葬送とお墓を考える
 ──「ビューティフル・ライス」の舞台④

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今回は趣向を変えて、「お墓」を考えます。


未来館が開催した「ビューティフル・ライス」展の舞台となったアジアの農村を、監修者の佐藤洋一郎先生(人間文化研究機構理事)の話を伺いながら紹介していく連載記事。

食べ物を「つくる」現場の田んぼの紹介に続き、前回は「たべる」のあとのうんこから、養分の循環について考えました。


「ビューティフル・ライス」展 関連記事一覧
http://blog.miraikan.jst.go.jp/cgi-bin/mt/mt-search.cgi?IncludeBlogs=153&tag=Beautiful%20Rice&limit=20



ただ、「たべる」のあとにできるのは、うんこだけではありません。

私たち人間の肉体も「たべる」ことによって成長していきます。


「たべる」ことは「生きる」こと。

その先には「死」があります。


天寿を全うした「肉体」は、どこへいくのか。




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展示にも「遺体を埋める」イラストと、解説(手前)があります



まずは、「佐藤先生がやってみた興味深い計算」を紹介します。



佐藤先生によると、アジア各地の農村では田んぼの近くに「墓」が設置されているケースがたびたび見られるとのこと。理由は信仰や風習、あるいは生活空間から離れた場所に葬ることで衛生を保つ、などいろいろなことが考えられます。

ただ農民たちは、人間を含む動物の遺体が埋まった周辺で植物がよく成長するのを、「おそらく経験的に知っていただろう」といいます。



人間の肉体は、特に骨に、植物の重要な養分である「リン」を多く含んでいます。



佐藤先生はそれを踏まえ、次のような計算をしてみたそうです。


ある町の人口をN人とします。


その人口を養う稲作に必要なリンの量が、比例して求められます。


一方で、人口とその時代の平均寿命から、町の年間の死亡者数が概算できます。

死亡者数に平均体重とリン含有率を掛けると、人間の肉体から供給できる「リン」の量が計算できます。


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これは、食べて大きくなった人間の肉体を、再び自然にかえした時の「養分」の量を考えているのです。



「ビューティフル・ライス」展ではもう少しシンプルに、「ひとりの人体に含まれるリンと、同じだけのリンを含む玄米の量」を計算できるようにしました。

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「ビューティフル・ライス」展より



人間の体重に対するリンの含有率は、おおむね1%ほどと言われています。

一方、玄米のリン含有量は0.29%ほど(食品成分データベース:文部科学省)



単純計算ですが、同じだけのリンを含む玄米は、体重の約3.41倍になります。



体重74kg(少しやせたい)の私の体内には、252kgの玄米に含まれるのと同じだけのリンがあることになります。


お米中心の食生活だったかつての1人の年間消費量150kgを考えると、だいたい1年8ヶ月分。

多いと感じるか、少ないと感じるかは見方によって変わります。また、あくまで単純計算で、仮に田んぼに入れたとしても、リンの全てが玄米になるわけではありません。



ただ、人間の肉体が、生態系を循環し続ける物質の一つの形であることは確かです。



【あなたが大切にしたいことは何ですか?】

さて、ここまでは、「肉体を自然にかえす」ことが前提の話。

例によって、現代社会を考えてみましょう。


日本で今、一般的なのは火葬しょうか。

リンは焼かれた骨に残り、骨壷の中に納められます。

それは、物質の循環から外れることを意味します。

そのまま半永久的に残すこともあれば、一定期間を経て土にかえすこともあるようです。



「大切な人の骨を、ずっと残しておきたい」

「天寿を全うした後も、家族と同じお墓で一緒にいたい」

「自然の中で育ったのだから、自然にかえりたい」

「精神と物質は別だから、肉体の行方にはこだわらないよ」


想いや考え方は、人それぞれ。


また、他人の肉体が近くの野山に葬られるとなると、「物質循環は理解できても、気持ち的に嫌だ」ということもあるでしょう。

地域の風習などを守ることで大きな充足が得られることだってありそうです。

一方で、お墓にする土地が不足していたり、お墓を守ることが子孫の負担になったりする、という現実的な問題もあります。



「物質循環」という科学の視点はあっても、それだけで答えが決まるものではなさそうです。


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都市部では、ロッカー式の納骨堂という考え方もあります(韓国の例=金セッピョル氏提供)


現代の事情を踏まえ、世界の「自然葬」を文化面から研究している金セッピョル氏(佐藤先生と同じ人間文化研究機構のご所属です)に、「ビューティフル・ライス」展に関連したイベントで、印象深い考え方を伺いました。



20180123_tani06.jpg来館者や科学コミュニケーターと、「お墓」について語り合う金氏(右端)2017年12月



「かつての鳥葬や土葬は、肉体を確かに自然にかえしていたが、『自然にかえす』という意識はなかったのではないか。選択肢は限られていたし、そもそも人は自然の一部として生きていたのだから」


「人間が暮らす都市が自然から遠くなった現代だからこそ、肉体をあらためて『自然にかえす』という発想が、確かな意図を持った選択肢として出てきたのだと思う」



20180123_tani05.jpg木の周りに散骨する「樹木葬」の例(金氏提供)



自分自身や近しい人の肉体は、物質であると同時に、それ以上の重みや価値を感じるもの。


そんな気持ちを大切にしながら、葬送やお墓の形を考え、選ぶことができる時代になりつつあるのかもしれません。



「物質循環」という科学の考え方は、ある人にとっては大きな、またある人にとってはあまり意味をなさない、"視点"のひとつでしょう。



20180123_tani07.jpg「ビューティフル・ライス」展より



あなたはどんなかたちで人を送り、人に送られたいと思いますか?


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【参考文献、サイト】

食品成分データベース - 文部科学省
https://fooddb.mext.go.jp/details/details.pl?ITEM_NO=1_01080_7


【「ビューティフル・ライス」展 関連記事】

「食べたお米は、何になる?」
http://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20180119post-780.html

「お米が混ざると・・・?」
http://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20171221post-778.html

「田んぼは何を育てるところ?」
http://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20171218post-777.html

お米を「つくる」「食べる」とは? ――ビューティフル・ライス展、始まりました
http://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20171121post-775.html


【ビューティフル・ライス展】

特別展示「ビューティフル・ライス~1000年おいしく食べられますように」
開催日時:2017年11月11日(土)~2018年1月8日(月・祝)
開催場所:日本科学未来館 1階 コミュニケーションロビー
参加費:無料(ただし、常設展・企画展への入場には別途料金が必要です)
監修:佐藤洋一郎氏(人間文化研究機構理事)
http://www.miraikan.jst.go.jp/event/1707050921574.html
会期後は巡回展貸出を受け付ける予定です。詳しくは、お問い合わせください。