マラソン選手も「もぐもぐタイム」はあるの?

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初めまして、2017年4月に未来館に参りました、科学コミュニケーターの庄村優(しょうむら・ゆう)です。今日はスポーツコミュニケーターとしてお届けします。数年前まで、カーリングというスポーツをしていました。全日本選手権にも出場したことが、密かな自慢です。

少し前に、カーリングの「もぐもぐタイム」が話題になったのですが、覚えていますか?カーリングが注目されて、とっても嬉しい!と思っていたのですが、そんなに話題にされることだっけ?と疑問に...。

他のスポーツでは途中で何かを食べたりしないのでしょうか?

カーリングは試合時間がだいたい2時間ほどですが、同じく2時間も走っているマラソンでは、選手は何を食べているのでしょうか?

ということで、神奈川県立保健福祉大学で、スポーツと栄養の関係について研究している鈴木志保子(すずき・しほこ)教授にお話を聞いてきました。

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取材した鈴木先生は、とてもパワフルで、言葉のチョイスが面白い方。大学教授であると同時に公認スポーツ栄養士でもあります。「公認スポーツ栄養士」とは耳慣れない言葉かもしれません。このブログでは、公認スポーツ栄養士の仕事についても、紹介したいと思います。

20180501_shomura_01.jpg写真:鈴木志保子(本人提供)

鈴木先生に、早速質問してみました。

■マラソン選手が走りながら、食べている物は?

→「ぱくぱくはしない。趣味で走る人と違って、タイムをかけて走る人は、歯を動かす余裕もないのよ」

と、いうのが先生のお言葉。

マラソン選手が、試合中に食事をすることはないそうです。その理由は、走ることその物に集中するため、とのことです。

ストイックですね。頑張る前に食べよう!としょっちゅう口をもぐもぐさせている私とは違います。

ただ、すべてのスポーツで試合中に何も食べないのかというと、そうでもないとのこと。たとえばトライアスロンや100kmを超えるウルトラスイム等だと、食べることが多くなるそうです。ただ、走りながら食べるというのは難しいのでマラソン選手は食べないのが基本なのだそう。ウルトラスイムではボートから食べ物を受け取り、泳ぎながら食べるそうです。

ふだん、スポーツをされる方、経験者の方はどうでしょうか?ご自身のしている(していた)スポーツでは、何かを途中で食べていますか?比べてみると、面白いかもしれません。

とにかく、マラソン選手は試合中に何も食べないということが分かりました。でも、飲み物を飲んでいる姿はテレビ等でよく見る気がします。

■マラソン選手も、飲み物は取っていますよね?

「スピードを保ちながらだと、飲むのも大変。だから、(選手は)水を飲む練習をするぐらい。そこまでしてでも、出てしまう汗の水分を取り返さなきゃいけない」

飲む練習をしているなんて、知っていましたか?私は初耳でした。わざわざ練習をしてまで飲むドリンク、その気になる中身はと言うと...

「塩分の入った水分補給を基礎として、そこにどれだけ糖を入れられるかがポイント」

とのこと。

当然ながら、失った水分を補給するために水をベースにしているのですが、そこに糖が入っているというのが重要なようです。どれぐらいの糖が入っているのかと言うと...

「スポーツドリンクに入っている糖は、ナトリウムの吸収を邪魔しないでエネルギーの補給をし、熱中症を予防する。そのためには6%ぐらいの糖分の濃度がちょうど良い」

熱中症予防には、汗によって失われた、水分とナトリウム(塩分)を体に戻してあげることが必要です。そして、ただの薄い塩水よりも、少し糖の入ったドリンクを飲む方が、水分も塩分も体に吸収され、体内に保持されやすいのだそうです。しかし、あまりにも糖の割合が多くなると、逆に効率が悪くなっていきます。

ということで、実際には6%ぐらい(500mlの水に大さじ2杯ぐらい)の糖が含まれることが一般的なようです。ちなみに、市販のスポーツドリンクは概ねそれぐらいだそうです。

そして、糖をドリンクに入れるメリットは他にもあるそうです。

「太っていて、体にたくさん脂肪が付いていたって、何も飲まないでマラソンするとガス欠になるのよ。脂肪を燃やす原動力が少なくなってしまうから。だから、糖を摂らなきゃいけないの」

私たちが毎日している食事。ご飯やパンなどの炭水化物は、分解・代謝されてブドウ糖となり、多糖類のグリコーゲンとして肝臓や筋肉の中に貯蓄されていきます。そして、必要な時には、これらを取り出して使っていきます。それでも摂りすぎて余ってしまった糖質や脂質、タンパク質の一部分は、体に貯められて脂肪になり、体に付いていきます。

ところで、ダイエットには有酸素運動が有効だと、よく聞きますよね。そう、酸素を取り入れられる状態で運動をしていくと、初めはエネルギー源として主に糖が使われるのですが、その後に脂肪がたくさん使われ始めます。

それなら、試合の前に糖をたくさん摂って筋肉の中に蓄えておいて、試合中は脂肪を摂ればいいのでは?と思った方もいるかもしれません。

残念なことに、筋肉の中に蓄えられている糖はごくわずかなため、試合中に摂取する必要があります。また、脂肪は消化吸収され、エネルギーとして使われるまでに時間がかかるため、本番中に摂取するのはあまり効率的ではありません。

とすると、走るのに必要なエネルギーを確保するために、ドリンクに糖が含まれていることは大事そうですね。とは言え、多ければ多いほど良いというものではないはず。

「糖が濃すぎて、血糖値が上がりすぎちゃうと、今度は体内で糖を脂肪に作り変えようとする反応が出てくる。だから、(糖の分解による)エネルギーが効率的に作られなくなって、パフォーマンスが落ちる」

なるほど、糖を摂りすぎると走るためのエネルギー作りには不要で余計なことを体が始めるそうです。それによって、エネルギーが足りずにパフォーマンスも落ちてしまいます。それだと、元も子もないですね。そして、糖の摂りすぎによる影響は他にもあります。

「でも、エネルギー補給のためにはもう少し濃くしたい。そうすると、選手はラストスパートをかけられるようになる。どのラインがギリギリかを計算しながら、どの地点でどの濃さのドリンクにするか、それを決めるのも公認スポーツ栄養士の仕事」

そうなのです。熱中症予防のことを考えると、6%ぐらいにしておくのが良いと言われているのですが、状況によっては、もう少し糖を入れてもっとエネルギーを生み出せるようにしておくことがあるそうです。温度、風の有無、湿度、普段生活している環境との差、などによって汗をかく量が異なるためです。しかし、先ほど教えていただいたように、あまりにも糖分が多くなると、血糖値が上がってしまってパフォーマンスが落ちる問題が発生してしまいます。そのため、「パラチノース」など、血糖値をあがり方が穏やかな糖を使うそうです。実際、日本国内のマラソンのトップ選手の中には、パラチノースを使っている人もいるんだとか。

ただし、通常はショ糖を使うそうです。熱中症にはならないギリギリのところまで糖を入れる、そんな計算をする。そして、どの糖を使うのかを検討するのも先生の仕事だそうです。

鈴木先生は研究者であると同時に、公認スポーツ栄養士としてトップアスリートへの指導も行っています。状況を見極めて、ドリンクの内容を決め、できるだけ良い結果を残させる。繊細さが要求されそうな仕事ですね。

皆さんも、マラソンをする機会があれば、いつものスポーツドリンクに、砂糖を加えたり、水を足してみたりして調整すると、タイムに影響があるかもしれません。

さて今回は、「試合中のマラソン選手の食事」について、公認スポーツ栄養士である鈴木先生にお話を聞きました。結果は、食べ物はなし、飲み物は糖の入ったドリンクでした。

栄養士と言うと、食事の献立を考えたりする人というイメージがありますが、選手のパフォーマンスを上げるため、良い結果を出すために、口から摂取するものすべてをマネジメントしています。それに加えて、鈴木先生は他のことにも気を配っているそうです。

「栄養・運動・休養は全部揃ってセット。どう寝るかも大事なの。定刻起床・定刻就寝を休みの日でも守らせること。寝る前のスマートフォンの使用禁止。睡眠時間の確保や質のコントール、それも私の仕事」

栄養面からも、休養面からも、バックアップをする。スポーツ選手の後ろには、そんな人の支えがあるようです。

この取材を通じて、「走る」ことに全力をかたむけるマラソン選手のストイックさ、そしてそれを支える栄養士の真剣さを感じました。

トップ選手向けのマラソン大会のシーズンは終わりましたが、市民向けのマラソン大会はこれから各地で行われます。トップ選手と同じようにストイックにドリンクだけで走ってもよし、何かを食べながら走って、口をもぐもぐしながら走る難しさを実感するもよし。背景を知っていると、トップ選手のすごさがより深くわかりそうですね。

余談ですが、カーリングの食事について先生に聞いたところ、「頭を使うスポーツなので、糖分が必要なのよ」とおっしゃっていました。確かに、作戦を考えたり、石の動きを予想したり、移り変わる氷を「読む」のに頭を使い、お腹がすくので1日4食ぐらい食べていたような...?

前述のように、すべてのスポーツで試合中に何かを食べる訳ではありませんが、食べるスポーツもあります。

スポーツ観戦の時に、競技中の様子だけでなく、取っている飲み物・食べ物に注目すると、そのスポーツに必要なものが分かるかもしれません。ぜひ、気にしてみてください。