスーパームーンだって、(天気が良ければ)より多くの人に見上げてもらいたかったです。

でも、あまりニュースにはならないけれど実は面白かったり、美しかったりする現象にも目を向けてもらいたい。

たとえば約2年2ヶ月ごとに接近して明るくなる火星と比べ話題になりにくいけれど、毎年見える木星や土星にも望遠鏡を向けてもらいたいと思うのです。

近いところでは、12月3~4日の夕焼け空で細い月と金星が接近する様子なんかは、スーパームーンほど珍しくはないけれど、同じ月の話題で、通常の満月とあまり変わらないスーパームーンよりも見応えがあるんじゃないかと思います(もちろん個人の価値観の違いはありますが)。

20161118_tani01.jpg 12月3~4日夕方の月と金星の接近。国立天文台の「ほしぞら情報」より。
夕焼けが美しい日没30分後くらい(関東では17時前後)が見ごろでしょうか。

では、どういう伝え方をしていけば良いのか。



「正確さ」「明快さ」「印象度」の何を優先し、どう両立するのか。

「NGとは言えない」でヨシとするのか、誤解を極力避けるのか。

間違いでなければOKなのか、本質的に意味がある情報を選ぶのか。



伝える目的などによって、

正解はその都度、異なるかもしれません。



みなさんは、どうあるべきだと思いますか?



科学を「伝える」立場として、

自分たちが取り組んできた情報発信を振り返りながら、

自分自身に問い続けていきたいと思います。


※コメントをする際は「ブログへのコメント投稿について」をご覧ください

※「名前」は、ハンドルネームでも構いません

この記事への2件のフィードバック

こんにちは、初めまして(^^)
人に正確に物事を伝える、わかりやすく理解させるって難しいですよね。
基本的に人は自分の頭の中で理解していることは相手も理解していることが前提で考えてしまうし、普段から人に説明などをしている人たちでも
ある程度の相手の理解度を信頼して説明すわけだし。
そこへ会社組織である報道関係が伝える、ということは人々の耳目を集めて収益につなげなくてはならないので、正確さというところを若干でもあいまいにしてでもセンセーショナルな表現で記事を売るということをしなければ食べていけないわけで。
倫理と収益は利益相反するわけではないと思うけど、正確さを求めたい向きからすると頭の痛い問題ですね(^_^;)
正確かどうかは受け手の考え方だけど、この間甥っ子に地球の大きさに対してどのくらい凸凹があるのかを説明するのに紙を1200枚重ねて上の二枚をずらして
一番上の紙がエベレスト、二枚目が今いる地上、その下はマリアナ海溝の一番深いところ、と説明したんだけど伝わったかなw笑

荻谷知貴さま

返信が遅くなり、申し訳ありません。

>自分の頭の中で理解していることは相手も理解していることが前提
>ある程度の相手の理解度を信頼して説明する
>正確かどうかは受け手の考え方

コメントを拝見していて、
「伝えるというのは、自分だけでは成立しなくて、
 伝える側、伝えられる側の関係性が大事なのだなぁ」
と、あらためて感じました。

>倫理と収益は利益相反するわけではない
そう思うからこそ、「もっと良い方法はないかなぁ」と、
頭痛いけど、ついつい考えてしまうんですよね。

大切なことは、同じイメージが共有できるかなのかなぁ、と思っています。
>紙を1200枚重ねて上の二枚をずらして一番上の紙がエベレスト、
>二枚目が今いる地上、その下はマリアナ海溝の一番深いところ
これ、ステキですね!
先ほど、紙1200枚の高さを確かめたら、以外と厚くてびっくり。
重ねた紙の横面に、丸い地球を書きたい衝動に駆られました(笑)

コメントを残す