テーブルゲームで「2050年の医療」をつくろう!──そんなタイトルのセッションを、2025年10月25日(土)にサイエンスアゴラ2025で行いました。このブログでは、セッションの様子やその背景を、前編と後編の2回にわたってご紹介します。
このセッションは、国が進める研究開発制度であるムーンショット目標2との連携企画として行いました。ムーンショット目標2で目指しているのは、「2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」するというもの。病気になる前や病気になったばかりの段階でそのサインを見つけ、予防や治療ができるようになる──そうした未来の可能性に向けて、今どのような研究が行われているのかを知り、未来の医療のあり方をみんなで考えていくことは、医療やそのための研究が私たちに広く影響を与えるものだからこそ、重要であるといえます。
では、セッションが行われた2025年の時点で、どのような研究が行われているのでしょうか。
未来の医療を目指して行われている研究
今回のセッションでは、まず2名の研究者にお話しいただきました。
はじめに、超早期にすい臓がんを見つけることを目指した研究について、京都大学の瀬海美穂さんからお話がありました。がんになった細胞では、通常とは異なるタンパク質などの物質がつくられます。そのような物質を目印(マーカー)として、いち早く病変を見つけることができれば、より病気の治療がしやすくなると考えられます。今回取り上げたすい臓がんについては、マウスをモデルとした実験で、超早期にすい臓の細胞ががんになっていることを知るマーカーを発見したといいます。このマーカーがどのように医療に応用できるのかはまだ研究の段階ですが、今後、CTなどの画像診断技術と組み合わせることで、これまでの方法では見つけることのできないくらい超早期に病変を発見できるようになる可能性があるそうです。
次に、身体に触れずに高血圧・糖尿病を同時に見つけるシステムの開発について、東京大学の内田亮子さんからお話がありました。内田さんを含む研究プロジェクトでは鏡型のデバイスの開発を進めており、このデバイスは、前にいるだけで気軽に身体に関する6項目のデータ(高血圧や糖尿病の有無、脈拍、血中酸素濃度など)を調べることができるといいます。この研究をとおして、採血のような検査に伴う痛みなどの負担をかけず、病院に行かなくても簡単に、誰もが病気を早い段階で見つけられるシステムの構築を目指しているそうです。
セッションでは、このデバイスを仮に「デバイスX」と名づけ、実際に会場で体験する時間がありました。
「デバイスX」をどう使う?──みんなでルールをつくろう
さて、次はワークの時間です。身体のデータを気軽に測定できる「デバイスX」が普及した未来に、「デバイスX」をどう使うのがよいか、そのルールをみんなで考えよう、という内容です。研究者も、将来「デバイスX」を使いうるユーザーとして、他の参加者とともにワークに参加しました。
ワークでは、グループごとにそれぞれ、(A)家庭の洗面台の鏡として「デバイスX」を置けるようになった未来、(B)職場や学校に「デバイスX」ルームが設置された未来、(C)ショッピングモールの一角に「デバイスX」コーナーが設置された未来、という異なるシチュエーションを設定し、次の4つの観点からルールを考えていきました。
①対象 :「デバイスX」を使ってもよい人は?
②知る内容:「デバイスX」で知らされてよい情報は?/よくない情報は?
③共有範囲:「デバイスX」で得た情報にアクセスしてよい人は?/よくない人は?
④その他 :他に決めたほうがよいルールは?
まず一人ひとりが個人で考える時間があり、次にその内容をグループ内で共有しながら、「グループみんなのルール」をつくるために話し合いました。「なぜそう考えるのか」という理由や思いも含めて共有することで、たんに複数の意見を足し合わせるのではなく、それぞれの視点から気づくことや、話していくなかで共通してみえてくる考え方や立場、新しいアイデアなどを確かめながら、グループ全員でルールを組み立てていきました。
話し合いが始まってから10分後、議論をさらに広げるヒントとして、“未来”の医療のために考えておきたいことをテーマに、国立成育医療研究センターの神里彩子さんからお話がありました。もし、日常的に身体の健康状態を測定し、病気になる前に予測・予防できる未来が実現したとしたら、生活や社会はどのように変化するでしょうか。例えば、現在発症している/将来発症する可能性のある病気についてどこまで知りたいだろうか、身体のデータをもとに、就職や保険加入時、結婚などのさまざまな場面で差別を受けることにつながらないだろうかなど、考えることはまだいろいろありそう、というお話でした。
その後のワークでは、より幅広くさまざまな論点を出し合いながら、引き続きそれぞれのグループでルールを考えていきました。例えば、あるグループでは「測定結果を知らされる際に、毎回同じ項目について、正常範囲から外れているといった指摘を繰り返しされたらつらいのではないか」という意見があがりました。そこから、「測定した数値を毎回すべて知らされるのではなく、過去のデータと比較して、最近の傾向を知らされるという方法もあるかもしれない」という考えも出て、知らされる内容だけでなく、タイミングや表現のしかたなども含めて話し合いました。また、他のグループでは、プライバシーに関して「『デバイスX』に表示される情報が後ろから見られないようにするといった配慮も必要ではないか」、「顔認証の機能をつけてはどうか」という意見もあがりました。限られた時間でしたが、どのグループでも議論が盛り上がっている様子でした。
最後のふりかえりでは、グループでつくったルールの内容や、ワークをとおしてハッとしたことや気づいたこと、もっと知りたいと思ったことを、それぞれのグループから全体に共有していただきました。「技術の進歩とともに知ることのできる情報が増えていくなかで、それらを知ることが本当にしあわせにつながるのか考えさせられた」、「こうした研究は、ふだん死生観を語り合うことがあまりない日本において、人としてどう生き、どう最期を迎えたいと思うのか、人としてどうありたいのか、を考えることにもつながると思った」など、さまざまな声にふれることができました。
私たちが描く未来の医療のすがた
さて、ここまで、セッションの様子をご紹介してきました。
今回のワークでは、「デバイスX」の使い方についてみんなのルールをつくる、ということに取り組みました。そうしてつくるルールが「妥協の結果」ではなく、グループ全員にとって「みんなでともに考えたルール」であると思えるためには、ルールをどのようにしてつくるのかという過程が重要になると思います。
参加者のみなさんは年齢も背景もさまざまでしたが、自分自身の経験もふまえながら真剣に考え、話し合っていました。その中で、口火を切って意見を出してくださる方もいれば、他の方の話に耳を傾けながら考えてくださる方もいました。そのような話し合いをとおして、視点や考え方、価値観はもちろん、思いの表現のしかたなども、私自身を含め人それぞれであると改めて感じました。そして、そうした多様なあり方を互いに尊重しながら話し合うということは、私たちができるだけ多くの視点や立場に気づき合い、その声や思いをもとに未来の医療のあり方を考え、ともにつくっていくための欠かすことのできない基盤になると思います。多様な視点や立場を含む「みんな」で未来の医療やそこに向けたルールをつくっていくことは、「私」以外の他者にとってだけでなく、今の「私」にとっても、また視点も立場も変わっていく未来の「私」にとっても、「より深く考えられたもの」を目指すことに通じているのではないでしょうか。また、それと同時に、そもそも今想定している「私たち」や「みんな」の外に置いてしまっている、けれどともに考えるべき他者がいるのではないか──そう問い続けることも、重要であると改めて感じます。
未来の医療のすがたをみんなで考えていくことは、私たちが今、そしてこれから、どのような研究のあり方を望むのか、どのような社会を目指すのかを考えることにつながっているはずです。