定性的研究が突きとめる! 新規事業をつくった管理職は何を学んだ?

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このブログは、「定量的研究が明らかにする 新規事業をつくる人ってどんな人?」 のブログの続きです。


前回のブログにおいて、学習目標志向性は、新規事業の業績を高める影響があることがわかった研究を紹介しました。


私はこの結果を知って、自分の成長のために働くことに後ろめたさを感じる必要はないかも?!という感想をもちました。これって、なんだか「個人にもいいこと」な気がしました。


ただ、その「個人にいいこと」って一体何?が言語化できなかったため、立教大学経営学部の田中先生がとりくんだ「民間企業の新規事業部門に所属する管理職の方の学習プロセスと、学習成果の研究」を深掘りすることにしました。

先にどどっと結果をみてみましょう!

企業の新規事業部門に所属する管理職の方々は、他者本位思考リーダーマインド経営者視点を獲得しました。

田中先生は、「新規事業をつくった経験を通じて、自分本位かつ受動的なものの見方や考え方を捨てて、他者を巻き込みながら主体的にリーダーシップを発揮する経営リーダーとしての視座を得たことがわかった」と述べています。

田中先生が整理された詳しい表で、みてみましょう。

カテゴリー

概念

定義

他者本位思考の獲得

ステークホルダーを巻き込む実践知の獲得

共通善を訴求してステークホルダーの理解と協力を得る方策を理解すること

組織力学を動かす実践知の獲得

社会を動かす上での暗黙的な力学を知り、キーマンとの関係性を強めること

既存事業に対する肯定的な見方の獲得

これまで当然視していた既存事業の社会的な意義を再認識する

メンバーの自主性を引き出すマネジメント観の獲得

メンバーの強みを引き出すマネジメントの重要性を認識する

リーダーマインドの獲得

志を軸にしたリーダー観の獲得

個人的な思いを起点に新規事業をリードすることの重要性を認識する

失敗を恐れないマインドセットの獲得

失敗を当たり前のものとするマインドセットを持つこと

腹をくくる態度の獲得

様々な葛藤を乗り越え、新規事業に全力を注ぐ態度になる

経営者視点の獲得

経営者視点の獲得

管理職の視点から、経営職の視点へと視座が変化する

田中聡, 中原淳「新規事業創出経験を通じた中堅管理職の学習に関する実証的研究」経営行動科学第30巻 第1号. 12-29. 2017. ページ19から抜粋

田中先生の表の「定義」から、個人として具体的にどのようなマインドを持っているかのようすがわかり、私はスッキリしてきました。

スッキリしてくると、次のような疑問がわいてきます...

どのような方法でデータを集めれば、上のような結果がいえるのでしょう?

このブログでは、このような結果のみならず結果を導き出した研究の手続きについても紹介したいと思います。

さらに田中先生に伺うと、上記の結果を導くために修正版グランデット・セオリー・アプローチがつかわれているそうです。(略してM-GTAと呼びます)これは、定性的研究で用いられる手法の一つです。

田中先生は以下のように表現します。

「例えば、この研究結果についてどなたかにこう質問されたとします『この研究結果は、中小企業の管理職や経営者にも当てはまるのではないでしょうか?』そう言われたら、ぼくたちは『わかりません』と答えるしかできないのです」

ん?どうして、「わかりません」としか答えられないのでしょうか?

一般的に研究をする際には、仮説を立てそれが正しいのかを明らかにしていきます。そこから、いろいろな条件を絞り、解き明かしたい対象を絞る作業をおこないます。上の例でいえば、「大企業」という範囲を設けました。

定性的な研究手法であるM-GTAが対象とする社会的範囲は、私たちが通常想定するよりも限られた範囲になります。 M-GTAは、その範囲であれば「人間の行動の予測と説明として十分な内容」を導くことのできる研究手法です。

特にこれは、私たちが生活や仕事をする中でも、サービスを提供する側とサービスを受ける側のインタラクションが何らかの形ではじまり、展開して、「所定の目的が達成されていったり、いなかったりというようなプロセス」が含まれているものを対象にした研究によく用いられます。 例えば、教育とか、看護の現場、ある特定のコミュニティで学習をする場面などを想像してみてください。

M-GTAは、データに基づいた分析であり、経験的に実証されている性質を含むものです。最も重要視されるのは「データの解釈」です。つまり、質的に同等の内容を含む複数の「事柄をまとめて説明できるほどに意味が凝縮したアイデア」をデータから創出します。

う~ん。このデータ解釈の作業はとってもむずかしそうだし、時間がかかりそうですよね。

また、M-GTAから出てきた先ほどの研究結果をみて、長年企業にお勤めで新規事業をつくることを経験された方は「そりゃそうだ」と納得されたかもしれません。

M-GTAはそのような現場からの反応を重視しています。そのような反応が「データに基づいた分析が適切に行われた証左といえる」と解釈されます。M-GTAから導かれた研究結果は応用され、「データが収集された現場と同じような社会的な場に戻されて、試されることによって出来ばえが評価されるべきという立場」をとっています。

実際に田中先生は新規事業をつくった経験のある管理職15名にインタビューを行い、データを収集しました。インタビューでは、「学んだことはなにか」と、その「学びのプロセス」を主に尋ねました。

インタビュー時に、これだけは聞きたい!という質問(例えば心が動いた瞬間や、新規事業をつくるときの象徴的なエピソード)を振り返り、話してもらうことをしました。ただ、その他の質問もできるような余白を残す手法注1を選択しました。注1これを半構造化インタビューと呼びます

まず15名の中でも、大枠のテーマを絞るために3名くらいにインタビューを行い、分析の焦点を固めるために5~8名にインタビューをしました。

最後に、分析結果を踏まえてこれ以上新しい分析結果が出てこないか確認注1するインタビューを3名程度に行いました。注2これをM-GTAでは、理論的飽和と呼びます

インタビュー結果は全て文字化します。その後、分析ワークシートを制作します。

20181104maki_01.png

分析ワークシート(田中先生提供)

この分析ワークシートをもとにした作成したモデル図を企業で新規事業をつくったことのある方々に見せて、感触を聞いてみます。

現場で使う言葉とシート内の言葉との意味のズレはないのか、分析結果に違和感がないのか、確認します。こうすることで、M-GTAの理論の特徴である「理論の応用を行う応用者(たいていの場合は実務者を想定)が試すことのできる理論」へと、データを磨く、つまりシート内で使用する言葉を精査していきます。

この精査する作業、なんだかとてもワクワクしそうですが、骨が折れるような作業なのでは?と想像しました...。

でも、研究結果が出たあとに実際に実践の場で使ってくれる方々とのお話しできることは、研究のなかの貴重な時間と呼べそうですよね。

前回と、今回を通じて社会科学の研究について紹介しました。

「社会」を「科学」するってどんなこと?のイメージを持ってもらえましたら、嬉しいです。

また、今回は定性的研究手法を紹介しました。

あなたが知りたい、あるいは知っている「答え」は、どのように導かれたものでしょうか。

研究成果に着目するばかりではなく、その研究の手続きについても注意して読むことは、結果が与えてくれる視座を深く理解することにも繋がることとおもいます。

以上、2本にわたり社会科学の研究を紹介いたしました。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


参考文献

田中聡, 中原淳『「事業を創る人」の大研究』クロスメディアパブリッシング. 2018.

田中聡, 中原淳「新規事業創出経験を通じた中堅管理職の学習に関する実証的研究」経営行動科学第30巻 第1号. 12-29. 2017.

Payne, S. C., Youngcourt, S.S., & Beaubien, J. M. (2007) " A meta-analytic examination of goal orientation nomological net, " Journal of Applied Psychology, vol 92, No.1, 128-150.

木下康仁 「修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)の分析技法」富山大学看護学会誌 第6巻2号 1-10. 2007.