前編では、2025年10月25日に行ったサイエンスアゴラ2025でのセッション「テーブルゲームで『2050 年の医療』をつくろう!」の様子をお届けしました。続く後編ではこのセッションを含め、未来館で「未来の医療」をテーマにしたさまざまな取り組みを行いながら、企画者の1人である私が考えていたことをご紹介します。
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「未来の医療」をテーマにしたこれまでの取り組みを紹介するブログはこちら
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来館者に意見を聞いて、どうするの?
私が未来の医療をテーマにした活動に取り組みながら考えていたこと、それは「未来の医療をつくるには一般市民の意見がとても大事だから、それを引き出せる場を未来館につくろう」ということです。
これまで行ってきたトークプログラムやサイエンスアゴラのセッションに参加された方々に私は、「未来の医療を率直にどう思いますか?」と問いかけてきました。
ただ、「未来の医療をどう思うか、研究者ではなく来館者に聞いてどうしたいの?」「自分は何もできないし、研究者が研究を進めていけばいいんじゃない?」という疑問が生まれるかもしれません。そこでこの疑問に答えるべくこのブログでは、科学と社会の関係を考える学問分野の1つである科学コミュニケーション論の話*を紹介します。やや専門的な話になりますが、読み終わった後には疑問への回答が浮かび上がっているはずです。
科学コミュニケーション論のキーワード、ELSIとRRI
科学コミュニケーション論の研究は幅広いのですが、主なキーワードに「倫理的・法的・社会的課題」と「責任ある研究・イノベーション」というものがあります。それぞれ英語でEthical, Legal, and Social Issues/Implications、Responsible Research and Innovationといい、その頭文字を取ってELSI、RRIと呼ばれます。それぞれいったい何を意味するのでしょうか?
科学技術が進んでいくと、さまざまなことができるようになります。前編で紹介した「デバイスX」もその1つ。これを使うことで体温や血圧といった体の情報から、将来的には病気のリスクなど、私たちの体のさまざまな情報を簡単に入手できるようになるかもしれません。病気のリスクを知ることができれば、病気を早期発見して予防することにもつながります。
しかし、このような科学技術の成果を社会実装していくときには、一度立ち止まって考えなければなりません。たとえば、得られた体の情報には誰がアクセスしてよいのでしょうか。誰でもアクセスできるとなると、企業がそのデータにアクセスして、「あなたは将来病気になるかもしれないから」という理由で保険に加入できなかったり、就ける仕事が制限されたりするなど、差別や格差が生まれるかもしれません。また、そもそも「体の情報が簡単に手に入るのはちょっと怖い……」といった、社会のなかで生きる個人が受け入れるかどうかという問題もあります。このように、科学技術の成果を社会実装していくときには、科学技術にまつわる光と影があることを踏まえなければなりません。このうち「影」、つまり科学技術の成果を社会実装する際に生じるさまざまな課題のことをELSIといいます。
また、いままさに研究が進められている科学技術のELSIが浮かび上がってくると、今後どのように研究や社会実装を進めていけばいいかが見えてきます。たとえば、体の情報へのアクセスについては、プライバシーを守る技術の開発や、アクセスできる人を制限するルールづくりが必要になるはずです。個人が受け入れるかどうかに対しては、さまざまな人の考えを聞くための場をつくることが欠かせません。そこで得られた意見はルールづくりに活かされたり、新たな研究のタネになったりするでしょう。あるいは、「多くの人が不安に感じているのであれば、この科学技術の社会実装を目指すのはやめよう」など、研究の方向性自体を見直す必要が出てくるかもしれません。このように、ELSIを踏まえたうえで、より良い未来を目指して科学技術の研究を行っていく考え方やその過程のことをRRIといいます。そして、その際に大切な姿勢として、科学コミュニケーション論では次の4つがよく取り上げられています。
予見性:その科学技術を使うとどんな未来になりうるのか、さまざまな可能性を想像する。
再帰性:研究プロジェクトや研究者が、研究の方向性や自らの価値観をふりかえる。
包括性:さまざまな背景や立場、価値観を持った人々の多様な意見を取り込む。
応答性:得られた多様な意見を研究や政策に反映したり、その検討過程を公開する。
研究は研究者だけで進めるもの……じゃない⁉
ここまでくれば、「未来の医療をどう思うか、来館者に聞いてどうしたいの?」「自分は何もできないし、研究者が研究を進めていけばいいんじゃない?」といった疑問への答えは見えてきませんか?
来館者のみなさんに問いかけて、一人ひとりから意見を出してもらうことは、未来の医療についてそのユーザーの視点から多様な意見を取り込みつつ(包括性)、未来の医療が実現したときの社会をよりクリアに想像する(予見性)うえで欠かせないことだったのです。また、みなさんの意見は研究プロジェクトに届けて、研究の方向性を考える材料にしてもらっています(再帰性)。さらに、サイエンスアゴラのようにみなさんと研究者がいっしょに未来の医療を考える場は、研究者が自らの価値観をふりかえったり(再帰性)、意見に対して研究者が応えたりする機会の一つになっていました(応答性)。そして、これまでブログを通じてみなさんの意見を発信していたのも応答性の機会でしたし、将来的には新しい科学技術や社会の仕組みといったかたちで応答していくことになるでしょう。
もちろん、新しい科学技術を生み出すのは研究者ですし、新しい社会の仕組みをつくるのは政治家や官僚です。しかし、どんな科学技術を生み出してほしいか、どんな未来をつくっていきたいかは、研究者や政治家、官僚だけでなく、未来の社会を生きる私たちみんなでつくりあげていくもの、いや、つくりあげていくべきものなのです。そのためのベースにある「未来の社会を生きる私たちがもっている意見を引き出すこと」が、私が未来の医療に関する一連の活動に取り組みながら達成したかったことです。これまでに1万件を超える多様な意見が集まっており、今後これを活かした取り組みを進めていこうと考えています。
あなたとともに「未来」をつくるプラットフォーム
あなたの声が、行動が、世界を変え、未来をつくる。
未来館が掲げる「Miraikan ビジョン 2030」**の一節には、このような言葉があります。「あなたとともに『未来』をつくるプラットフォーム」を目指す未来館だからこそ、未来の社会を生きる私たち、つまりみなさんが、科学技術に対してどのような意見を抱いているか知ることがとても大切です。それは未来の医療に限らず、AI、地球環境、宇宙など、未来につながるさまざまな分野で必要となります。
みなさんがつくりたい未来はどんなものですか?
ぜひ、未来館に足を運んで、みなさんの率直な意見を教えてください。
「未来の医療」をみんなでつくる取り組みの裏話や制作エピソードは、未来館のポッドキャスト「ミュージアムの片隅で未来を雑談するラジオ」でも配信しています。こちらもぜひお聴きください。
* 奥本素子、種村剛 [著]. 『まだ見ぬ科学のための科学技術コミュニケーション ―社会との共創を生み出すデザインと実践―』. 共同文化社.; Stilgoe, J. et al. Developing a framework for responsible innovation. Res. Policy 2013, vol.42, p.1568-1580. DOI: https://doi.org/10.1016/j.respol.2013.05.008
** 日本科学未来館. “未来館について”. https://www.miraikan.jst.go.jp/aboutus/