ニュートリノは光速を超える?

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金曜日のお仕事あがり、「ニュートリノのスピードが光速を超えるという実験結果が出たらしい」と聞いたときのオドロキ。天と地がひっくり返った!のかと思いました。

ニュートリノは素粒子の中でもなかなか一筋縄ではゆかない問題児。ほとんど質量がないくらい軽く、なんでもスルスルとすり抜けてしまう、宇宙に満ち満ちていて、でもなかなかつかまらない不思議な粒。

それでも光の速さを超えるのは行き過ぎ!

というのが物理を学んだ者の反応です。

アインシュタインの相対性理論によると「万物、光の速さを超えるものはナシ。」この理論はかなり詳細に実験や観測で立証されています。

なぜ光速を超えると困るかといいますと、因果関係が成り立たなくなるから。

同僚が「ニュートリノが光速超えるんだって」と言うので、私が「ええっ!」と仰天します。私が仰天してから同僚に「ニュートリノが光速・・・って」と伝えられる、なんてことは現実的でありません。

つまり、光の速さを超える通信手段があれば、因果関係をひっくり返してしまうことができるのです。(そのとき私はものすごい速さで地球から遠ざかっていないといけませんが)

でもまあ、不可能ではありません。量子コンピューターで応用しようとしている「量子のもつれ」では、理論的には宇宙の果てから果てまで一瞬で情報は飛ぶのです。(9月26日加筆:これは一方が確定されるともう一方も確定されるという意味です)

ニュートリノの理論を見直したり、素粒子物理学の標準モデルを越える新しい物理の可能性がでてきたり、結果が本当であればとても面白いことになります。

問題は、この実験結果は正しいか?

これはイタリアのグランサッソーにあるニュートリノ検出器を使ったOPERA(オペラ)と呼ばれる実験で見つかったもの。スイスにある巨大な国際研究施設CERN(セルン)でニュートリノを人工的に作り出して打ち込んでいます。

そのしくみは前にご紹介した日本にあるT2K実験と同じ。違いはニュートリノを飛ばす距離です。T2K実験は茨城県東海村から岐阜県神岡市までの295キロメートルを飛ばしているのに対し、OPERA実験は730キロメートル

ニュートリノが飛ぶ距離が長ければ長いほどスピードが正確に測れるのですが、その分たくさんのニュートリノを飛ばさなくては検出器で見られるニュートリノの数が減ることになります。

さて、このOPERA実験の発表によりますと、ニュートリノが光速よりも60ナノ秒(60秒の10億分の1)早く到着しました。

速度の決め方は簡単。ニュートリノがCERNを去る時間と検出器にやってきた時間がわかるので、飛行時間がわかります。距離を飛行時間で割ればよいわけです。

難しいのは精度を高めることです。どんな実験でも人間が作って測るので精度に限界があるわけで、データの不定性をきちんと把握しておく必要があります。

OPERA実験ではタイミングや距離を最先端の技術を駆使して、飛行時間の不確実さを10ナノ秒距離の不確実さを20センチメートルにとどめているというのが、発表の内容。

つまり、ニュートリノは光速より60ナノ秒±10ナノ秒速く飛んでいるので、小さく見積もっても光速以上ということになります。

問題があるとすればこの精度。不定性はいろいろなところでついてまわります。ニュートリノがいつ生成されるのか、ニュートリノが検出器の中でいつ反応するのか、時計は正確か、装置の初期化はきちんとできているか、分析は正しいかなど、いろいろなところでミスがおこりえます。

まずこれだけ正確なタイミングを実現しているのがGPS

発表された資料によると、実験に使われているGPSはコモン・ビュー という方法を使った特殊なもので、正しく運用すると異なる場所での時間を10ナノ秒よりもよい精度であわせることが可能となるものです。

普通の GPS では、複数の衛星からのデータをもとに、GPS 装置内で最も確からしい時間を計算します。これは、衛星それぞれには個性があり、また、位置も違うためです。実際、違う衛星のセットを使うと若干違う時間が出てしまいます。これが、一般的なGPS の時間精度が100~200ナノ秒となる理由です。

これに対し、コモン・ビューという方式は、各々の衛星からの情報を使って時間を求めておきます。この機材は、標準機関にも設置されていて、「標準時」と個別のGPS衛星時間の差がわかるようになっているので、複数拠点間の時計のズレを精度よく決めることができるのです。

このコモン・ビュー装置、T2K実験でも情報通信機構が開発したものを採用しているとのこと。

しかし難しいのは装置からの信号をどう解釈するか。とても複雑な実験だけに、見落としそうな箇所もまだあるわけです。グランサッソー側の検出器で、何らかの理由で検出器からの信号の遅延を見積もり間違えたり、逆に、セルン側で遅延を大きく見積もりすぎたりすると、こういうことはおきてしまいます。

追試が必須

今回の結果を見て不思議に思うのは超新星爆発の観測結果。1987年に17万光年かなたで起こった超新星爆発によって出てきたニュートリノが、世界の3つの検出器で観測されました。

730キロメートル飛んで光より60ナノ秒も早く到達するとなると30万キロメートルで2万5千ナノ秒早く到達することになります。30万キロメートルは光の 速さで1秒間に進むことのできる距離。では光の速さで一年間に進むことのできる一光年先では、780秒早く到達します。17万光年先では4.2年早くなり ます。(計算チェックしてみてください)

ということは、ニュートリノは光が達する4.2年前、1982年から83年ごろに地球に届いていたはず。ところが、実際は3時間前でした。(なぜ光よりニュートリノ が先に届くかといいますと、爆発を起こしたときに、光は周りの物質にあたってなかなか宇宙空間に出られないのですが、ニュートリノはなんでもすり抜けてしまうので、先に飛び出すわけです。3時間はその差です。)

このニュートリノ、日本のカミオカンデでも検出され、小柴昌俊氏が2002年にノーベル物理学賞を受賞されたのもこの功績によります。つまり、もし本当にニュートリノのスピードが光速を超えていたとすれば、この成果すら危ういものになってしまうわけです。

このような、今までの実験結果と相容れないことがたくさんあり、今回の結果をにわかに信じることはできません。

OPERAメンバーは6ヶ月にわたり分析に分析を重ねたようですが、実験過程の何かがおかしかったとしか考えようのない結果なのです。

そこで追試が必要になります。

長距離ニュートリノ実験で現在、実行されているのは、OPERA実験のほかに日本のT2K実験、そしてアメリカのMINOS実験です。

T2K実験は295キロメートル。距離が短い分、時間差も小さくなってしまいます。これに対し、MINOS実験のニュートリノの飛行距離はやはり700キロメートル以上あり、同じようなGPS機材を利用すれば、原理的に可能なはずです。

ニュートリノは今後が楽しみですね。

 

参考

CERNのプレスリリース(英語):「OPERA実験、CERN・グランサッソー間のニュートリノ飛行時間に異常を報告」

WIRED誌の記事(英語):「ニュートリノは光速を超える?」

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この記事への8件のフィードバック

詳細な解説、とても参考になりました。またまた物理の世界が面白くなってきましたね。LHCといいCERNはとても興味深い話題を提供してくれます、今後の研究が楽しみです。

林田様、

KEKでお見かけしなくなったと思っていたら、ご活躍のようですね。

大変わかりやすく、良く書けていて、しかも、きれいなイラストつきで。感心しました。

細かいことですが、Near側のタイミングはプロトンターゲットに衝突した時間ではなく、ビームライン中のモニターをプロトンが通ったタイミングを測っています。

相対論を多少勉強した立場からすると、この実験結果だけでは、「ニュートリノは光速を超える」ことを結論とするには不十分だと思います。林田様が指摘しているように測定にはさまざまな誤差がつきものですが、それを検証することをしていません。例えば、同じ実験方法で距離が異なる2点間で測定をするのです。例えば、半分の距離で測定したときに、ニュートリノが光速よりも30ナノ秒早く到達したのならば、この違いは距離の違いによると考えるのが普通です。もし、このときもニュートリノが光速よりも60ナノ秒早く到達したと観測されるのならば、先の実験結果は装置固有の誤差(遅延時間)によると考えざるをえません。発表では他の機関の検証を期待しているようですが、その前に自分たちの実験方法を異なる条件に適用してつじつまが合うかを確かめるのが先だと考えます。

地中深く、つまり地表より重力の小さい空間を通過しているので、時間の進み方は地表より早く、地表の時計で補正なしで測ってしまうと地中を進むニュートリノが(地中の)光速以下で進んでも、(地表の)光速を超えて見えると思います。

ですから当然この補正が正確になされるべきですが、これには730kmの地中の経路での重力を積算していく必要があり、経路近傍の地殻密度、重力異常の正確なデータが必要であり、物理学者だけではなく地質学?の関係者にも協力を仰ぐべきかと思うのですが、どう思われますか?

小平さま

とても鋭くていらっしゃいます。

確かに時間の進み方は、重力の強さによって影響があります。が、それはあくまでニュートリノにとっての時間です。測定しているのは地球にとっての時間なので、「速度」を出すためには、「地球上での距離」を「地球上の時間差」で割ります。

そもそも、地中を通るものを地上から見れば光速を超えて見える、という現象は起こらないのですね。

しかし、この重力がくせものです。セルンとグラン・サッソーの二地点で時間を測定しているのですが、この二地点で、時間の進み方が違うのだそうです。重力が違うからです。これが測定に影響を与えている可能性もあるとか。

地質学などの理解も大切だと思います。とくにグランサッソーは2009年に地震にあっていて、そのときに7センチほど地面が動きました。距離の測定のために、こういったところも正確に把握している必要があります。ちなみにこちらはGPSでモニターしているとか。

これからの展開が楽しみですね。

林田

松本さま

コメントありがとうございます。

発表では、検証がまだ不十分である可能性があり、検証を続けていく必要がある、とのみありまして、他機関での検証については言及していないと思います。本記事が誤解を招いたようで申し訳ありません。

その検証のうえで、まだ光速を超えている可能性が強くなった場合、おそらく違う距離のところに新たにニュートリノ検出器を作ることもありえることかと思います。
(が、それならば既存の長基ニュートリノ実験を用いるのが適当かもしれません。)

同じ検出器が作れた場合、確かに、システマチックなエラーがよくわかるかもしれません。

林田

林田様

回答ありがとうございます。

気になって計算してみたらニュートリノの方は光速より10の-5乗オーダーで早く、GPSの時計など重力の影響は10の-10乗オーダーなんですね。こんなに違うとは思いませんでした。

ところで、セルンとグラン・サッソーの二地点の距離って厳密にはどういう定義なんでしょうか?

地球だと重力が微小すぎてあまり考えないかもしれませんが、質量がある以上厳密には直径方向と円周方向の長さが変わってきますよね?

二地点を結ぶ直線というのが定義なら、やはり地中の重力の状態が距離に影響するのでは?と思った次第です。

>> そもそも、地中を通るものを地上から見れば光速を超えて見える、という現象は起こらないのですね。

短い距離を短い時間で通過するのだから地上から見て光速は光速のままですが、地表時計で測ると早く到達したようにみえるかな?と思っていました。

(遅くなる方はマイクロブラックホールでもあればジグザグ経路にできて光もニュートリノも、いくらでも遅く到達させらる?)

でも最初に書いたように5桁も違うと、林田様のおっしゃるように、二地点の時計のズレか、それとももっとロマンのある方を想像した方が良いのかななどと思います。

あくまで感なんですが・・・

ニュートリノを発射した基点の定義が違うと感じます

地球を飛行機、未定義空間を東京と仮定します

飛行機の前部席=東京でニュートリノを発射します

飛行機が千葉に着きます

飛行機の後部席=千葉でニュートリノを観測します

飛行機に乗っている人は東京から千葉まで移動したことには

気が付いていません。

普通は前部席から後部席まででかまわないのですが

ニュートリノと光は発生基点および到着点が飛行機でなく

東京→千葉になってしまうとします

そうなると 超新星爆発で光とニュートリノを観測したのは

光基準でみた距離で観測してるのでほぼ同時間到着に

なるのじゃないでしょうか?

そうなるとオペラ実験の逆位置で測定したら逆にニュートリノが同じぐらい遅く観測されるはず。(未定義空間を地球が

地球が?宇宙が?現在も等速で移動していると仮定した

場合)

次の観測をわくわくしてまってます

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