タスマン海の上で地球の謎に挑む研究者の2ヶ月間

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20171031_tsuboi_01.jpgアメリカの深海掘削船「ジョイデス・レゾリューション(JR)

 中央にそびえ立つ61.5 mのやぐらが目を引く、アメリカの深海掘削船「ジョイデス・レゾリューション(JR)」。日本の地球深部探査船「ちきゅう」と同様、世界中の海の下に眠る岩石を掘削して、地球の歴史を解明するための科学掘削船で、約2ヶ月にわたる研究航海へと年間5回ほど旅立っています。

 
 この船に乗り込む研究者はどんな想いで航海に挑み、どんな2ヶ月間を過ごしているのでしょうか。
 
 

20171031_tsuboi_02.JPG松井浩紀さん。手に持っているのは、掘削した海底の堆積物です。(JR船内にて)


 
 松井浩紀さん(乗船時は東北大学 理学研究科・研究生、現在は高知大学 海洋コア総合研究センター・特任助教)は、オーストラリア南東に広がるタスマン海を、7月末から9月末までかけて調査する航海に参画した研究者の一人。今回の航海にかけた想いからその面白さまで、たっぷりと話を聞いてきました。

 

 

■ 2度目の航海

 松井さんの専門は、微化石といわれる数μmから数mmほどの小さな化石を使った、過去の海洋環境の解明。特に、約6600万年前から現在に至るまでの「新生代」という時代を研究しています。
 実は、大学院の修士課程にいた2012年にもJRに乗船した経験がありました。そのときの役割は、採集した堆積物の種類や見た目を記録する堆積物研究者として。専門ど真ん中ではありませんでした。「1億年の歴史を物語る堆積物の記録に関わった経験はとても勉強になった」ものの、いつかは専門の微化石研究者として乗船したかったそうです。今回、その想いが叶いました。
 
 掘削地点は中緯度地域。寒冷な高緯度と温暖な低緯度の間で、温度変化に敏感な微化石がどのように変化するのか、松井さんの好奇心がかき立てられました。調査対象とする年代が、専門とする新生代の中で一番古い時代である、古第三紀(約6600万~2300万年前)だったことも格好の機会だったそうです。


■ 5000万年前のグローバルな地球環境変化に挑む

 研究航海の目的は2つ。
 1つは、タスマン海にあるトンガ-ケルマデック海溝でのプレートがいつ沈み込み始めたのかを明らかにすること。これまで、古第三紀より一つ昔の中生代・白亜紀(約1億4500万~6600万年前)頃から沈み込みが始まったと思われていましたが、もう少し遅く古第三紀に始まったかもしれないという見解が、近年出てきたためです。
 もう1つは、同時期の気候変動の原因です。白亜紀から古第三紀にかけての時代は温かい気候が比較的続いていましたが、古第三紀の真ん中にあたる始新世(約5600万~3400万年前)には、寒くなったことがわかっています。これとプレートの沈み込み開始との関連をさぐるのが、2つ目のねらいです。
 
 この時代は、地球全体で大きな変化があった時期でもありました。約5000万年前に日本の東北地方が属する太平洋プレートの運動方向が、北向きから現在と同じ西向きへと変わったのです。それにより、北太平洋の西にあるハワイ-天皇海山列が折れ曲がったり、太平洋プレートがフィリピン海プレートの下に沈み込むようになり伊豆から小笠原諸島・マリアナ諸島・ヤップ島へと続く弧状の列島(伊豆・小笠原・マリアナ島弧)ができたりしました。


 
20171031_tsuboi_03.png約5000万年前に太平洋プレートの運動方向が変わった

 
 そもそもプレートがなぜ沈み込むのか。そのきっかけは、多くの説が検討されているものの、はっきりとわかっていません。今回の航海では、トンガ-ケルマデック海溝での沈み込みのきっかけを探ることで、普遍的なプレートの沈み込みメカニズムの謎にも迫ろうとしています。調査地域周辺の歴史を解き明かすだけに留まらない、グローバルな地球環境変化のパズルのピースをさぐる研究航海なのです。

「首席研究者の言葉を借りれば、まさに "Exploration(探検)"。未知の謎に挑む航海で、どんな結果が出ても学術的に面白いものになる状況だった」
と松井さんは言います。


■ 年代決定が鍵を握る

 未知の謎に挑むにあたっては、堆積物や含まれる微化石の種類などから、当時の環境を推定します。そして、推定された環境が「いつ」のことなのかを知るには、採集された堆積物がつくられた年代の決定が要となります。また、掘削がねらいどおりに進んでいるか確認するためにも、年代決定が重要です。
 そこを担うのが、微化石研究者であり、たくさんの種類がある微化石の中でも「浮遊性有孔虫」が専門である松井さんです。有孔虫は数μmから数mmほどの小さな生物で、海のお土産として見かける「星の砂」も、実は海底にすむ有孔虫の殻からできたものです。一方、浮遊性のものは海の中を漂って生きています。浮遊性有孔虫は進化するスピードが速いため、それぞれの年代で生きていた有孔虫の種類は細かく変化しています。そのため、堆積物に含まれる有孔虫の種類がわかれば、その有孔虫が生きていた時代、つまりその堆積物がつくられた年代を決められるのです。正確な年代決定のため、他の研究者が調べた石灰質ナノ化石など他の微化石から読み取る年代とも突き合わせながら、昔の海の様子を紐解いていきます。

 実際の作業は、時間との勝負です。掘削が始まると、1時間に1回、10mにもおよぶ試料が船上にあがってきます。松井さんたち微化石研究者は、次が来る前に、試料の中に含まれる微化石を洗い出し、顕微鏡で観察し、どの種類がいるのか次々とチェックしていくのです。掘削は24時間止めずに行うため、研究者は日勤と夜勤の2交代制。途中、休憩を挟みつつも、12時間ひたすら微化石の種類を見分ける作業を繰り返します。とても集中力を要する仕事です。
 

 
20171031_tsuboi_04.JPG顕微鏡で微化石の種類を調べる松井さん(JR船内にて)


■ 航海中の楽しみ

 そんな生活に慣れるまでは、2度目の乗船といえども、かなり大変だったそう。他の研究者も同じで、皆、日が経つにつれて疲れていきます。また、30人ほどいる研究者は、船の上で初めて知り合う人がほとんど。そのため、リフレッシュや交流のための仕掛けが用意されています。
 松井さんが特に楽しかったと教えてくれたのは、毎日2回のクッキータイムと、乗船研究者全員参加の卓球大会。クッキータイムは、作業の手を少しだけ止めて、手作りのクッキーを食べながら皆で休憩する時間。研究の話のほか、世界中から集まった研究者によるそれぞれのお国自慢などもあったそうです。卓球大会は、事前にメールで丹念に打ち合わせしてから開催されるほどの真剣勝負のトーナメント戦。戦いは船の上のため、自分に有利な船の揺れがあるかどうかも、勝負に大きく関わるそう。ちなみに松井さんは、残念ながら初戦敗退だったそうです。

 そして何より、多岐にわたる専門家が顔をつきあわせて行うエキサイティングな議論は、研究航海ならでは。今回掘削した6地点のうち1地点では、年代決定に重要な有孔虫と石灰質ナノ化石がほとんど出ませんでした。これでは正確な年代決定ができません。そこで、微化石研究者にとどまらず、岩石・物性などすべての専門家が知恵を出し合い、年代を決めていきました。
国や専門分野の違いを超えて、同じ船の上で一つの目標に向かって協力し合う。この議論が松井さんにとっての「一番印象に残っているできごと」だそうです。

 今回の掘削により、全長2500 mの試料が得られ、これまで言われていたよりも遅い古第三紀・始新世には、プレートの沈み込みが始まった証拠が得られたそう。今後、採集された試料は、世界各国の研究施設で、船上ではできなかった解析がなされ、来年には、2ヶ月間の船上の成果がまとめられ、公開されるそうです。

 

 この11月から松井さんは新天地で、南極に関する研究プロジェクトに参画しています。再来年には、南極航海への乗船を予定しているそうです。

「この2ヶ月は、今後の研究にも必ずや糧になる、たくさんの経験が凝縮されていた」

 大きいといえども、海の広さに比べたら点のような船の上で、世界中から集まった精鋭の研究者たちと、同じ目標に向かって濃密な時をともに過ごし、未知の地球の歴史を解き明かしていく研究航海。海の上で生み出される最先端の科学の知見を、今後もぜひとも注目していきましょう!

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