赤ちゃんが心配──出生前診断、受けますか?

受ける、受けません、受けた、受ける、受けない...。目の前に山積みされた、全部で800枚をこえる紙片を機械的に左右に分け続けます。しかし、なかなかスムーズには進みません。どうしても紙片にこめられた思いに心を動かされ、読みいってしまいます。

未来館では、2月1日から4月8日まで、来館者の方々にこんな質問をしてきました。

質問

「30代後半になって妊娠したA子さん。胎児に特定の異常があるか調べる検査法があることを知りました。妊娠の早い時期に、妊婦の血液にわずかに含まれる胎児のDNAを調べ、染色体の数に異常があるかを高い精度で調べる方法です。もしあなた/あなたの奥さんがA子さんだったら、検査(出生前診断)を受けますか?」

皆さんだったら、出生前診断を受けますか?

未来館で集まったご意見は約7割が「受ける」。どんな考えを経て、この判断に至ったのでしょう?

展示場ではこの質問の他に、考える手がかりになるように、こんな情報も補足として加えました。

補足資料

① どうして出生前診断が必要になってきたの?

出生前診断では、特定の染色体に異常があるかどうかを調べます。ここで重要なのは、染色体異常がおきる確率と年齢との関係。下のグラフを見てみましょう。

(通常は1種類につき2本となるはずの染色体が1本や3本などになる頻度の推定値。
データ:Hook EB. Obstet Gynecol. 1981 Sep;58(3):282-5)

ポイントは、

●母親の年齢が何才であっても、ある確率で染色体異常はおこる。

●母親の年齢が高いほど、その確率は高い。

近年は、30代後半ではじめて子どもを産む女性が増えており、そのため、胎児の染色体異常を心配する方も増えていることが、出生前診断が注目される背景にあります。

② 出生前診断って何をするの?

以前から出生前診断は行われてきました。多くの妊婦さんが受ける超音波診断もそのひとつ。他にも「羊水検査」や「母体血清マーカー検査」「絨毛検査」などがあり、それぞれ、検査できる項目、時期、身体への負担、精度などの面で特徴が異なります。おおざっぱに表したものが以下の図です。

国立成育医療研究センターなどの特定の施設が「MaterniT21 plus」という新型出生前診断の導入を今年(2013年)4月1日に始めました。検査対象と実施機関を限定して実施されています。

③ 異常がある可能性が高いと診断されたとき、どうするの?

海外で、羊水検査により胎児が染色体異常の一種(ダウン症)であると診断された女性がどんな行動をとるかを調べたところ、92%の女性が人工妊娠中絶を選んでいました。日本でも出生前診断によって、もしかしたら中絶が増えるかもしれません。新しく導入された「MaterniT21 plus」は、染色体異常について確率で結果が知らされます。たとえ99%確実としても、残り1%の正常な赤ちゃんまで中絶されてしまう可能性をはらんでいます。

染色体異常をもつ子どもを産んだ時に、どのような生活が待ち受けているのか──その情報を私たちの多くは十分にはもちあわせていません。悲観的に考えがちですが、アメリカの聞き取り調査では、「ダウン症の有無やその程度と、本人や家族の幸・不幸は本質的には関連がない」という結果が出ています。

こういった情報を一緒にお見せした上で、来場者の方々に出生前診断を受けるか、受けないかをたずねました。その結果、800通ほどのコメントを頂きました。

【結果】 受ける:439、受けない:193(残りはその他)

出生前診断の選択をせまられた時、どのような視点で考えたらよいのでしょう?皆さんの回答を眺めているうちに、以下のような点がうかびあがってきました。論点別に整理をしてみました。

【論点:科学的に追求できること】(MaterniT21 plusについての情報を付記します)

●すべてのリスクがわかるのか

検出できるのは、限られた染色体異常のみ(13番、18番、21番染色体について2本か3本かを調べる。ダウン症は21番染色体が3本あることで起きる)。

●確実にリスクがわかるのか

感度と特異性ともに高いが、100%ではない。100%安全な出産などない。

●治療ができるのか

染色体異常を根本から直す治療法はない。

●母体・胎児への悪影響があるのか

母親の血液を20 mlとるのみ。羊水検査や絨毛検査に比べ、母体への肉体的な負担はずっと小さく、胎児に影響はない。

●今後、妊娠の機会があるのか

妊娠・出産に適した時期は、個人差はあるが30代後半まで。それ以降は母親の年齢が上昇するとともに、妊娠・出産しづらくなる。

●コストは高いのか

およそ20万円。ちなみに羊水検査はおよそ10万円、母体血清マーカー検査はおよそ2万円。

【論点:個人の価値観が問われること】

●知ったほうが安心か、知らないほうが安心か

心構えとして知っておきたい ― (知らずに)ポジティブな気持ちで過ごしたい

●どこまでが医療か

命の操作であって医療ではない

●子どもに何をもとめるか

残せるなら優秀な遺伝子を - 健康で五体満足 - あるがままを受け入れる

●染色体異常の可能性が高いと判定されたらどうするか

産む・情報を収集する - 中絶する - 受けてから考える

●染色体異常をもつ子どもとの暮らしはどのくらい大変か

生活への影響はきわめて大きかった - 障害者=不幸と決めつけすぎ

●命の選択権は誰にあるか

生む生まないは親が決めること - 「命」の重さを親が決めるべきではない

【提案・うったえ】

回答の中には、出生前診断をとりまく現在の社会への提案やうったえもありました。

●出生前診断のおこなわれ方に配慮を。

「出生前診断は、産まれてきても死亡率の高い遺伝病のみに限り、治療行為として客観的に基準をつくるべき」(23・女)

「出生前診断を受けて、育てるか殺してしまうか判断してしまうことが問題」(20・女)

●障害児の生活を支援するシステムを。

「障害児を育てていく制度や施設など、日本はまだまだ遅いと思います」(不明)

「みんなで助け合うという土台があれば、障害があっても生活しやすいということがあると思いますが、日本はどうでしょうか。その問題に直接関わらない人たちが、どれだけ助けようとしてくれるかだと思います」(40代・女)

●情報を共有する・考える機会を。

「子どもたちに早くいろいろなことを教えて、自分の考えをちゃんと持てるように考える機会を与えるべき。答えを教える必要はない」(46・女)

「養子縁組をくむのも大変な実情をみなさんに知ってもらいたいし、ダウン症の正しい知識もみんなが知って欲しい」(不明)

●染色体異常のリスクを減らす努力を。

「レントゲン技師や麻酔科医では出生前診断を受けるのが常識である。それはそのリスクの大きさが彼女らにとってヒドイ現実があるから」(不明)

最後のうったえに近いのですが、私もそもそもリスクを減らすことができないかと考えています。年齢と染色体異常のリスクが相関している以上、女性が若いうちに納得して安心して子どもを産める環境をつくることが大切かもしれません。私自身も子どもをもつかどうか考え始めたのは30代に入ってから。出産したのは30代半ば。意識する時期が遅かったと感じています。早めに意識し行動していれば出生前診断を受けずにすむ人が増えるかもしれません。

多くのご意見の中で、特に当事者からのコメントには具体性と現実味がありました。自分が実際にその場に立ってみないと、どう感じ、判断するのか、想像することはむずかしい。でも、結果が出た時どうするかをあらかじめしっかり考えたうえで出生前診断を受けるべきという意見、さらには妊娠自体にもそうした心がまえを求める意見が複数見られました。状況を想像するには、経験者が感じたことを知ることが、何にもまして助けになることを強く感じます。これからも展示やトークイベントなどを企画し続け、問いかけを通して当事者の声を集めて伝えていきたいと思います。

【その他のコメント】

皆さんからの回答をずっと読み続けた結果、意見は多様なのですが、共通点が見えました。「子どもに幸せに育ってほしい」という願いです。何が子どもにとって幸せなのか、思い描く像の違いが、意見の違いにあらわれたように思います。最後に、私がしばらく目をはなすことのできなかったコメントを4つ、ご紹介します。

「めいが染色体異常で産まれ、数ヶ月でなくなりました。何のために産まれてきたのか、何十年たっても答えは出ない」(不明)

「おなかの中にいるよりうまれてきたほうがたのしいからです」(7・女)

「死ぬうんめいなら生まれたくない」(14・男)

「大切な人が事故にあったら、どんな姿でも生きていて欲しいと思う。なぜ、お腹の中の赤ちゃんにそう思えないか、考えてしまう」(35・女)

2012年12月~2013年1月の問いかけに対する集計結果はこちら。

『もしあなたがA子だったら、「卵子提供」を受けますか?』

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