「たぶんまた噴火する。でも、怖いとは思わない」
 ~火山とともに生きる離島より~

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小さな島ならではの、自然との向き合い方がありました。


3月中旬、お休みをいただいて、鹿児島県は口永良部島(くちのえらぶじま)を訪ねました。

20170425_tani01.jpg高台にある神社より、島の港を望む



2015年5月29日の「爆発的噴火」から2年弱。

人口が150にも満たない離島には、どんな生き方があるのでしょうか?

「噴火口周辺はまだ立ち入り禁止で、完全に復興したわけではないけれど、観光客も受け入れているよ」

トレッキングに行った屋久島でそんな情報を聞き、足を伸ばすことにしました。



口永良部島は鹿児島県屋久島町の一部。屋久島から町営フェリーが1日1往復しています。

20170425_tani12.png

私が乗ったのは、海が荒れて欠航が2日続いた次の日。うねりが残る1時間40分で完全に船酔いし(もともと二日酔い...)、何とか到着しました。


島の方々は顔と名前が互いに一致する関係。島外の人はすぐに見分けられます。集落で、温泉で、商店で、民宿で、温かく迎えてもらい、いろいろな方と話をしました。


島には今、110人あまりの方が暮らしているとのこと。島での生活に惹かれて移住してきた方も多く、2015年の全島避難から8割以上の方が戻っています。

「豊かな自然の中での生活は楽しい」

「島全体が家族のようなものだから」

多くの方がこの島での生活を自ら選び、そして楽しんでいることが伝わってきます。

20170425_tani03.jpg集落の中の小道



私も4カ所の温泉や磯遊び、民宿の食事、満天の星空などを満喫しました。


20170425_tani04.jpg夕日もとてもきれいでした



20170425_tani13.jpg満天の星空(冬の大三角と人工衛星)



そんな風に島の良さを感じるほど、やはり気になるのは火山。

2年前に噴火した新岳は依然として噴煙を上げています。

風向き次第で、集落にも硫黄のにおいが漂ってきます。

火砕流に飲み込まれて通行できなくなったままの道路も残っています。



20170425_tani05.jpg2015年5月29日の噴火の様子=番屋ヶ峰(※)より、貴舩さん提供



20170425_tani06.jpg月夜の口永良部島。港のある本村集落に明かりが灯ります。
小さく噴煙を上げているのが噴火口付近



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火砕流の影響で、通行止めが続く道路




怖さや不安はないのでしょうか?


「山はまた、噴火すると思う。でも、怖いとは思わない」

「むしろ、誇りに思っているくらい」


島の方からは、だいたいそんな言葉が返ってきました。




特に印象深かったのは、最初にお話を聞いた貴舩恭子さん。

島に惹かれて移住し、観光ガイドなどを務める旦那さんとともに、民宿を営んだり畑で野菜を作ったりしています。4人のお子さんを育てながら、この4月から「島留学」で編入する中学生を預かる準備も進めていました。



「島の生活は、自然との距離が近いから」


「たとえば、台風で1週間くらい船が欠航することがあるし、そうすると物が入ってこないから、島では何も買えなくなる。でも、それが当たり前だから、ちゃんと備えているし、助け合える」


「島の人同士で持っているものを分け合うのも、私たちにとっては当たり前。誰かが釣った魚を、その人の顔を思い浮かべて感謝しながら食べられるのは幸せなことなんですよ」


「そんな風に、人同士の距離も近いから。大変なこともあるけれど、何かあっても、誰が何時ごろならどこにいるか、みんなお互いに見当がつく」


「島では『山に何かあったら番屋ヶ峰(※)へ逃げる』ことになっている。私の小さな子どもたちも言い聞かされて、よく分かっている。だから、みんながその時に一番良い方法で、ちゃんと逃げてくる」



「島のみんなで助け合って、ひとまずは何とかできると思う」




(※)番屋ヶ峰は、港があるメインの集落を挟んで、噴火した新岳と反対方向にある小高い山。2年前の噴火を機に避難場所としての機能が強化されました。


20170425_tani11.png



私が貴舩さんのはっきりとした口調に感じたのは、「迷いのなさ」と「共通理解」でした。

何かあったら、「番屋ヶ峰へ」と決まっている。

いざというときのことが、周りの人の動きも含め、ある程度までイメージできている。

島全体で共通理解があるので、混乱を最小限に抑え、みんなで最善策をとることができるのだと思います。



2年前の爆発的噴火でも、人的被害はけが人1名だけだった口永良部島。

何度も噴火を繰り返してきた歴史を踏まえて、島に住むことを自ら選択した人たちには、「自分たちの命に自分たちで責任を持つ」という日常があるように感じました。


20170425_tani08.jpg火砕流で枯れた森林は、下草から再生が始まっていました。
「この島は、噴火と再生の繰り返し」というガイドさんの言葉が印象的でした。




私が今、生活する都市部で同じように備えるのは、ちょっと難しそうです。

自然との距離も、人の数も、社会の複雑さも、あまりに違います。

自然現象そのものより、社会の混乱の形の方が、想像しにくいかもしれません。

20170425_tani15.jpgBy Yodalica - CC BY-SA 4.0



巨大な都市の生活と、また噴火するかもしれない離島の生活。

「安全」や「安心」、「リスク」、「防災力」って何だろう--。

あらためて考えさせられました。

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参考サイト:口永良部島ガイド協会
http://kerabu.eco.coocan.jp/

地図とランドサット画像は、国土地理院のデータより取得し、情報を加筆。
http://maps.gsi.go.jp/development/ichiran.html
データソース:Landsat8画像(GSI,TSIC,GEO Grid/AIST), Landsat8画像(courtesy of the U.S. Geological Survey), 海底地形(GEBCO)


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この記事への2件のフィードバック

なるほど、厳しい自然があるからこそのコミュニティの結束なのですね。しかし、もし住民の半分近くが犠牲になるような大規模な噴火があったとして、そのあとでも彼らは島に帰りコミュニティの再生を目指すのだろうか?一種カルト的なコミュニティへの帰属意識が無ければ、他の選択肢の方が良いものに見えるのではないだろうか?

吉田和人さま

核心に迫る“問い”をありがとうございます。記事を書いた段階で、整理しきれていなかった部分を見つめ直すことができました。(お時間をいただきまして、すみません)

どの選択肢がよく見えるのか。それは、その人の価値観や考え方、与えられた情報や状況などによって、変わるものであるし、変わっていって良いものではないかな、と思います。

そして、さまざまな「もし」があるのは、口永良部島でも、それ以外の都市部を含む場所でも、根本的には同じではないでしょうか。想像のしやすさに程度の差があるかもしれませんが、リスクをゼロにすることはできないからです。

厳しい自然があるからこそのコミュニティの結束は、離島の特徴の一つです。それが、「何をリスクと考えるのか」の、ひとつの価値観につながっていると思います。

加えて、私が島の方から感じたのは、
●島に住むことでどんなリスクがあるのか、理解した上で、そこに住むことを自ら選択している
●いざという時に自分たちで最善を尽くす準備と、心構えがある
ということです。

私自身は今、巨大都市に住むことのリスクを十分に想像、理解できないまま、生活している気がします。

「今、自分たちの命に自分たちで責任を持って生きているか」

最終的な結果とはまた別の、大事な問いかけを、島の方たちからもらった気がしています。

谷明洋

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