この日語られたこと、考えたこと

③ ~白熱したディスカッション~

トークイベント「納得できてる?低線量被ばくの影響-科学で示す、社会が選ぶ-」の実施報告です。過去記事はこちら()。

続いては、第3部。津田教授、越智医師、参加者全員でのディスカッションで語られたことをお伝えします。


<第1部> 津田教授パート(リンクはこちら

 1. 低線量被ばくによる発がんリスクは?

 2. 福島県民調査における甲状腺がんの検出

<第2部> 越智医師パート(リンクはこちら

 3. 震災による健康影響(福島の医療現場から)

<第3部> 全員で

 4. ディスカッション「個人と社会は何をすべきか?」


4. ディスカッション 「現状を踏まえ、個人と社会は何をすべきか?」

参加者からは様々な意見とアイデアが出てきました。それに対して津田教授と越智医師がコメントする形で議論を行いましたので、いくつか紹介いたします。

➀甲状腺検査の意義を知り、検査を継続すること

参加者 チェルノブイリの事故では、20歳以上で甲状腺がんが増えています。震災当時15歳だった子どもは、今年20歳になっているため、就職、大学進学で福島にはいないケースが多いです。しかし、20歳の人が自分で甲状腺がん検査を積極的に受けることはたぶん簡単なことではないですよね。その対策を優先すべきことではないでしょうか。

越智医師 子ども達が甲状腺検査の重要性を分かっていないため、学校にお知らせがきたときに、面倒くさいからと言って、お母さんに書類を渡さない子も出てきているらしいです。「甲状腺がんになっているかもしれないから...」などと恐怖を駆り立てる必要はありませんが、子ども自身に甲状腺検査の意味をしっかり考えさせて、自分の身を守るために健康に気を遣う教育を行いながら、検診を続けることが大事だと思います。

➁被ばくの影響を調査し、ルールを詳細に決めること

参加者 避難計画もできていない、つまり社会的な準備ができていないのに、事故が起こらないということで、原発は稼働していました。

津田教授 食品も発がんリスクの一つですが、食品衛生法によってリスクを調査したり避けるためのノウハウがかなり詳細に決められています。食品関係で事故や事件が起きたときには、因果関係を調べる方法や手順も決まっています。それに比べると、原子力関係の法律や事故が起きた場合の対応する仕組みは中身が足りていません。原子力発電所を稼働させるのであれば、症状が食品原因であること明らかにすることを定めた食品衛生法と同様に、被ばくの影響を調査し、きちんとデータを集めるためのルールを、今後、法の下に詳細に決めて調査を義務付けることが必要だと思います。

③甲状腺がんに対して、今やるべき対応

越智医師 甲状腺がんが増えているとして、今やるべき対応としてはどういうものを考えていますか?

■外部被ばくをリーズナブルに避ける

津田教授 福島県内で「100mSv以下ではがんは出ない、出たとしても分からない」という考え方は誤っているので、まずは改める必要があります。これは、福島県の報告書に書かれているため、早急に撤回するか、ゆるやかにでも言い方を改めていくべきです。科学的根拠にも反し既存の法規制とも矛盾する明らかな誤りを放置して行政が住民の信頼を得られないとしたら、行政としての機能を果たせません。行政の目的は住民の健康被害と経済的損失を最小限に抑えることであるため、信頼回復のためにもこのような極端な言い方を改める必要があります。

 その上で、空間線量が比較的高い場所の近くに住み続けられる方々は、第一次予防として空間線量が高いところはできるだけ短い時間しかいないようにとか、できるだけ避けるようにするということです。つまり、国際放射線防護委員会ICRPのALARA(As low as reasonably achievable)の原則*に従うことが必要です。放射線防護にすべてを捧げる必要はないが、トータルでの被ばく量を下げることはできます。特に子供は放射線感受性が高いことが知られています。そのためには、自宅や遊び場所、通学路など、どの場所の線量が高いかの情報を共有する必要があります。今出てきている甲状腺がんは、初期の放射性ヨウ素による内部被ばくがそれなりの割合を占めていると思っています。ただ、2011年内でおいてさえ、WHOは外部被ばくも甲状腺へある程度の影響があるとしているため、これからやるべきなのは、主に外部被ばく対策です。外部被ばく対策と言っても、避難するか避難しないのかの決断の問題ではありません。比較的高い線量の地域に住む方々もALARAの原則と正確な知識を得ることによって、自分の生活範囲でどこの線量が高くて、どこの線量が低いのかを把握し、低いところを選ぶことは重要なことです。放射性物質を扱う職場では、全国どこでもやっていることです。

*ALARA(As low as reasonably achievable)の原則:放射線防護の原則。経済的かつ社会的に見て合理的に達成できる範囲で可能な限り低く、被ばく量を抑えること。

越智医師 この"合理的"には個人差があります。たとえば「行く、行かない」では、行くことにメリットがなければ行かない方がいい、それは確かです。線量の比較的高い地域に住んでいる人の場合は、そこから避難することとその場所の線量で住み続けることの、どっちが自分の人生にとってリスクかということを選んで初めてリーズナブル(合理的)になります。この"リーズナブルの感覚"というのが、子どもによっても大人によっても違いますし、津田先生と私でも違って、どうしてもこれが議論のタネになるところだと思います。

■自己検診の普及

津田教授 第二次予防としては、早期発見早期治療です。医療機関による検診だけではなく、自分で甲状腺にしこりがあるかどうか検診できる"自己検診の方法"を普及させることが一つの方法かと思います。

 

そのほか、予防というよりは患者さんのQOL(生活の質)の話ですが、津田先生からは、手術補助ロボット「ダヴィンチ」の保険適用の話題も出ました。甲状腺がんの手術をすると、首に傷が残ってしまうのですが、ダヴィンチを使えば傷が残らないことが期待されています。

 

その他、ディスカッションでは、越智先生への講演内容に対して、「社会や政治家の責任がうやむやな状態で、社会的な介入(対策)をすることなく、個人にリスクの選択をゆだねるのは、どうなのか」、という意見が多数あがりました。これに対して、越智医師は、「社会は何かしなければいけない。ただ社会が押しつけてはいけない。福島に住んではいけないという人もいるけれども、やはりお子さんと一緒に福島に住むしかないという人もいる。例えば、平均的に線量の低い場所に集団で移住できるように社会がサポートしたとしても、人によって、移住による生活環境の変化によって心身に大きく影響するため、移住に慎重にならざるを得ない場合もある。そのときには、個人の防護の仕方を教育する方が大事ではないかと思う。」とお答えくださいました。

国がそして社会が、原発事故が起きてしまった場合の対策が不十分であったことは確かです。それに対する被災者の怒りや憤りに真摯に耳を傾け、受けとめる必要がありますし、そのような感情に配慮した対策を講じることも必要です。

では、事故が起きた場合を想定して準備しておく対策とは何なのでしょうか。その大きなヒントをくださったのは越智医師でした。

未来館が本トークイベントに越智医師を呼んだ大きな理由の一つは、越智医師は「事故の予防だけではなく、事故が起きたとしても健康リスクが上がらないようにする対策をそこに住む人が健康になれる対策・方法を被災者でない人も含めて考えよう。さらに、震災により起こった健康被害を全体的に把握し、調査により原因をきちんと突き止めて、優先順位をつけて対策を講じる必要がある。」と訴えていた点です。その考えに未来館は共感しました。

「そこに住んでいる人が健康になるために、幸せになるために、個人として、社会として何ができるのでしょうか、何をすべきでしょうか」。これを、津田教授、越智医師、参加者全員でディスカッションすることが本イベントの目的でした。

参加者からのご意見は全く途切れることなく上がり、予定を大幅に延長しても、ごく一部しか直接お聞きすることができませんでした。お聞きすることのできなかった声を集めるために、参加者の皆様にはワークシートにたくさんのアイデアを記入していただきました。

次のブログでは、参加者からの建設的なアイデアを、内容別に分類し、紹介していきます。

この日語られたこと、考えたこと
➀ 低線量被ばくの発がんリスクと福島の甲状腺検査の結果の解釈
➁ 震災によって起こった健康被害
③白熱したディスカッション(この記事です)
④個人と社会は何をすべき?参加者の意見

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