ニッチな研究は面白い!~深海のタンパク質~

こんにちは!梶井です!

科学コミュニケーターになってから、どんどん深海の魅力に引きずり込まれています。

今年は、千葉市科学館 でも国立科学博物館 でも深海の企画があります。

今年も深海が熱い!

未来館で深海と言えば、5階にいる深海生物ユノハナガニ!

ユノハナガニを見ながら「深海生物はどうやって生きているのかな?」なんて考えたことのある方もいらっしゃるかと思います。

分子と語り合うことが仕事の化学屋さんだった私は、「こいつらみたいな深海生物の体内では、どんなダイナミックな分子の世界があるんだろう?」ということをずっと考えていました。

そんなとき、生命活動を支える分子であるタンパク質と水圧の関係について、科学雑誌Newtonで執筆する機会に恵まれました。

※Newtonには、from Miraikanという毎月1ページの連載があります。

資料を漁るも専門ではない研究分野。どなたか専門家のお話を伺いたい・・・・・・。 単純な私が真っ先に思いついた場所がありました。

水圧 → 深海 → 海・・・・・・

海と言えば!!

するどい方はすでに気づいたと思います。そうです、あそこに行って参りました!

海洋研究開発機構(JAMSTEC) 横須賀本部!!

対応してくださった先生はこちら!

海洋生物多様性研究分野のシニアスタッフ加藤千明(かとう・ちあき) 先生です!

(JAMSTECの名物研究者、高井研先生の著書『微生物ハンター深海をゆく』で「ハハッ」という笑い声とともに何度も登場するカトーさんとはつゆ知らず・・・)

今回の記事では、from Miraikanでは書き切れなかった、特に驚いた点をご紹介します!

①強いぞ、タンパク質!

基本的に、タンパク質に水圧を掛けると、体積を減らすように形が変わったり、周りの水がタンパク質分子の隙間に入ることで構造が変わったりします。しかし、よほどの圧力を掛けない限り、タンパク質そのものは壊れません。これは、タンパク質の構造に秘密があります。

タンパク質の基本骨格は、アミノ酸分子が共有結合という強い結合で数珠つなぎのように繋がってできます。アミノ酸の種類による固有の形や、アミノ酸どうしが引き合ったりつながったりする相互作用があるので、できあがったタンパク質は伸びたヒモのようにならず、複雑な構造を取ります。

図中のタンパク質は、「ヘモグロビン」という梶井の大好きなタンパク質。

この共有結合はとても強く、なんと、数千気圧が掛かってもほとんど影響を受けません!
地球の海で一番深いマリアナ海溝チャレンジャー海淵(約11,000 m)の水圧でも約1100気圧相当。こんなに恐ろしい力で壊れないなんて!!

一方で、タンパク質を構成しているアミノ酸どうしの相互作用は数十気圧でも影響を受けます。この結果、タンパク質に圧力を掛けると、壊れはしないものの全体の形は変化してしまいます。

しかし! よほどの圧力を掛けない限り、圧力を戻すと元の形にきちんと戻るそうです。
※食品業界には、この原理を使った「加圧殺菌」という手法があります。つまり、タンパク質が元に戻る程度の高圧をかけることで、おいしさなどを損なわずに殺菌をする方法です。

ただし、タンパク質の機能はその複雑な形によって支えられているので、タンパク質の形が変わることは機能を失うことにもつながりかねず、生命にとって死活問題となります。

深海生物は高圧環境に適したタンパク質を持っているので、それを調べることで私たちは生物の環境適応の謎を知ることができます。この他にも、高圧を掛けることで初めてタンパク質が見せてくる性質がまだまだあります。

高圧の世界の研究は、生命の神秘の一端を解き明かすことにつながるのです!

加藤先生は、タンパク質のどのような構造が、深海生物の生命活動には重要なのかということの解明に挑んでいます。

例えば、同じグループに属しながらも、浅い湖と深海というように圧力のまったく違う場所に住む2種類の微生物が持つ同じタンパク質を調べれば、なぜ一方は高水圧下の深海で暮らせるかのヒントが得られるはずです。同じタンパク質であっても2種ではどこか違うからです。

Newton4月号(2/25発売)のfrom Miraikanでは、深海生物タンパク質の神秘の1例に触れています。よろしければご覧ください。

②高圧測定装置

「そんな高圧の世界のことをどうやって調べるの?」と思った方もいるかと思います。

高圧環境で何が起こっているかを調べるためには、圧力を掛けながら測定できる装置が必須です。例えば、加藤先生のグループには下の写真のような装置があります。

クリーム色の測定装置本体の横にある銀色のジャッキで装置に水を送ることで、圧力を高めることができます。自転車のタイヤの空気入れをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。

本体となっている測定装置は、ものすごく簡単に言うと、試料に光を当てた後に出てくる光を調べることで、その試料がどんな状態かということが分かる装置です。

(左写真) 水圧を掛けながら測定するための特別な容器
(右写真) 左写真の容器をセットする特注容器。指で指している穴から光を当てます。

この測定装置本体は、理系学部のある大学には何台もあるほど普及しているものですが、特注部品を取り付けて圧力を掛けられるようにした装置となると、世界でも両手で数えられるくらいになるそうです。

もちろん、今回紹介した測定装置の他にも目的に応じていくつか装置の種類はありますが、同様にあまり普及していません。この分野の研究は、限られた大学と研究機関によって切り開らかれているようです。

最後に、加藤先生にとっての科学の醍醐味を伺ってみました。

「深海に関する研究、特に圧力を掛ける研究をやると、見えなかったものが見えてきます。 例えば日常でも、偏屈で頑固者だと思っていた人が、ちょっと環境を変えてみるとすごくいい人だったりしますよね。それが醍醐味だと思っています。
見えなかったものを世界で最初に自分が見たら気持ち良いじゃないですか(笑) だから、それで論文を書くのが一番楽しい。世を驚かせてやろうという気持ちがありますね。」

しんかい6500に何度も乗り込み、深海微生物を扱ってきた先生の目には、素晴らしい世界が映っているのでしょう。

深海生物に秘められた謎の解明が楽しみです。

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