中国初の宇宙飛行士が初来日、トークイベント「二人の宇宙飛行士がみる未来の宙」開催報告

 日本科学未来館は2019年12月14日(土) 、中国初の宇宙飛行士、楊利偉(ヤン・リィウェイ)氏と、館長毛利衛が対談するトークイベント「二人の宇宙飛行士がみる未来の宙(そら)」を開き、約450名が参加しました。
 楊氏は2003年10月に、中国初の有人宇宙船「神舟5号」で宇宙を訪れ、中国では国民的英雄として知られています(対談に先立って常設展5階の「こちら、国際宇宙ステーション」の壁面にもサインをしていただきました)。毛利が宇宙飛行士の国際会議などの場を通じて交流を続けてきた縁で、楊氏の初来日とイベントが実現しました。なお、当日のファシリテーターはNHK国際放送局の道傳愛子氏につとめていただきました。
 それぞれが宇宙飛行士になったきっかけから、今後の宇宙開発における日中協力の可能性まで対談の様子の一部を報告します。

握手を交わす両宇宙飛行士

宇宙飛行士になったきっかけ

毛利「ガガーリンさんやアームストロングさんに興奮」 楊氏「子どものころから飛行機に興味、そして空軍パイロットに」

毛利 私がまだ子どもだったころに、人類で初めて宇宙に飛んだ人がソビエト、いまのロシアのガガーリンという人でした。ガガーリンさんがいった「地球は青かった」という言葉を聞いて、いつか宇宙から地球をみたいと思っていました。大学生のときにアメリカが月に初めて宇宙飛行士を送りました。アームストロングさんです。このときも私は非常に興奮して、世界が変わるということで、科学者になろうと思いました。
 太陽に興味がありましたので、核融合の研究をしていました。そのとき日本で初めての宇宙飛行士が国から募集されて、とにかくうれしくて応募しました。本当にたくさんの人が応募したのですが、1985年に最初の3名に選ばれました。もともと日本が宇宙に人を送るのは、地上では得られない無重力、あるいは真空を使って実験することだったんですね。私が非常にラッキーだったのでは、研究者として宇宙で実験をする宇宙飛行士が募集されたからなんです。

楊氏 どの国の宇宙飛行士であろうと、みんな異なるきっかけがあったと思います。私は生まれたのは空港のすぐ隣だったので、子どものときに飛行機にとっても興味を持ちました。是非ともパイロットになりたいと思い、高校卒業してから中国の空軍で15年間飛びました。空と宇宙はつながっていますので、パイロットの経験からやはり宇宙にあこがれを持っておりました。なので、中国での有人宇宙飛行のプロジェクトの選抜に飛び込みました。98年、幸運にもこのチームに参加することができました。
 おそらく毛利さんも同じ経験をされていると思いますが、宇宙飛行士の選抜というのは非常に厳しい、そして長い期間が必要とされます。私は選ばれるまでにおよそ2年間かかりました。チームの一員になってからも、さらに6年間の訓練がありました。人類の発展は科学技術からいろいろな恩恵を受けていて、宇宙開発の技術がなければ私たちの生活がどうだったのか想像もできません。チームに入ってから、ますます未知への好奇心が高まりました。当時の訓練は非常に大変でしたが、しかし国の代表としてだけでなく、人類の代表として宇宙開発に参加するのは非常に光栄だと思います。

日中の宇宙開発の現状

毛利「日本は宇宙を利用した科学技術研究で大きな貢献」 楊氏「中国の宇宙ステーションを2022年末に完成予定」

毛利 国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」が完成してからちょうど10年。その「きぼう」にいろいろな物資を運ぶ補給機「こうのとり」もちょうど10年です。「きぼう」は国際宇宙ステーションのなかでも、非常に充実したさまざまな実験をしている実験室なんです。日本は科学技術研究で宇宙を利用して、本当にすごく大きな貢献を行っています。それが、いま応用研究に入って、実際の地上の人たちに、世界のみんなの人たちに役に立つ、そういうフェーズに入っています。これから次は、目指すところは月ですね。日本は国際協力で月を目指そうとしています。

楊氏 中国の有人宇宙飛行は92年からこれまで27年の経験があります。初期の段階のころ、国が3ステップの計画を打ち出しました。最初のステップは、宇宙にいって帰還するということ。神舟5号でこれを達成しました。次のステップは宇宙船の外に出るということですね。これも実現しました。そして、3ステップ目が宇宙ステーションの建設です。このプロジェクトは計画にもとづいて推進されており、2022年の年末に中国の宇宙ステーションが建設完了する予定です。
 27年の経験のなかで、世界の多くの国や機関と多くの国際協力を行ってきました。科学実験や宇宙飛行の訓練なども行ってきました。中国と日本の宇宙飛行士も大変多くの交流を行っています。今回初めて日本にやってきましたが、日本の宇宙飛行士も多くの方が中国に行かれたことがあると思います。
 今後、そう遠くない未来に、中国の宇宙ステーションが、宇宙をとぶ様子を目の当たりにすることになるかと思います。この宇宙ステーションの設計のなかで国際協力を行ってきました。例えば国際協力のためのモジュールなども設計する予定です。こうしたリソースを世界に対してシェアさせていただき、すばらしい国際協力ができると信じています。

楊利偉氏

宇宙開発における日中協力の可能性

毛利「両国でこれから何ができるか探るとき」 楊氏「日本を含めた各国との共同ミッションを期待」

毛利 楊さんが言っていたように、日中の協力はずいぶんされているんですね。中国の長征ロケットを使った実験は日本の研究者もやっています。そういう意味で、研究者レベルの交流はずいぶんあるのですが、実際に宇宙飛行士の具体的なミッションを一緒にやろうというのはまだないんですね、いろんな政治的な難しさもあるんですが、これから何ができるかを探るときだと思います。

楊氏 まず毛利さんと一緒にこの席につくというのが、大きな意義があると思います。宇宙開発において、国際協力は非常に重要なやり方だと思います。中国の宇宙ステーションの情報は世界的にオープンにしていますし、日本を含めて世界各国のみなさんと一緒に協力して宇宙飛行士の訓練、さらには共同ミッションと、成果をよりよく広めることができる日が一日も早く訪れることを願っています。

毛利衛

宇宙探査のメリットは? ~会場からの質問

楊氏 科学の発展は私たち人類に大きな変化をもたらしてきました。宇宙開発の技術によって情報交換の距離も縮めることができました。これらの科学技術がなければ、次の発展もみえないかもしれません。これはツィオルコフスキーが言ったと思いますが、地球は人類のゆりかごです。しかし私たちはずっとゆりかごにとどまることはないと思います。科学の発展を通じて、生活空間を無限に拡大するとともに、人類の文明も拡大していくと思います。

毛利 宇宙から地球全体が見えるんですけれど、最初に私が宇宙にいって、つい漏らした言葉が「地球には国境は見えない」でした。いろいろな反響がありましたが、でも当たり前のことなんですよね。国境は人工的に勝手につくったもの。空気も水も、鳥も植物も国境に関係なく行き来します。人間だけが意識するんです。それはいいとして、宇宙飛行士は、宇宙に行くときに、パスポートを持っていかないんです。宇宙条約というのがあって、私たちは、いざというときにどの国に帰還するか分からないので、宇宙に行く前にパスポートを取り上げられるんです。おそらく楊さんも私も、宇宙に出るときには国を代表するのではなく、地球を代表するつもりで行く。宇宙から地球をみる視点が、少しでもその国をこえた将来に役に立ってほしいと思っています。

楊氏 たしかにそうなんです。宇宙飛行は私たちすべて宇宙飛行士に異なる視点から人類をながめるチャンスをもたらしてくれました。私が宇宙にいったときに、窓から広がっている宇宙空間を眺めると、人類が本当にすばらしいものと実感しました。100トンもある、重い宇宙船をこんな遠いところまで届けるとことは本当に素晴らしいです。そして振り返って宇宙から地球をながめていると、私たちのふるさとを守るべきだと思いました。これは自然な思いだと思います。科学技術はいろんな利便性をもたらしているのと同時に、人類の生存にもたくさんの問題をもたらしてきました。資源とか汚染とかたくさんの問題点があります。これからどのように解決するのか、科学技術をよりうまくいかして、人々の生活や生存環境に役立つようにできるのかが私たちが考えることです。

会場の様子

火星有人探査に向けた課題は? ~会場からの質問

毛利 まず、なぜ火星に行くのかという問いに答えたいと思います。私たちはいま地球というかけがえのない場所に住んでいます。もう地球に住めなくなるから、将来移住できるかもしれないと考える人もいます。私はそうではないと思っています。火星は遠く、生命はいません。私たちが安心して地球に住めるのは、人間だけではない、すべての生命がいるからです。そのことを私は宇宙に行って強く感じました。
 二つ理由があると思います。一つは、まだ知らないことを知りたいという人間の好奇心。科学の基本です。もう一つが地球だけ見ていても、地球の将来はみえてこないんですね。人間がすむところは地球しかないということ、大事にしないといけないということが、ほかの惑星と比べてはじめて分かってくる。ひょっとして、あと何万年か後に地球も、生命のいない火星のようになるかもしれないので、それを避けるために火星と比べることが大事だと思っています。

楊氏 人類の発展は未知に対する模索ですね、毛利さんの話に同意します。私たち人類がこの地球、あるいは他の星において、もっとよく生きていくことができるように模索していくことが重要です。そして同時に、人類自らの生存力を高めるというニーズもあると思います。私たちは地球の一員ですが永遠に存在するものではありません。私たちはしっかりと認識して、自分のために素晴らしい環境を生み出していかなければなりません。中国には嫦娥(じょうが、月の女神)の伝説がありますが、人類が宇宙に行くなんて考えもしなかった古代になぜそんな伝説があったかといえば、それが未来に対する希望だったからだと思います。私たちが努力して地球を出ていく一つの理由だと思います。

宇宙開発は日中が協力すべきか? ~会場からの質問

毛利 私は協力と独自開発の両方とも必要じゃないかと思っています。それぞれ文化を持っていますので、非常にユニークな研究、技術というのは、独自にやってはじめて生まれる。競争も大事だと思うんです。同時に、人類がいつまでも地球に持続的に住むことができるような環境を守るという観点から、宇宙開発は最終的には国際協力をする必要があるだろうと思っています。いまはまだ、いろんな意味で難しい状況ですが、今回も楊さんが初めて日本にきて、さまざまなコミュニケーションができましたので、それらを通じて、これからいろんな意味で協力が可能になっていくんだろうなと思っています。

楊氏 国際協力はいまのトレンドだと思います。宇宙ではいかなる国に対してもオープンであることが私たちの政策です。政治の要因もあるかもしれませんが、これは根本的な問題ではないと思います。さまざまな時代において、さまざまな規模で、さまざまな協力は可能だと思います。例えばいまやっている交流ですね、次のステップに向けて、こういった交流を推進していくことは大変すばらしい基礎になっていくと思います。将来、もっと多くの宇宙飛行士の間で、そして科学技術機関の間で、大規模な交流が可能になることを期待しています。

若者たちへのメッセージ

毛利「地球全体を考え、未知や限界へのチャレンジを」 楊氏「科学の力をいかし、人類に幸せをもたらす努力を」

毛利 私が宇宙から地球を最初に見たのが1992年。それから2回目のときは2000年でした。地球の人口は92年のときは55億人でしたが、2000年のときは61億人。そしていま、もう77億人を超えようとしています。急速に人口が増えています。
 ひょっとしたら2050年に100億人くらいにいくことが予想されていますが、それほど簡単ではないんじゃないかという気がします。気候変動や、植物、動物の多様性が変化したりと、いろんな問題を解決しないといけません。科学技術でできるものもありますが、政治やビジネスなどほかの協力もえないといけない部分があるかなと考えています。
 今回、中国から多く参加していただきましたが、これからの中国は、地球にすごく大きな影響力があると思います。特に若い方たちには、是非、地球全体のことを考えていただいて、「挑戦未知、挑戦極限」(未知にチャレンジ、限界にチャレンジ)でお願いしたいと思います。

楊氏 私は毛利館長を宇宙飛行士のパイオニアとして尊敬しているだけではなく、宇宙飛行のあとに科学館で、若い人たちに多くのメッセージを与えて、また科学技術のために尽力されていることを非常に尊敬しています。若いみなさんに対しては、科学に興味をもって、科学の力をいかして、人類に幸せをもたらすように努力していただきたいと思います。

常設展「こちら、国際宇宙ステーション」の壁面にサインする楊氏

注 対談から一部抜粋・要約しています。楊氏のコメントは当日の同時通訳をもとに構成しました。

(おわり)

「宇宙・天体」の記事一覧