スポーツコミュニケーターはじめました その3
体操競技、鉄棒は鉄?

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みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの片平です。今回もスポーツコミュニケーターとしてお届けします。

さて、今回取り上げるのは体操競技です。

しかし、今回のテーマは選手の話ではありません。体操競技に使われる、鉄棒のお話です。テレビなどで見る体操競技の鉄棒って、演技中に大きくしなっていたりして、学校や公園にある、あの鉄棒と全然違いますよね。以前は製鉄業に携わっていたため、鉄にはひとかたならぬ思い入れのある私・片平。「鉄棒っていうけど、あれは本当に鉄の棒なの?」──そんな疑問から、セノー株式会社企画開発部で体操競技用具の設計・開発を行っている濁川 靖(にごりかわ・やすし)さんにお話を聞いてきました。

■ルールと基準の話

まずは、鉄棒に関する体操競技のルールを確認しましょう。以下は国際体操連盟(FIG)に定められた規約から、鉄棒に関する部分の一部を抜粋したものです。


鉄棒についての規定(筆者訳)

形状

直径2.8cm(±0.01cm)の円柱型であること。2箇所で支えられ水平に保持されていること。

バー(棒の部分)の幅は240cm(±1cm)とし、高さは280cm(±1cm)である。ただし、競技者が実施中にマットに触れてしまう恐れのある場合に備え、280+10cmまでは高さを調整できる必要がある。

鉄棒にかかる力を分散させるために床に4箇所のケーブル(直径1cmまで)をつなぐことができる。このケーブルは幅方向550cm(±5cm)、奥行き方向400cm(±5cm)の範囲に設置すること。

性能試験方法

 1)静的荷重試験:鉄棒中心を2200N(ニュートン、力の単位)の力で垂直方向に引っ張った時、しなりが80~100mmの範囲に収まること。

 2)動的試験   :鉄棒につるした重さ80kgの振り子を振った時に、鉄棒にかかる力が最大3200N以下になること、またその時のしなりは垂直方向・水平方向それぞれに定めた範囲内であること。

 3)振動減衰試験 :鉄棒につるした重さ60kgのおもりを垂直に1000Nで引っ張った後、おもりを離した時の振動が定められた周期であり、指定の時間で振動が収まること。


なるほど、あんまり普段テレビなどで見ていて気にすることはないかもしれませんが、長さや太さ、さらにはしなり具合まで細かく定められているのですね。公平に競技を行うためには必要です。それでは、基礎を学んだところで、本編に入りましょう。

■鉄棒は鉄でできている???

早速、今日の結論です。

鉄棒は「鉄」で、できていました!!!

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写真 鉄棒のサンプルを持つ濁川さん(片平撮影)

でも、競技中の鉄棒ってめちゃめちゃしなっていますよね?どうなっているのでしょう?そもそも、学校や公園にある普通の鉄棒では、体操選手のような技はできません(危険なのでチャレンジしないで!)。鉄棒のしなりの力を上手く利用して、体操選手は大車輪の回転や、高く宙を舞う離れ技を行っています。競技用の鉄棒にはしなりが絶対に必要です。セノーでは、鉄棒の材質に、特殊な成分の鉄(掘削機に使われるような強度の高いもの)を使っています。さらにその鉄棒にセノー独自の処理を加え、強さもありながら、しなりもある優れたバーができるそうです。

※ 鉄は炭素や他の金属などを混ぜることによって硬さなどの性質を調整することができます。

さらに、写真を見てもらうとわかるのですが、この鉄棒、真ん中に穴が空いています。ここにはワイヤーを通して、万一、鉄棒が折れてしまった時に器具が倒れたり、選手がけがをすることを防ぐ目的で開発されたものだそうです。鉄棒が折れる、ということも驚きですが、濁川さんら開発者や体操選手の間では、鉄棒は折れることがあるもの、定期的に取り替えるもの、だそうです。鉄棒、と一口に言っても、実はこんなふうに成分や処理方法、さらには安全上の工夫まで詰まったバーなのですね。

■鉄棒はバーだけじゃない。

鉄棒のバーに注目してこの取材を始めたのですが、濁川さんにお話を聞いてわかったのは、鉄棒はバーだけじゃない。支えている支柱や張られているワイヤーまですべてが揃って鉄棒、ということです。

実は鉄棒のしなりは、紹介した鉄のバーだけでしなっているのではありません。鉄棒を支えている部分にも秘密がありました。

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写真提供:セノー株式会社

写真は鉄棒と支柱を繋ぐ部分、ここは単純に鉄棒が固定されているのではありません。選手が競技中に回転する動きをなめらかにするために、ちょうど肩の関節のようにある程度ぐるぐると回る形になっています。1点だけネジで止めて、縦方向にだけ動きを持たせて、水平方向にはあまり動かない形の鉄棒も多いそうですが、濁川さんら、セノーでは選手が競技しやすいように360度均等にしなるような構造を開発しています。

一見、競技には関係なさそうに見える支柱でさえ、選手の演技中にはしなっているのがわかるそうです。競技を観戦することもあるという濁川さんによると、やはりトップ選手ほど支柱もキレイにしなっていて、しなりを上手に使っているようにみえるそうです。もちろん、支柱をどんな構造や材質にするか、ということも濁川さんらは設計しています。

■選手のレベルアップに合わせて

冒頭の濁川さんの写真に一緒に写っている古いあん馬、実はこれ1964年の東京オリンピックで使われた本物だそうです(そんな貴重なものが、仕事場に!驚きのあまり、あん馬の話ではなかったのですが、一緒に写っていただきました)。

当時から比べると現在の体操選手は技術も体格も向上し、技の難易度も進化するなど、大きくレベルアップしています。器具もこれに合わせてレベルアップさせようと、濁川さんらは開発に取り組んでいます。

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画像:鉄棒競技中に鉄棒にかかる力を測定した結果

提供:セノー株式会社 ※グラフ中の詳細な数字はもちろん企業秘密です

例えば、鉄棒にかかる力を測定すると、現在の器具の国際的な標準と考えていた値よりも、最新のトップ選手のダイナミックな演技では、さらに20%以上大きな力がかかっていることがわかりました。この大きな力をバーで受けるのか、それとも張っているワイヤーで受けるのか、しなるのはバーなのか支柱なのか、それらを様々に検討し、鉄棒を設計します。設計した鉄棒は選手にも実際に使用して頂き、感覚を確かめてもらい、さらに改良を加えるというプロセスだそうです。そうして選手が演技しやすい鉄棒を求めて、それでいて競技の公平さを保つために冒頭で紹介した規定に沿うように、設計しています。

他の現実的な問題も設計に大きく関わってきます。海外では体育館が広いため、鉄棒を据え付きにするのが一般的な国もありますが、日本ではそのような環境は多くありません。使うたびに鉄棒を設置するので、設置や片付けのしやすさということも大事なポイントになるそうです。そして何より重要なのは安全です。「安全性の高いものを作るということを、セノーでは昔から大事にしています」と濁川さんは言います。

今回は、「鉄棒は本当に鉄でできてるの?」というふとした疑問から、鉄棒の製造・開発に携わる濁川さんに話を聞きました。

鉄棒はたしかに鉄でできていた!というだけでなく、器具も選手とともにレベルアップしているという新しい視点も教えてもらいました。

スポーツと言われるとやはり選手に注目してしまいがちです。しかし、選手のパフォーマンスや安全性、スポーツの公平性を支えている器具とそれを開発する研究者の存在が欠かせないのです。このスポーツコミュニケーターブログでは選手の凄さだけでなく、選手を支える器具や道具に携わる人々も紹介していきます。今後ともお楽しみに!

参考

セノー株式会社:http://www.senoh.jp/ 

国際体操連盟(FIG)競技器具規定:http://www.fig-gymnastics.com/site/rules/app-norms 

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