あなたに合う漢方薬を人工知能が予測する未来 ~<後編>自動問診システムが切り開く未来の医療~

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まずは、~<前編>漢方医学で診断と治療ってどうやるの?~の復習から。

  

漢方医学の特徴と、治療効果を分析する上での課題を紹介しました。

  


☆漢方医学では、患者の状態="証"から最適な治療方法が選択されるが、証は漢方医によって変わる場合がある(医師間での証の再現性が得られにくい)。

☆患者の証と治療効果のデータがたくさん集まれば、個人の症状や体質によって最適な治療方法は何かを分析できる。しかし、治療効果は本人の自覚症状(主観)によるため、効果が分析しにくい。


  

これらの壁突破の鍵を握っているのが、"人工知能が患者の証を予測するシステム"です。

  

このシステムは、慶應義塾大学環境情報学部(漢方医学センター兼担)の渡辺賢治先生、医学部の吉野鉄大先生、東京大学医科学研究所の宮野悟先生、井元清哉先生、東京大学大学院工学研究科の美馬秀樹先生らによって、開発されています。

漢方医であり、実際の患者のデータの収集・解析を行っている吉野先生に、人工知能が患者の証を予測するシステムについてお話を伺ってきました。

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●人工知能が患者のデータを収集し、証を予測!

人工知能といっても、人間の姿を思わせるロボットではなく、タブレットに自分の症状を入力していく自動問診システムです。男性は79問、女性は87問の質問に答えていきます。例えば、下のイラストにあるように食事や睡眠など生活習慣に関してや、日頃感じている不調について細かく答えていきます。

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他にどんな質問があるのか見ていきましょう。

 

感情や気分に関するこんな質問も!

  

■気分が憂うつになる

死にたいと思うことがある 死にたくはならないが、何かきっかけがあると いいえ

  

  

■イライラする

常に 些細なことでも 他人のミスなどに対して いいえ

  

  

■疲れやすい

日常生活に支障がある 仕事・家事に支障がある 仕事・家事に支障はない程度だがある いいえ

  

  

  

日頃感じている体の不調に関しての質問も。

■朝、起きにくく調子がでない

毎日 1週間の半分以上 1週間の半分以下 いいえ

   

  

■皮膚がカサカサする

日に何度も保湿剤を付ける 毎日1回保湿剤を付ける たまに保湿剤を付ける つけない

  

  

■ふけがでやすい、髪が抜けやすい

一年中 季節により 気にはならない 全くない

  

  

■目の周りにクマができる

良くなることがない 良くなることもある できることもある できない

  

  

■最もこりを感じるところ

首から肩 背中から腰 感じない

  

  

■腹が張る

一日中 一日の中でそういう時がある たまに いいえ

  

  

女性の場合は、生理、妊娠、出産に関する質問もあります。

■月経痛

毎日鎮痛薬が必要 初日だけ鎮痛薬が必要 飲むことがある 飲まない

  

  

■出血量

夜用を日中も使用するほど多い 少ない日の昼用を夜に使用しても大丈夫なほど少ない いずれでもない

  

  

■分娩、中絶、流産の合計回数は

0回 1回 2回 3回以上

  

  

ここに示したには一例ですが、患者の体と心の状態を細かに入力していきます。

さらに上記の質問に加えて、患者が最も困っている症状(主訴)を選び、"その症状がどのくらい辛いか"を数字で表します。100が最悪な状態で、0が症状のない状態です。これが自覚症状(主観)のものさしになります。あくまでも主観なので、異なる患者同士では数値の比較はできませんが、当人の治療の効果を時間ごとに追うことはできます。

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そして、人工知能がすべての回答を分析し、最終的な証を出します。実際のタブレットの画面には以下のような結果のグラフが表示されます(色つきのバーは私が追加)。

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この方は、"虚証"ということになりますね。

  

  

また、気血水のものさしで測ると、この方は水毒のスコアが高いです(下図)。水毒とは、体の中に余分な水分がたまっている状態、いわゆるむくんでいるという状態を表す証です。

 

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開発中の自動問診システムがやってくれるのはここまでです!

  

患者は、自分の診察の順番が回ってくるまでに待合室で入力することができ、医師は診察前に回答を確認することができます。双方にとって時間を大幅に削減することができ、望診、聞診、切診など他の診察に十分な時間をとることができます。

  

ここから後は、漢方医が実際に患者とコミュニケーションをとりながら、証を決定していきます。

  

例えば、タブレットで「身体の冷えがある」と答えた場合、漢方医は「いつから冷えを感じていますか?」、「どれくらい冷えますか?夜に靴下をはかないと眠れないくらいですか?」とより詳細な状態を伺います。

  

自動問診システムでもできないことはないのですが、1つの質問につき、付随する質問が多すぎると、回答する数が膨大になり、患者が入力するのが大変になってしまいます。

  

そして最終的には、漢方医が証を判断し、治療方法を決めます。現段階では、自動問診システムが証の決定までをサポートするという位置づけですが、「将来的には適切な治療法、適切な漢方薬をも提案できるようなシステムを開発したい」と吉野先生は言います。

   

   

   

●自動問診ステムはこうして作られた!

このシステム開発研究は、2008年より2012年度の厚生労働科学研究に採択され、スタートしました。まずは、漢方医の診断データの収集です。慶應義塾大学だけではなく、富山大学、千葉大学、自治医科大学、東京女子医学大学、亀田メディカルセンター、麻生飯塚病院によって患者2830人分のデータが収集されました。そして、問診の回答と証を結びつけるためのアルゴリズム(数式を作成、プログラム化)をコンピュータに組み込んだそうです。

  

では、漢方医と自動問診システムの証の一致率はどうだったのでしょうか。2011年までに集計したデータの、実証と虚証についての漢方医と自動問診システムの一致率は、虚実が明確な患者の場合は72.4%402例中291例一致)、やや虚実に分類される患者の場合は64.8%(603例中391例一致)にとどまりました。そこで、問診による患者の回答に"ある項目"を加えて予測させた結果、証の一致率がそれぞれ91.7%72例中66例一致)、85.1%67例中57例一致)まで上昇しました。

    

一致率を躍進させた、そのある項目とは体格指数「BMI」(体重(kg)÷身長(m)の二乗)です。

  

お相撲さんは体が大きくて体力があることを考えれば、体の大きさと体力はBMIと関係ありそうです。

  

では、BMIだけで証の見極めはできないのでしょうか?

  

吉野先生は、「BMIが高ければ実証、低ければ虚証という単純な関係にはない」と言います。BMIだけでは証の見極めには不十分で、問診の結果と合わせて判断することで証の一致率が良くなります。

  

  

  

●自動問診システムの現在の性能は?

では、虚証、実証以外の証の判定はどうなのでしょうか?吉野先生によると、寒証、熱証も85%程度の一致率が得られたのですが、気血水の判定は難易度が高く、さらなる性能の向上が必要なのだそうです。本記事では、2011年までの集計結果をご紹介しましたが、その後、慶應義塾大学病院だけでも約2000人分の追加データが集まっており、現在結果を解析中だそうです。どのくらいの一致率なのか楽しみですね!

  

  

  

●自動問診システムの課題とは?

漢方では、漢方医によって診断が変わることが課題になっていると、前のブログで紹介しました。では、自動問診システムを他の病院で使用する上で課題はあるのでしょうか。この自動問診システムを千葉大学など他の病院で使用すると、虚実の証の一致率が91.2%から60%くらいまで下がったと言います。これは、慶應義塾大学と他の病院の漢方医の判断基準にずれがあり、慶應義塾大学にぴったり合わせて開発すると、他では一致率が下がるのというのが理由です。ただし、虚実の証の予測においてBMIが重要であったという事実は、どの施設でも共通していたそうです。

  

漢方医学では医師の判断基準の標準化(統一すること)はされていません。また、個人の回答の組み合わせは多様なので、標準化自体が難しいという課題もあります。また、そもそも標準化する必要もあるのかどうかも十分な議論が必要だと言います。

  

  

  

●自動問診システムがもたらす未来

将来、このようなシステムが他の病院で使えるようになれば、私たちの受ける医療はどのように変わるのでしょうか?吉野先生が3つの可能性を示してくださいました。

  

①統合医療を行う病院が増える

現在、日本では西洋医学をベースにした病院がほとんどですが、自動問診システムを導入すれば、漢方の知識や経験が浅い医師でも、患者の状態に応じて、西洋医学と漢方医学を組み合わせた治療が可能になります。つまり、西洋医学と漢方医学のいいとこどりができるということです。

  

②病気に対してではなく、 病人に対して漢方を処方できる医師が増える

日本の医師は、約31万人(2014年時点)いますが、そのうち日本東洋医学会の漢方医は約2000人程度です。日本生薬製剤協会が2011年に報告した調査レポート によると、漢方薬を処方している医師は全体の約90%(日本の医師627人のうち)にのぼります。そのうち、診断基準は、西洋医学の診断を元にしている割合が51.6%、西洋医学を基本に漢方も考慮している割合は32.1%、漢方と西洋医学を相当に考慮している割合が9.5%でした。つまり、多くの医師は証を見極めて漢方薬を処方するという本来のやり方で漢方薬は処方していないと言えます。例えば、風邪を引くと葛根湯がよく処方されますが、患者の証によっては麻黄湯が適する場合があります。病気に注目する西洋医学のやり方と病人に注目する東洋医学のやり方の違いを思い出してください。自動問診システムが導入されれば、これまで、病名や症状から有効率の高い漢方薬を画一的に処方していた医師でも、患者の状態や体質から最適な漢方薬を処方できるようになります。

  

③証に対して処方された漢方薬に効果があったのか統計解析できる

日本全国や世界中から患者のデータを収集し分析すれば、患者の証と主訴から、どの治療法が効果的であったか分かります。つまり、患者にとって最適な治療法を第一に選択できる確率が上がります。

  

自分の証を知りたい!と思った方、朗報です。

  

開発している自動問診システムは病院用ですが、私たちも利用できる証を予測してくれるアプリ"未病チェックシート "が神奈川県から出ています。このアプリは、渡辺先生らが監修し作られました

   

ぜひ一度、漢方方式で、自分の体質や状態をチェックしてみてはいかがでしょうか。

  

  

今回取材して感じたことは、「人工知能が進めば、将来医師が必要なくなるのではないか?」ということです。自動問診システムの精度が上がれば、最適な治療法をコンピュータが提示してくれるわけですから。

  

この疑問に対する吉野先生が答えてくださいました。

  

「たとえ適切な漢方薬を人工知能が予測してくれる日が来たとしても医者がいらなくなることはないでしょう。コンピュータができるケアには限界がありますし、漢方医学は薬を選んでおしまいではありません。むしろ薬の選択はあくまで始まりの一つでしかないのです。そこから先の医療は、人間と人間の信頼関係の上で成り立っているので、コンピュータが人間の代わりをするのは不可能です。その上で、これからの医師は、知識をただ蓄える、であったり、過去のパターンから薬を選ぶ、という人工知能で代替可能な行為よりも、人と人との関わりの中でいかにして悩める患者さんの役に立てるのかを問い続けていくことが求められていくでしょう」

  

吉野先生の話を聞いて、私は以前にお世話になった医師を思い出しました。その医師は私の生活環境や置かれている状況に耳を傾け、様々なアドバイスをくれたり、自分の些細な訴えを治療に反映してくれました。このような一人一人への細やかな配慮は、知識だけを持ち合わせているコンピュータだけではやはり不可能ではないか思います。しかし、コンピュータが知識の部分で医師をサポートすれば、医師にしか担えない部分がより充実し、より良い医療を受けられるようになるでしょう。医師しか担えない部分とは、吉野先生の言葉の通り、人と人との関わりで生まれる信頼関係だと、改めて認識することができました。

  

みなさんは、東洋医学と西洋医学を組み合わせた統合医療を受けたいと思いますか?

  

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この記事への1件のフィードバック

こんばんは、はじめまして(*^_^*)
自分は人工知能による医療に期待しています。
むしろ東洋医学と西洋医学のデータベースも統合して管理するほうが良いと考えます。
医療は今ある結果から原因を探らなければならない仕事です、
数ある結果と原因のデータベースを使えるのならば使ったほうがいいです。
今目の前にいる患者さんを診ているのはひとりの医師ですが、
この患者さんの症状と同じ、または似ている症状は非常に多くの例があるはずです。
この症状に対する施術、投薬、手術なども数多くあるはずですし、結果や経過も数多くあるはずです。
最終的な望む結果は全快です。
お医者さんの判断はそのお医者さんの経験など知識や推理の中からなされますが、そのお医者さんの知識や推理の外であった場合は過誤の可能性が出てきます。
昨今の人工知能と深層学習の発達には目を瞠るものがあり、特に医療や司法などデータベースが大量にある分野では活躍が期待されています。
医療分野では膨大なカルテや経過観察データなどがあり、例えばそのようなデータを一箇所にまとめて、今いる患者のデータを付き合わさせて様々な病気の可能性とその病名と原因とを統計学的に絞っていき、最終的に最適な治療を施す手助けをするのはこれからの医療の主軸になっていくと思います。
ただし、緊急性の高い事故や怪我の対応はやはり医師がいないとどうしようもないですけど、それすらも考えようによっては緊急性を先延ばしにするような技術が出来てくるかもしれないですね。
例えば救急患者はまず脳などの体組織を保護するために、まずは低体温の状態にするのが最優先で、その後患者の状況を見極めてから治療にはいるとかの時間的な先送りが出来るようにして、現場と患者の負担を減らすとか。
体温やその分布などをサーモグラフィ、少量の血液に依る検査、静脈の状態や問診や症状などの結果から、もしかしたら症状を訴えていない人の病気も見つかるかもしれないですしね。

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