理にかなったものは美しい ~生活にまつわるブツリの話

みなさん、こんにちは! 科学コミュニケーターの松下このみです。

未来館3階の常設展フロアの一角には、「科学コミュニケーターの本棚」という本棚が設置されています。ここには、“セカイの見方が変わる”をテーマに科学コミュニケーターが選んだ本が並んでいて、どなたでも自由に手に取って読むことができます。

今回は、こで私が紹介している『道具のブツリ』という書籍についてお話します。

未来館常設展フロアにある「科学コミュニケーターの本棚」
『道具のブツリ』 田中幸・結城千代子著(雷鳥社)

物理の視点からセカイを見る

この本には、生活の中にあるさまざまな道具について、「物理の視点」から考えるとどういうことがわかるのかが書かれています。そもそも「物理の視点」とはなんでしょうか。

物理の勉強をしていると、身の回りの現象や道具をひと味ちがった側面から考察できる(考察してしまう)ようになります。例えば私の場合は、電車に乗っていて体が斜めに傾けば「慣性の法則だ!」と思いますし、ジェットコースターを見れば「あれは力学的エネルギー保存則を利用した乗り物だ!」という脳内変換が自動的に行われます。これは化学の勉強でも同じで、いつからか私は花火を見ても「炎色反応だ!」としか認識できなくなったという持ちネタがあったりします…()

こんな話をすると、なんて窮屈な生活を送っているんだ、もっと純粋に日々を楽しんだらいいのに、と思われるかもしれませんね。お気遣いありがとうございます。でも、実はそうでもありません。むしろ、物理や化学の視点から見たセカイは3割増しで充実しているとさえ思います。当たり前のように過ぎていく毎日でも、ちょっと角度を変えて目を向けてみると、当たり前ではなくなることがあるのです。

ハサミもシーソーも「第1種てこ」である

さて、あなたは最近ハサミを使いましたか?

生活の必需品ともいえるハサミには「てこの原理」が利用されています。“てこ”とは、小さな力を大きな力に変えるための道具のことです。“てこ”には、支点・力点・作用点と呼ばれる基準点があり、これらの位置関係によって「第1種てこ」「第2種てこ」「第3種てこ」の3つに分類されます。ハサミは、持ち手が力点、2枚の刃が交差しているところが支点、刃の部分が作用点となり、これは公園などで見かけるシーソーと同じ「第1種てこ」にあたります。

ハサミは持ち手の部分から「力点、支点、作用点」の順に並んでいる

「てこの原理」では、作用点から支点までの距離が短いほど大きな力を生み出すことができるので、硬いものを切るときは刃先より刃の根元で切る方が切りやすいというわけです。このことは経験則からもおわかりいただけるかと思いますが、物理の視点からハサミを見ると、理にかなった道具の美しさを感じられるのです。これまでのあなたが「封筒の中の手紙まで切ってしまわないように、できるだけ端を切って開けなきゃ。そーっと、慎重に」なんてことを考えながらハサミを使っていたとすれば、これからは、支点を中心とした力点と作用点の絶妙な位置関係に想いを馳せることができるというわけです。

ほら、ペン立てにさりげなくささっているハサミも、なんだか凛々しく見えてきませんか?

もし、第2種てこや第3種てこにはどんなものがあるのか気になった方は、生活の中の道具から探してみてください。人によってはハサミより身近だということもあるかと思いますので、スマホで検索する前にぜひご一考を。

なぜピザカッターの刃は円形なのか

ところで、ハサミと同じようにモノを切る道具として、包丁やナイフがありますよね。化学の視点で見れば、切るという行為は「分子どうしの結合を断つこと」と言えるのですが、物理の視点で見るとどうでしょうか。特に、ピザなどを切り分けるときに使われるピザカッターについて考えてみましょう。いつか行ったイタリアンレストランで、あの美しい切断面が生み出されていた背景には、どんな「ブツリ」があるのでしょうか。

 

ピザを切るときの一番の苦労は、その大きさとチーズの粘性です。ピザを切るには、ピザの端から端まで刃が触れる必要があります。一般的なピザの直径はMサイズが25cm~27cmLサイズが30cm~35cmですから、ふつうの包丁では長さが足りません。しかし、ピザカッターは円形の刃がころころと回転することで、刃の長さに制限されることなく長い距離を一気に切断できるのです。

円形の刃が回転することで、どんな大きさのピザでも一気に切ることができる

さらに、円形の刃にはもうひとつ利点があります。それは、刃とピザの接触面積が小さいことです。四角い刃をもつ包丁に比べて、ピザカッターの円形の刃は常にほぼ一点でピザに接します。接触面積が小さいとそこに圧力が集中するので、同じ力でも大きな圧力を加えることができ、チーズの粘りに負けずに切り進められるというわけです。

最近の冷凍ピザやデリバリーピザは6等分もしくは8等分に切られた状態で売られていることがほとんどです。ピザカッターを使わずともすぐに食べることができるのは、ありがたくもあり、少しだけ寂しくもあります。実際に円形の刃を転がす機会は少ないかもしれませんが、今度ピザを食べるときは、この「ピザカッターのブツリ」を思い出してみてください。いつものひと切れがちがった味わいになるかもしれません。

"セカイの見方を変える"ことはあなたをちょっとだけ元気にする

ここまで、ハサミとピザカッターを例に、道具に隠されたブツリの話をしてきました。いかがでしたでしょうか。

物理の視点を手に入れることはセカイに新しい発見をもたらし、そしてちょっとだけ元気をくれると私は思います。それは、何気なく使っている道具の美しさに出合ったときの、わくわくする気持ちや特別感みたいなものです。

物理も化学も、遠い研究室にだけあるわけではありません。机の上やキッチンの引き出しの中にだって、たくさんの「道具のブツリ」が存在しています。次にあなたがハサミを使うとき、「てこの原理」が頭をよぎってニンマリしてくれたなら、科学コミュニケーターとしてとてもうれしく思います。そしてちょっとだけ、元気をもらえる気がしています。

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