北風が蔓延していませんか?~象牙を巡る取組から考えたこと

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冬が近づいています。東京でもコートが手放せなくなってきました。

私には時々思い出すおとぎ話があります。

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「北風と太陽」です。

内容を簡単におさらいすると、北風と太陽が強さ比べをしています。そこで、旅人が着ているコートを脱がせた方が勝ちという勝負をします。北風はビュービューと強い風を吹き付けて、コートを吹き飛ばそうとしますが、旅人は寒さでぎゅっとコートを握りしめます。一方、太陽は暖かな日光をさんさんと注ぎ、暑くなった旅人は自らコートを脱いで、太陽の勝利!というお話です。

この話を思い出したのは、野生生物の保全活動をしている国際NGO 、Wildlife Conservation Societyに所属する西原智昭氏にお話を伺ったときのこと。

西原氏は、アフリカ中央部コンゴ共和国で野生生物、特にゾウの保全活動をされています。

では、ここからは、北風と太陽の話はいったん脇に置いておき、西原氏の活動を紹介させてください。

 

マルミミゾウ絶滅の危機

西原氏が活動するヌアバレ・ンドキ国立公園とその周辺部一帯は、北海道ほどの広さがあります。そこには熱帯林に生息するゾウ、マルミミゾウがいます。実は、ゾウは世界に数種類しかいません。大きくはアフリカのアフリカゾウと東南アジアのアジアゾウの2タイプに分けられ、いずれもIUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで絶滅危惧種に指定されています。

マルミミゾウはアフリカゾウの亜種(別の種とまでは言えないがちょっと違うタイプ)、またはDNAの分析からは別の種でもいいんじゃないかと言われている種類です。特徴は、熱帯林で動きやすい小さめの体と、丸っぽい耳の形、そして象牙が他のゾウより硬いこと。この「硬い象牙」が今回のキーワードです。

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マルミミゾウは熱帯林に育つたくさんの果実を食べてたくさんのふんをします。ふんの中の種から植物の芽が育つので、マルミミゾウは次の世代の熱帯の森林を作り維持していくうえでとても重要な存在です。

マルミミゾウは、コンゴ共和国やガボン、カメルーンなどの限られた地域でしかみられません。絶滅の危機に瀕するマルミミゾウですが、ヌアバレ・ンドキ国立公園では2006年から2011年までの5年間で1万頭から5000頭にまで減ったといいます。ゾウに流行病が起きた形跡はないため、密猟による減少と見られています。

密猟の目的は、象牙です。象牙は歯が変化してできたもの。親知らずを抜いたことのある方なら想像できるでしょう。人間だって歯を抜くのは一苦労。相手がゾウで、しかも相手の承諾なしで抜くとなったら......生きたゾウ相手に、到底できることではありません。そのため、密猟集団はゾウを自動小銃で撃ち殺して首を落とし、頭部を切開したのち象牙を持ち去ります。

象牙の国際取引がワシントン条約で規制されたのは1989年。しかし密猟は今も続いています。それは密輸によって象牙が高値で取引され、買う人がいるからです。

ゾウの保全活動はこれまでもずっとありました。しかし現地はなにも変わっていない、むしろ携帯電話や幹線道路の発達でより酷い状況になっているといいます。

その現状を目の当たりにしてきた西原氏は、「これまでのやり方には、対話がなかった」と過去を振り返ります。

これまで、ゾウのことを考える人はゾウを守れ!象牙を使うな!と言うだけだった。象牙は、各国で古くから様々な形で使われており、日本では三味線のバチなど邦楽器の材料にも使われている。象牙を使うな!とは、三味線で演奏をする歌舞伎をやめろ!と同じこと。歌舞伎はユネスコ無形文化遺産にもなっている。それをやめろと言えるのか。――西原氏はそう問いかけます。

 

使う側にも理由がある

ここで、三味線のバチについてご紹介しましょう。

三味線のバチは、お好み焼きのへらに似た形で、先の広がった部分が大きいものでは20cm程になります。現在使われているバチのすべてが象牙製というわけではなく、プラスチック製もあります。しかし、人間国宝級の演奏家にとって、象牙とプラスチックでは音、使用感とも比べ物にならないといいます。中には「他の素材では手が壊れる」と形容する方もいます。最高のパフォーマンスに最高の道具が不可欠であることは、三味線に限った話ではないでしょう。

バチにはかなりの負荷がかかります。そのため、マルミミゾウの硬い象牙(ハード材)が必要です。バチは1本の象牙から継ぎ目なく作ります。継ぐと強度が下がるからです。また、演奏によって欠けた部分を削り直しながら使うため、消耗品にならざるを得ません。


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今のところは、規制前に日本に輸入した在庫でまかなえているようです。しかし、それが尽きてしまったら。そして、マルミミゾウが絶滅してしまったら。いえ、絶滅せずとも、すでに大型のバチが作れる大きな牙を持ったマルミミゾウはほとんど見つからないという話もあります。

 

共倒れを防ぎたい

このままでは共倒れ。そうなる前に、と、西原氏は「対話づくり」に動いています。

保全活動に携わる西原氏と、人間国宝の方を含む邦楽の演奏家や三味線・バチなど邦楽器を扱う楽器商、そして材料工学の専門家を交えて、象牙の特性によく似た新素材の開発に取り組んでいます。

はじめ、邦楽の方々と話す場を作るのは困難だったといいます。

その気持ちはわかります。自分にとって必要不可欠な道具をに対して、使うな!と主張する人達に会って下さいと言われても、その場に行こうなんてなかなか思えないものでしょう。

さて、ここで冒頭の北風と太陽の寓話に戻ります。

私はこのお話を、"自分の考えを相手に伝え、相手の行動を変えたいと思うとき、自分の主張をガンガンぶつけて力ずくで変えてやろうというやり方は、必要以上に相手のガードを硬くしてしまうだけだよ"の例ととらえています。

今回の話はまさにこの通り。ゾウを守れ!と強く主張するだけだったなら、きっと話は進まなかったでしょう。邦楽関係者の方々だってゾウの絶滅を望んでいるわけではありません。ならばお互いできることをしていこう、と対話が生まれ、新素材開発が始まりました。

 

世の中を見渡してみると、なんだか北風が多いような気がします。些細な家族のケンカから、学校や職場の人間関係、さらにもっと大きな話でも......。本当は、ガードを硬くさせたいのではないはずです。でも、北風を吹く方が楽だから、他方では、いつもあいつは北風だから、と対話を諦めてはいないでしょうか。

象牙の密猟は、貧困や政治、歴史なども含んだ単純ではない問題です。解決にはかなりの労力と時間が必要でしょう。それでもいつか安心して象牙のバチが使える世界になることを願いながら、私は、科学技術、そして対話が持つパワーをこれからも信じていきたいと思います。

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この記事への6件のフィードバック

こんばんは!
とてもいいことを思いつきました!
象牙が一大産業なら、象牧場をつくればよいのではないでしょうか!!!!!!
レッドリストならなおさらのこと、象の遺伝子がなくならないように護りつつ、その飼育と研究資金は、象牙の販売によって得ればよいのです。象牙が必需品ならば、いくら高い値をつけてもよいでしょう。文化をまもるために日本政府が税金を使って輸入して安くおろせばよいのです。
いかが?

吉田和人さま

たしかにそうですね、象牙に需要があるのならば、象をたくさん飼育して象牙を得て、飼育により得られた象牙の認証をつけて流通させることにすれば…お金も回り象牙を生産し続けていけるかもしれませんね。
一方で象の住む熱帯林のことを考えると、象のフンは熱帯林の維持に大きく貢献しているとのことでした。なので、象が飼育下だけの存在になってしまうと、熱帯林に大きな影響が出ることになるでしょう。

考えれば考えるだけ、深い沼に潜り込んでいくような気持ちになります。けれど、もしそこに光が差すとすれば、吉田さんが下さったような、別方向からの新しいアイデアなんじゃないか、と感じました。
コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

こんにちは、吉田さん、熊谷さん。

お若い方の夢話にイチャモン付けるのは好きでは無いのだけど、たぶんそれが年寄りの役割だと思うのでね。

 大学院とかを出て会社の研究所とかに配属された若い人が、真っ先に直面する壁が「収益の予測」なんですね。何かとても素晴らしい製品に成りそうなアイデアを思いついて(ちょっとは実験もしているかもしれない)会社に言うと「で、その機能を組み込んだ製品は幾らの価格になり、その機能があるためにどのくらい売れると思うのかね」なんてね。たいていのお若い方が、最初にこれを問い詰められてメゲるのですよ。

 象の牧場なんて夢も、この「収益の予測」の前にとても難しい話になってしまうのですよ。象は育つのにとても時間のかかる動物で20年くらいかかります。まあ、象牙が取れるまでだともう少し短いかも知れませんけど10年より短くはならないはずね。でもって、1回の出産から次の出産まで4~6年くらい間隔があります。そして、成獣だと1日当たり100キロくらいの餌を食べます。こんな条件を元に「象牧場の収益」を予想すると・・・。象牙がとんでもない値段で売れない限り難しいのね。

 そして、社会的もっとまずいのは「養殖象牙」の販売がOKとなると密猟象牙が「これは養殖です」と公然と売られるルートができて、密猟がもっとされるようになりかねないということね。密猟にかかる費用よりも安く養殖できるようにならないと、これは起こってしまう話なのね。

 お若い方のアイデアにケチつけるみたいで申し訳ないけど、それが現実なんですね。

技術開発者さま

イチャモンつけるだなんて、そんなことはありません!
情報提供いただけることはこの上なくありがたいことです。

象の牧場について、吉田さんのコメントから私も想像してみたのです。が、私の持てる知識の中では、見当がつきませんでした。
たとえば、動物園に象はいるけれど、何十頭もいる姿を見たことはない。一方でたくさんの象と出あえる施設はある。そう考えると、可能性はゼロではないんじゃなかろうか?細々と、たとえば楽器用にだけ密猟が入り込みにくいルートで販売できる可能性は?(もちろん簡単ではないですが)…などなど。

そして、技術開発者さんの情報を聞いて、さらに象の個体数に対する危機感を強くしました。出産までの間隔が長いということは、個体数の回復に時間がかかるということですね。

現実、簡単にはいかないから今もなお大きな問題なのだと思います。
いろんな知識、考えを持った人が話を持ち寄ることは、”太陽”になるかどうかはわかりませんが、少なくとも”北風”ではないように私には思えます。なので、コメントをいただけて嬉しいです。ありがとうございます。

こんにちは、熊谷香菜子さん。

>出産までの間隔が長いということは、個体数の回復に時間がかかるということですね。

 そうですね。象などは草食動物であっても生態系の比較的上に位置付けられる動物です。つまり、成獣となったらなかなか肉食動物に捕食されたりして死ぬことが無いのです。そのため、繁殖力は大きくない形で進化しているわけです。もし、象が鼠の様な繁殖力を持っていたらあっという間に餌不足に陥って自滅してしまいそうです。

 ちょっと別な側面から考えて見ると、我々人間の文化と言うのは様々な変遷をたどっている訳です。古代の楽器などが壁画などに描かれているけど、それと同じものを現代に再現して音色を聞くことができるものばかりではありません。むしろある時代に出来た楽器が別な地方に伝わり、その土地で手に入る材料で「似て非な物」と成りながらその土地で別な楽器として成立してきたわけです。音色が変わればそれに合わせて曲もかわったのだろうと思います。三味線の歴史にもこういう流れが色濃くあります。私はこういう「変わっても続いていく文化」みたいなものに、人間の能力のすごさを感じたりする面があります。
 別に「古い楽器はすたれて良い」というつもりはないのだけど、材料が手に入りにくくなり、代替材料ででは音色が違う時に「この音色を守ろう」とするだけが文化を守ることではない気もするのです。代替材料で音色が違うなら、その音色に合った新たな曲がをつくり出すことなども人間の文化ということのような気もする訳です。
 幸いなことに今は音色などを劣化しない方法で保存する技術もありますから、その音色に限りなく近い代替材料ができるまでの間は、「弾く技術」を保存することなどを考えることもありだろうと思うのですよ。

技術開発者さま

コメントをいただき、ありがとうございます。
コメントを拝読して、文化のお話は、そのまま生物にもあてはまるなぁと感じました。「変わっても続いていく文化」、まさに生物が進化しながら命を続けていく姿と同じですね。また、変わり続けるという性質があるものを「守ろう」とする時に、一体どの時代を守るのか、“何を”守るのか、という難しさも。音なのか、技術なのか、それともまるごとなのか。生物も、種なのか、環境もすべてまるごとなのか、それとも遺伝子が残っていればよいと考えるのか…。
そして、「変わるものならば積極的に守る必要はなく、すたれてしまってよい、というものでもない」のも、同じですね。

文化の保存の視点では、象牙を加工する技術も保存が必要になります。三味線のバチを作ったり直したりする際には、演奏家と加工職人とでとても繊細な調整をしているのだそうです。弦楽器を使う方からは、バイオリン類でも象牙を使っているものがあることを教わりました。
人は古くから生物と密接な関係を持って生きてきたことを、改めて感じます。

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