光の色鉛筆を操る男

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こんにちは。志水です。

去る4月15日のこと。

東京・霞が関にある文部科学省で「文部科学大臣表彰若手科学者賞」の授賞式が行われました。この賞は、優れた研究・開発をした40歳以下の研究者に送られる賞です。

実は、未来館にゆかりがある方も今年受賞されました。 展示フロアの裏側にある研究棟に研究室をもつ坊農真弓先生です!(拍手!) 坊農先生の研究室では、コミュニケーションの研究をしています。 詳しく知りたい方は、以前落合がご紹介したこちらの記事をどうぞ。


 

さて、今日のお話では、若手科学者賞の受賞者のおひとり、東京大学大学院理学系研究科の井手口拓郎(いでぐち・たくろう)先生をご紹介しましょう。

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井手口拓郎先生(左端)と、お気に入りの部品を持つ研究室のみなさん


 

タイトルにある「光の色鉛筆を操る男」とは井手口先生のこと。 といっても、井手口先生の手にあるのは、色鉛筆でもスケッチブックでもありません。

これ、超高精度のなんです!

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真ん中の丸い部分が銀でできた鏡です。


 

井手口先生は鏡などの光学機器を用いて、光を自在に操る研究者。

「光周波数コムによる超高速分子分光の研究」で今年の若手科学者賞を受賞されました。


 

「ひかりしゅうはすうこむ?」


 

そう、その「光周波数コム」こそが、光の色鉛筆の正体です。

これを使えば、例えば細胞の中にどんな分子があって、それがどのように変化するのかも、目で見たかのように描けるのかもしれないのだとか。

いったいどんなものなのか、井手口先生に伺ってきました!


 

私たちが目にする多くの光は、さまざまな色の光が混ざってできています。 例えば、太陽からの光には、青や赤など光に加え、紫外線や赤外線など人間の目に見えない光も混ざっています。

どんな光が混ざっているか簡単に分かる方法は、プリズムを使って光を分けること。プリズムがなくても、ガラスの多面体を通せば、こんな風に光が分かれます。

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(提供:科学コミュニケーター福田。パリのルーブル美術館にて。行ってみたい!)


 

ときれいですね。

太陽の光が周波数ごとに分かれています。

周波数とは、光が1秒間に波を打つ回数のこと。 単位はHz(ヘルツ)を用います(ラジオの選局時に見ますよね)。

周波数はそれぞれの光で異なり、人間の目に見える光の場合、の順に大きくなります。

(光の「波長」の方が聞き慣れている方も多いかと思います。 波長は、1つの波の長さを表していて、周波数と反比例する関係にあります。)


 

ある特定の周波数の光を人工的につくることもできます。 例えば、レーザーポインターの光。たった1つの色をもつレーザーは、1つの周波数の光が連続的に出ているとみなすことができます。

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一方、井手口先生が扱う「光周波数コム」は、それぞれの周波数をもつ光が10万本重なったような光です。重なったとはいえ、見た目は、ひと筋の光です。イメージとしては、声が高い人・低い人10万人が合唱をして一つの曲を奏でるようなものでしょうか。

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(光の間隔はもっと細かいのですが、
10万本を書く気力はないので、簡単にしています。)

「光周波数コム」の「コム」は、髪をとかす「くし(comb)」のこと。絵を見ると、くしの歯のようにたくさんの光の線が並んでいます。 しかも、それぞれの光の周波数の間隔が、ぴったりそろっているのが特徴。 色鉛筆が箱にきちんと整理されているところに似ていますね。

でも、この「光の色鉛筆」を使って、どのように分子の世界を描くのでしょうか?


 

本物の色鉛筆は紙にこすりつけて色をつけますが、光周波数コムでは、分子にさまざまな周波数の光を当てたときに、どのように光の周波数が変化するかで分子のありかを描き出します。

分子に光を当てると、ある周波数の光の一部が別の周波数の光になって出てきます。これを「ラマン散乱」といいます。ラマン散乱でどのように光が変化するかは、物質の種類により異なります。つまり、ラマン散乱を観察すれば、光を当てたところにどんな分子が存在するのか明らかにできるわけです。

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問・題・は!


 

ラマン散乱を使う方法は、観測に時間がかかること。

井手口先生いわく、「従来の方法では1回の検出に1000分の1秒から1秒程度かかっていました」とのこと。私たちからしたら短い時間ですが、分子の変化を見たい井手口先生にとっては、ものすごく長い時間なのだそう。

なぜ時間がかかるかというと、まず、ラマン散乱は、とーーーっても弱い。 光が弱いということは、観測するにも長い時間をかけなければいけません(カメラで夜の風景を撮影するときには、シャッタースピードをゆっくりにするのと同じです)。

また、どんな分子が存在するのか明らかにするためには、ラマン散乱によって出てくるさまざまな周波数の光が必要です。そこで、ラマン散乱した光の「干渉」という現象を利用します。干渉とは、さまざまな周波数の光が重なり合って強め合ったり、弱めあったりする現象のこと。この干渉を使った従来の方法では、装置の中で鏡を機械的に動かさなければならず、これにも当然、時間がかかっていたのです。


 

そ・こ・で!


 

「光が強くて、さまざまなラマン散乱を一度に観測できる」方法を井手口先生は開発したのです!(再び拍手!)

この方法を使えば、たった10万分の1秒でどんな分子が存在するか分かってしまいます(1000倍以上速くなったわけです)。

井手口先生が実験で使用したのは、2つの光周波数コム。2つの光はどちらも赤に近い光(近赤外光)ですが、わずかに異なります。1つは、周波数が約1億Hzずつ異なる(つまり、色鉛筆と色鉛筆の間が約1億Hzの)光周波数コムで、もう1つは、1つ目の光周波数コムの間隔に比べわずか100Hzだけ小さい間隔を持つ光周波数コムです。

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2つの光周波数コムをたばねて見たい試料に当てると、ラマン散乱の光が干渉を起こします。この干渉を観察すれば、さまざまなラマン散乱をいっぺんに観測できるわけです。

20150528_shimizu_08.jpg (一つの点で10万分の1秒間観察し、隣の点に移動してまた観察し、...というのを繰り返して得られた画像です。真ん中のグラフは、ラマン散乱の光を周波数ごとに分析したもの。それぞれの光に対応する化学物質がどのくらい存在するかが、ラマン散乱の強さから分かります。)


 

こんなことを可能にしたのは、井手口さんがもつ光を操る技術。「光の色鉛筆」を巧みに操るためには、鏡やプリズムなどの光学機器を組み合わせます。実験装置を見てみましょう。

20150528_shimizu_09.jpg 写真にあるそれぞれの光学部品はだいたい10cmくらいの大きさ。 光周波数コムの実験とは別の実験ですが、研究室にはこのように部品を並べた装置がずらっと並んでいます。例えば鏡②は、ある周波数の光は通り抜けて、別の周波数の光は反射する不思議な鏡です。

金属でできた3m四方ほどの実験台には、穴が格子状に空いていて、そこに数十個の光学部品を精確に配置して、装置をつくります。例えば、鏡の角度は0.01度単位で調整しています。また、地面の揺れが伝わらないように、実験台は空気の力でほんの少しだけ浮き上がっています。それだけ精密な技術が要求されるというわけですね。


 

今後研究を進めていけば、例えば、細胞の中での分子の移動が見えるかもしれませんし、あるいは薬品の入った容器のなかで化学反応が起こる短時間の様子を観察できるようになるかもしれません。

井手口先生が「光の色鉛筆」でこれからどんな小さな世界を描いていくのか、楽しみにしています!

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