2013年ノーベル賞を予想する!~生理学・医学賞その2~

科学コミュニケーターの西原です、ご無沙汰しております。今年はノーベル賞関連企画の取りまとめというポジションを預かっておりますが、それでも予想には参加させていただきます。

西原の予想する生理学・医学賞

受賞者: Howard Cedar(イスラエル)

受賞テーマ:DNAメチル化と遺伝子発現の調節

この研究のここがスゴイ!

身体中のどの細胞も遺伝子セットは同じ。でも、どの遺伝子がいつ働くかは、細胞ごとに違います。その調節をする仕組みの1つが、Cedar博士の解明した「DNAのメチル化」。がんの解明などにもつながる研究です。

DNAという百科事典の糊付け

鈴木啓子のヒトゲノムの解説 (リンクは削除されました)にもあるように、私たちは生命の設計図ともいうべきDNAを持っています。しかも、そのDNAは身体中どこを取っても文字の情報は同じ。例えば、脳の細胞から取っても、足の細胞から取っても。ですから、例えばDNA鑑定は、血液一滴からでも、髪の毛一本からでも、できてしまうのですね。

さて、ここで一つの疑問。身体中のDNA、どこを取っても同じなら、なぜ脳ができたり足ができたりするのでしょうか。設計図ともいうべきDNAが一緒ならば、できあがるものも一緒で良いはずですが......。

それは、身体の場所や時期によって、DNAの中で読み取る場所を変えているからです。例えば、脳の細胞なら、脳をつくる神経の情報は読み取るけれど、足で使うような筋肉の情報は読み取らないとか。

鈴木に倣って、本でたとえてみましょう。ヒトの持つDNAは、脳から足から身体をつくるすべての情報が載っている、分厚い百科事典のようなものなのです。で、読み取るべき場所はすぐ開けるようにしてあって、読まない場所は間違えて開かないように糊付けされているのです。

でも、DNAで糊付けって、と思うかもしれません。そこが今回のミソなのです。DNAそのものは糊付けできませんが、小さな目印は付けることができます。その目印こそが「メチル基(-CH3)」、それをDNAにつけるのが、今回ご紹介する「DNAのメチル化」となるわけです。

DNAメチル化と疾病との関連

もう少し具体的に見ていきましょう。DNAにはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の塩基(文字)が含まれますが、ヒトのDNAでメチル化されるのは「CG」と並ぶ場所の「C」です。メチル化されたCには、メチル基やそれに結合するタンパク質が邪魔となって、情報を読み取るRNAポリメラーゼやその働きを促す転写因子が結合できなくなります。こうして、DNAはメチル化されることで、情報の読み取り、固く言えば遺伝子の発現が抑えられることになります。

しかも、そのメチル化は、細胞が増えていく際にコピーされたDNAにも引き継がれていきます。たとえば一度脳の細胞になった細胞から分裂してくる細胞の中では、足の筋肉のような使わない遺伝子は、もとの細胞と同様にメチル化されています。実際、ヒトのDNAのCG配列の約70%がメチル化されているとの報告があります。まさに、DNAメチル化があるからこそ、私たちの身体が器官ごとにきちんと出来上がるのだと言えるのです。

では、このメチル化に異常が起こったらどうなるでしょうか。たとえば、読み取りたくない遺伝子のメチル化が外れてしまったり、また読み取りたい遺伝子が勝手にメチル化されてしまったり。そう、おかしな読み取り方になってしまい、細胞の様子がおかしくなってしまうのは、想像に難くありません。実際に、DNAのメチル化がおかしくなることで、様々な疾病が引き起こされることが分かっています。

たとえば「がん」。いまや日本人の死因で1位にもなっている病気ですが、がん細胞のDNAは全体的にメチル化があまり起きていないということが、20年前から報告されていました。その中には細胞の増殖を促進する遺伝子もあり、がん細胞の異常な増殖の原因になっていると考えられています。また逆に、細胞どうしを接着させる「カドヘリン」という遺伝子は、がんを抑える遺伝子として知られていますが、がん細胞では高度にメチル化されているという報告もあります。そのため、細胞をつなぎ止めることができなくなり、がんの転移にもつながっているのです。

シトシンがメチル化されたDNA (Illustration by Christoph Bock)

Cedar博士の拓いた研究の未来

DNAがメチル化されていることは1940年代から報告がありましたが、遺伝子の読み取り(発現)との関連は仮説レベルでしか分かっていませんでした。Cedar博士は、1980年代初頭から、読み取りが活発な遺伝子の領域ではメチル化の程度が低いことなど、DNAメチル化と遺伝子の発現調節を結びつける研究成果を出してきました。また、近年ではDNAメチル化とさまざまな疾病との関連を、精力的に研究し続けています。

また、このDNAメチル化のように、DNAの配列そのものではなく、DNAをどう読み取るか、その調節を焦点にした研究を「エピジェネティクス(Epigenetics)」といいます。DNAメチル化はその走りであり、一番研究が進んでいる分野でもあります。新たな学問分野の開拓者としても、Cedar博士の功績は大きかったと言えるでしょう。

さらには、今年は鈴木も紹介しているように、DNAの構造が分かって60年、またヒトゲノムが解読されてちょうど10年という節目の年です。これまでの「ゲノムを読む」という時代の先にある、「DNAをどう読み取り使っていくか」という新しいパラダイム。これからの研究の方向性をつくりあげたCedar博士こそ、今年のノーベル賞にふさわしいと思い、紹介させていただきました。

今年のノーベル生理学・医学賞の発表は、10月7日(月)日本時間の18時30分から。

お楽しみに!

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