「量子コンピュータ・ディスコ」関連イベントブログ Vol.2

第一人者に聞く、量子AIってなんなのさ?

はじめに

20251116日、「量子って、いったいボクらのなんなのさ?#2量子とAI」を開催しました。9月に開催したイベントの第2弾になります。

第1弾に関するブログはこちらから https://blog.miraikan.jst.go.jp/articles/20251105post-579.html

「量子コンピュータ・ディスコ」のオープンと量子力学誕生100周年を迎える、まさに“量子の年”に行ったイベントの第2弾として、今回は近年進展が著しいAIに注目しました。量子コンピュータおよび量子AI研究の第一人者である大阪大学の藤井啓祐先生にご登壇いただき、量子コンピュータとAIが出会うことで何が起こるのかを探りました。

イベントでは、藤井先生からのトークに加え、AIを使って研究する研究者たちから事前にもらった質問に藤井先生がその場で答える特別企画や、参加者のみなさんがワークやトークを通して考えた質問に答えていただくQ&Aセッションも実施しました。

前回と同様、参加者のみなさんからは非常に鋭い質問が寄せられました。加えて、イベントで紹介した「AI研究者からの質問」が、日ごろの関心と結びつけて質問をつくる良いお手本となったためか、参加者からも自身の仕事や生活と結びついた質問が多くみられたことがとても印象的でした。

藤井先生にはイベント中、多くの質問にご回答いただきましたが、全てに答えることはできなかったため、イベント終了後の控室で残りの質問への回答をうかがいました。このブログでは、その控室での内容をお届けします。量子コンピュータの今後の発展や量子研究者がどんなことを考えて研究しているのか、大変興味深い内容になっています。イベントの動画と合わせて、ぜひご一読ください。

延長戦スタート

中尾:

これから残りの質問にも答えていただこうかなと思っています。まずは、こちらからよろしくお願いします。

質問1
勉強へのやる気を出したいです。 量子コンピュータはやる気にも影響できるのでしょうか?

藤井先生:

勉強へのやる気ってどうやったら出てくるんでしょうね。僕も知りたいです。

 

中尾:

勉強だって思うと、やる気がしないですよね。

藤井先生が量子の研究をするって決めたきっかけはなんだったんですか?

 

藤井先生:

量子力学が面白かったんですよね。直感的には理解しにくいけど、ルールはとてもシンプルで数学も物理の中では1番やさしいくらい。それでいて、最も基本的な枠組みで、全てを説明できるところにハマったんです。ただ、量子力学自体を追求する分野、例えば素粒子物理学に進むよりも、ものづくりがしたいという気持ちがありました。だから、量子力学を使ってものづくりをする、量子コンピュータがぴったりだったんです。

私が学生のとき、量子コンピュータは、全然知られていなかったし研究者も少なかった。100年経ってもできないって言っている人もいました。宇宙コロニーをつくるのと同じようなSFの世界の研究でしたね。

 

中尾:

そんな中、ある意味「やる気」をもって、量子コンピュータに決められたのは、なぜですか?

 

藤井先生:

怪しいのが良かったんですよねえ。例えば、エンジンなどは、芸術的なまでに素晴らしくデザインされた最適解がすでにあるので、大学で研究しても大きな変化を生むのって難しい。まだ何も研究されてない怪しい方が貢献する余地があると思いました。量子コンピュータは、つくり方もわからないし使い方もわからない。そういう怪しさに惹かれましたね。ちょっと天邪鬼なんですよね。

 

中尾:

就職しようとはならなかったですか?

 

藤井先生:

ならなかったですね。当時は量子コンピュータを研究開発している企業がなかったので。博士の3年のとき就職活動をしていて、LEDや太陽電池の開発だったら採用される可能性はあったんですが、結局断っちゃったんですよね。もし、これで「はい」って言って就職すると量子コンピュータとの関わりがなくなるのではと思ったら、無職でもいいかと思って。

 

中尾:

すごい決断ですね。

 

藤井先生:

今思うとそうですね。やる気を出すためには、ハマるものを見つけることが重要ですかね。ハマるものを見つけるために量子コンピュータが使えるかどうか……。(笑)

質問2
量子コンピュータができると量子力学の謎は解明できると思いますか?

藤井先生:

最も有望な量子コンピュータの使い方だと思います。例えば、ブラックホールをシミュレーションするとか。仮想的に量子コンピュータの中でブラックホールをつくる実験もされています。仮想的につくるといっても、もちろん吸い込まれるわけじゃないです。重さを再現するのではなく、ブラックホールの中の物理現象を、量子コンピュータで再現します。今のコンピュータだとできない計算になります。ブラックホール自体が、最も複雑な量子コンピュータといわれていて、内部で生じる物理現象はとても複雑で、量子もつれ(エンタングルメント)が最も早く形成される環境になっていると考えられています。しかし、そのような非常に複雑な物理現象を調べるのはとても難しく、それを調べるためのテクニックが研究されています。

質問3
量子エラー訂正(*1)と量子コンピュータの実現へ向けて。(中略)将来的にはどのような形でFTQC(*2)が成立すると思いますか?

*1 エラー訂正:コンピュータは、外部からのノイズによって計算中などにエラーを起こす。このエラーを検出し、正しい情報に戻す技術を「エラー訂正」という。量子コンピュータの実用化に向けて不可欠な技術であり、現在盛んに研究されている。

*2 FTQC:エラーが起きても正しく動くよう設計された量子コンピュータのこと。

中尾:

量子コンピュータについて、かなり関心が高い方もイベントに来られていたようで、テクニカルな話題ですが、どうでしょうか?

 

藤井先生:

エラー訂正された理想的な計算ができる量子コンピュータが完成するまでの道のりを考えると、大きなボトルネックになる要素の1つが、「魔法状態(量子の特別な状態のこと。後述のTゲートを実行するためには、まずこの状態を用意しておく必要がある)」ですね。

量子コンピュータであらゆる計算をできるようにするには、HCNOTT*3)という3つの操作が必要です。HCNOTは、エラーが起きても訂正しやすいんですけど、Tはエラーを訂正することがすごく難しいんです。だけど、Tができなければ、量子コンピュータは、あらゆる計算ができない。さらに、HとCNOTは、今のコンピュータでもシミュレーションできちゃうので、量子の特性を使った高速化を実現するためにはTが欠かせないんです。だけど、エラーを訂正することが難しいっていうトレードオフになっています。漫画『HUNTER×HUNTER』の「制約と誓約」って知っていますか? 自分自身に強い制約をかけるとすごい能力が出せるっていう。それと似ていると思っていて、Tはエラーに弱いという制約がある分、めっちゃパワフルなんです。

*3 H、CNOT、T:量子コンピュータでは、量子の状態を少しずつ変化させながら計算を進めていく。このとき、ある決まった変化のしかたを与える操作を「量子ゲート」と呼ぶ。量子ゲートには名前がついていて、H、CNOTなどアルファベットで表される。

中尾:

パワフルな操作ほど使うのが難しくなるというバランスが、物理の世界にあるのは面白いですね。上手くデザインされたゲームのようですね。

 

藤井先生:

上手くできてるんですよ。 01しかないデジタルはエラーが出ても修正が比較的簡単です。一方で、アナログは、01の間に無限の値をもっていて、わずかなノイズで値が変わってしまうため、エラーから守るのが難しくて、コストがかかる。Tは量子の状態をわずかに変える操作で、デジタルとアナログの世界をギリギリで繋いでいるような操作です。2010年ごろの量子コンピュータは素因数分解を解くときに、リソースの99%Tの実行に必要となる魔法状態をつくっていて、残りの1%で素因数分解を解いていました。だから、めちゃくちゃリソース、つまり、量子ビット数が必要だったんです。それがどんどん改善されてきて、今は大体 230%ぐらいで良いとか、最新の研究だったらほとんどいらないというように、魔法状態をつくるのに必要なコストが減ってきているんですよね。なので、素因数分解を解くには、2010年ごろは1億量子ビットが必要といわれていたのが、今は100万まで減ってきているんです。

 

中尾:

すごい変化ですね。

 

藤井先生:

はい。最近では、素因数分解よりも優しい問題、例えば、化学反応シミュレーションとか、そういった用途だと、魔法状態を使わない、コンパクトなアプローチもあるんじゃないかと研究されています。Early-FTQC(小規模な初期のFTQC)と呼ばれていて、量子ビットの数は、1万から10万ぐらいの規模のものです。1 万から10 万なら、この5年で間違いなく達成されると考えています。

質問3
薬の製造に関わる仕事をしています。機械トラブルで製造が遅延し、供給不足が発生することが課題です。トラブルの予測などに量子コンピュータを用いる場合、今のAIと比較して優れているところはありますか?

藤井先生:

今のAI(いまのコンピュータを使って動くAI)と量子AI(量子コンピュータを使って動くAI)を比較して、量子AIの方が優れていることは現段階ではないですね。今のAIはすごくパワフルなので、現段階で比較してしまうと量子AIに勝ち目は全然ないですね。でも、今のAIと同じようなアプローチで異常検知のために量子AIを使おうという研究はあります。

 

中尾:

今のAIでも行える課題を、改めて量子AIでも行う研究にはどういう狙いがあるのですか?

 

藤井先生:

量子コンピュータが得意な応用先の探索や、そもそも同じことができるのかという確認もあります。さらに、従来のAIよりも良くするためには何が足りないかとか、量子コンピュータならではの優位性を発揮するにはどれぐらいの規模の量子コンピュータが必要かといったことを考えるためです。

 

中尾:

今話題の画像生成を量子AIでつくることや、さらには今よりも効率よく、特定の性質をもった量子状態を生成するような量子生成AIって考えられますか?

 

藤井先生:

当然考えられると思いますよ。今の画像生成AIのように量子AIを使うことも考えられますが、量子状態の生成が、1番旨味があると思います。いずれにしろ今の生成AIのニューラルネットワークの規模に比べると、量子AIのモデルって小さいので、そんなに魅力的なものはできず、現行のハードウェアだと28画素×28画素くらいの小さな画像に0から9の数字のような簡単なものを生成する実験がギリギリできるかもといった感じですね。

 

中尾:

完成したハードウェアがまだない状況で、量子AIの研究を行うことはとても難しそうですね。

 

藤井先生:

そうですね。現在は、将来出てくるハードウェアを想定して、シミュレーター上でどういう使い方ができるかを研究しています。生成AIは、あるデータの背景にある確率分布を学習(*5)しますが、量子コンピュータじゃないとつくれない確率分布があるので、表現できる確率分布のバラエティは増えます。その場合、今のAIよりも量子モデルの方が精度は高くなることがわかっています。

*5 生成AIはデータの背後にある確率分布を学習することで、新しいデータを生成する。この確率分布の表現力が、生成できるデータの多様性や精度を左右している。

中尾:

それが具体的にどんなものの確率分布なのかはまだよくわかっていないんでしょうか?

 

藤井先生:

まだよくわかってないですね。今のコンピュータでは真似できないが量子コンピュータでは扱うことができる確率分布があることは理論的に示されています。ただ、どんな実用的なデータが、その確率分布で近似しやすいかどうかはまだ明らかになっていません。

 

余談ですが、量子AIのモデルには、面白い名前がついているんです。生成AIの元祖は、2024年にノーベル賞獲ったヒントン氏が研究した「ボルツマン・マシン」という名前で、ボルツマンっていう著名な科学者の名前がついています。量子AIの方はどうかというと、量子力学の重要なルールを見つけた、マックス・ボルンという科学者がいることから、「ボルツマン・マシン」ではなく「ボルン・マシン」と呼ばれています。そして、今のコンピュータに対して、量子超越性、つまり、スプレマシーがあるモデルは、「ボルン・スプレマシー」と言います。実用的でないタスクでも今のコンピュータではサンプルできない確率分布がサンプルできる量子AIは「ボルン・スプレマシー」です。今年、それをさらに複雑にしたモデルが出てきて、それは「ボルン・アルティメタム」っていう名前が付きました。昔、「ボーン・アイデンティティ」って映画があったじゃないですか。その3部作は「ボーン・アイデンティティ」、「ボーン・スプレマシー」、「ボーン・アルティメタム」。研究者はそういうところに知恵を使っています(笑)。

 

中尾:

面白いですね(笑)。名前は大事ですよね。

さいごに

量子コンピュータや量子AIは、今すぐ社会を大きく変える完成した技術ではなく、何に使えるのかを試行錯誤している研究の途中にあります。今のAIを超えることへの期待と、得意分野がまだわからない不確かさ。その両方をあわせもつ怪しさが、藤井先生と同じく、量子コンピュータの魅力のように感じました。

この技術がどこへ向かうのか、その途中を考えるきっかけになれば幸いです。

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