科学は好奇心、好奇心は文化

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科学者は難しい専門的なことを研究していて、なかなか一般の人々には気づいてもらえないなと日々思っていました。でも、毎年一回、ほぼ必ず、「科学者が日本文化に貢献した」ことが表彰されていると気づきました。


 

皆さん、こんにちは。科学コミュニケーターの鈴木です。

 

10月24日の朝、いつものように私はテレビでニュースを見ていました。
布団の中で8割くらい寝ながら見ていたのですが、
「文化功労者」の文字が目に入ったことは覚えています。
そんな表彰みたいなものもあったなあ、
となんとなく見ていました。
テレビでは歌舞伎の中村吉右衛門氏を大きく取り上げており、
その後コシノジュンコ氏が紹介されたように記憶しています。
ほかの選出者は名前だけ出たのですが、
その一覧の中で個人的に知っている名前を見つけたのです。
化学者、村井眞二博士です。
(前職で私が所属していた研究プロジェクトの領域アドバイザーを務めていらっしゃったので見慣れたお名前でした)


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(写真提供:村井眞二博士)

 

村井眞二博士、文化功労者へのご選出おめでとうございます!

 

■ 文化功労者

皆さんは「文化功労者」はご存知ですか?(私はよく知りませんでした)

名前の通り、文化に功労をたてた人です。
文化功労者年金法(昭和26年法律第125号)には、「文化の向上発達に関し特に功績顕著な者」を文部科学大臣が決定するとあります。毎年だいたい15人くらいが選ばれます。
日本文化はこの人のお陰で発展した!ということを表彰する感じですね。

それに今年は、化学者の村井博士が選ばれたのです。
科学者が文化の発展に貢献したと表彰しているわけですね。

ここでふと思いました。科学が文化に、というフレーズ......

「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場。」

われらが日本科学未来館の設立の理念です。

これは取り上げねば!ということでさっそく村井博士に連絡を取り、そしてこのブログを書いています。

 

村井眞二博士とは?

村井博士は、大阪大学名誉教授、そして同時に奈良先端科学技術大学院大学名誉教授でもあります。
有機化学の研究者です。

日本の文化発展に影響を与えた村井博士の業績はおもに以下の2つでしょうか。
(1)有機化合物の不活性な結合の効率よい切断法を開発
(2)「元素戦略」を提唱*

 

なにやら難しい言葉が並んでいますが、1つ目の「不活性な結合」とはつまり"切れない結合"。そんなものを切ったらすごい!という村井博士の好奇心から、この研究がスタートしました。数えきれないほどの失敗の末、ついに切れない結合が村井博士の好奇心の前に折れたのです(切れたのです)。
切れない結合の切断法は、新素材を化学合成する画期的な方法でもありました。村井博士にお伺いしましたところ、日本文化に影響を与えた成果として推しておられました。

1993年に発表されたこの研究成果によって、日本だけでなく世界の化学が流れを変え、不活性な結合の切断に進んでゆく結果となりました。特に日本はこの分野の研究が進んでいると言われます。例えば2010年のノーベル化学賞、鈴木章博士の研究も不活性な結合の切断法を利用した研究です。

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たくさんのガラスフラスコに様々な器具を取り付けて操る......村井博士の実験机もこのような様子だったことと思います。(画像元:Flickr、Photo credit: O. Usher (UCL Mathematical and Physical Sciences))

 

2つ目も、最初は「レアメタルなどの物質や元素に特有の性質はどうして生まれるのだろう」という好奇心から始まったものです。貴重な金属資源の代わりに産出量が多いほかの物質で似た機能を持つ新素材を開発していこうという考えです。資源問題が今ほど話題になる前に世界に先駆けて提唱した考えです。

2004年、村井博士を含む何人かの研究者たちによって提唱されたこの考えは、資源問題が深刻でなかった当時は重要視されませんでした。しかしすぐに資源問題が表面化し、日本政府に加え他国の政府もこの考え方に注目するようになりました。ここでもやはり、日本がいち早くスタートし他国が後から追いかけてきたという構図になっています。

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未来館で展示されている有機薄膜太陽電池......希少な資源ではなく、ありふれている有機物を使っているという点は元素戦略と言えます。

 

科学者を目指す皆さんへ

村井博士はもとから化学者を目指していた訳ではありませんでした。最初は新聞記者になりたいと考えていたそうです。
何が転換点となったかというと、『ナイロンの発見』(井本稔 著)という本をたまたま読んだことがきっかけだったそうです。

ナイロンは「石炭と水と空気から作られ、クモの糸よりも細く鋼鉄よりも強い」というキャッチコピーで開発された当時としては夢の素材でした。村井博士もこのキャッチコピーに魅せられ、著者の井本氏と同じ大学へ進学を決めたそうです。

そんな村井博士から進路に迷っている学生の皆さんへメッセージを預かっています。

『幅の広い好奇心をもつように――』

 

シンプルにまとめていただきました。

村井博士も好奇心のおもむくままに現在の研究を進めているのかもしれません。そんな好奇心はきっと村井博士だけでなく多くの人が持っているでしょう。それはつまり好奇心が文化を支えているということ。その好奇心に応えた村井博士は確かに文化功労者であると納得がいきます。
是非皆さんも好奇心を持ち、それを追い求めてみてください。

 

最後に、今回の記事を書くにあたりまして村井眞二博士にご協力いただきました。誠にありがとうございました。


* 元素戦略という言葉が生まれた箱根会議に、以前私がブログを書いた中村栄一博士も同席していました。この言葉を最初に考えたのは中村博士だそうです。

修正履歴(2017年11月16日)
文中の村井先生の肩書きを「奈良先端科学技術大学院大学理事・副学長」から「奈良先端科学技術大学院大学名誉教授」に修正いたしました。大変、失礼いたしました。

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