ソーラーパワード・ウミウシさん

東京でも、この頃は日差しが強くなりました。少し肌寒い日でも日なたに出るとすぐにぽかぽかしてきます。
ぼんやり日なたぼっこをしていて、ふと考えたことはありませんか?
「人間にも光合成ができたらなぁ……」
もしも、光合成ができたなら。
縁側で日なたぼっこしながら、緑茶をすすって深呼吸するだけでおなかいっぱい!これなら食費もかからない!ああ、なんて素晴らしいのでしょう……。
縁側で光合成しているおじいちゃんのイメージ図
なんとかして実現できないでしょうか。
ほら、緑茶の緑は、光合成に必要な葉緑体の緑色です。緑茶は作る過程で蒸すなどしていますが、たとえば、生のレタスを食べたときに、もしも、その葉緑体をそのまま生かして使えたならば、人間だって光合成ができちゃうんじゃない?
いやいや、そんなの無理でしょ、という声が聞こえてきそうです。
「ふふふ、ボクたちはできるよ」
え!なんだって!?
声の主は、嚢舌目(のうぜつもく)というグループのウミウシである、チドリミドリガイさんです。
なんと、この嚢舌目のウミウシ達は、エサから葉緑体を盗むおどろきの技を持っているのです。
「知りたい?どうやればいいか教えてあげるよ!」
1.とがった歯で海藻の細胞壁に穴をあけるよ
2.そこから細胞の中身(細胞質)をチュウチュウ吸うよ
3.細胞質の中の葉緑体だけは消化しないで、体に取り込むよ
4.それを背中に集めたら、完成! 日なたぼっこするだけで栄養を分けてもらえるよ
(写真提供:前田太郎)
なんと、このウミウシは盗んだ葉緑体の光合成する力を保ったままで、10か月も背中に置いておくことができます。エサを与えずに飼育した実験で、葉緑体からアミノ酸などの必須栄養素を分けてもらっていることもわかりました。
チドリミドリガイさんは、とってもかんたん!なんて言っていますが、こうなるためには、葉緑体だけ選んで消化しないしくみや葉緑体の光合成能力を保つしくみなど、まだ解明されていないことがたくさん。
ウミウシの研究者は少ないのですが、この「盗葉緑体現象」は、少しずつ研究が進んでいる分野です。
……じゃあ、この研究がもっともっと進んだら、いずれは人間も光合成ができるでしょうか。
チドリミドリガイの盗葉緑体現象を研究している基礎生物学研究所、NIBBリサーチフェローの前田太郎博士に聞いてみました。
う~ん、マウスの培養細胞に葉緑体を入れたという古い論文はありますが、栄養のやり取りや長期間使い続けるとなると人間を遺伝子組み換えする必要がありそうなので、技術以前に倫理的な問題があるでしょう。技術的には、将来、盗葉緑体現象のしくみがわかれば、他の生き物への応用は可能だと思います。
チドリミドリガイは盗んだ葉緑体を自分の細胞の中に取り込みます。ですが、私たち人間や鳥、魚、カエルなど背骨のある動物(せきつい動物)にとって、別の生き物を細胞の中に取り込んで利用するのは、難しいと考えられていました。せきつい動物には、外からの異物に対して抗体をつくって排除しようとする「獲得免疫」があるからです。しかし、近年になって、spotted salamanderというサンショウウオの細胞の中に小さな藻類が共生していることがわかっています。
でも、もし光合成ができるようになっても、「光にあたっているだけでお腹いっぱい」にはならないでしょう。光合成には、光に当たる面積が重要です。植物や海藻が平べったい形をしているのはそのためです。今の人間の形では、十分な栄養を光合成で得るのは難しいかもしれません。
ウミウシは、背中に平べったい組織(側足といいます)を持っていて、陽に当たる面積を稼いでいるようです。それでも、エサがある時はエサを食べて、光合成による栄養は、一部分だけです。足りない栄養素の補充や、どうしてもエサを食べられないときの備えとして利用していると考えられています。
なるほど……。
どうやら光合成おじいちゃん計画は、そう簡単にはできないようです。
それを、しれっとやっている嚢舌目のウミウシ達。君たち、いったいどうしてこんなことができるんだ!……ウミウシに向かって聞けたなら、彼らはなんと答えるのでしょうか。
これは、面白い。良い学びになりました。
先生!質問です。
このウミウシさんは海の中でひなたぼっこするときは、背中のカールを開くんでしょうか?
三原しげっちさま
コメントありがとうございます。
反応をいただけて、とても嬉しいです。
これからも、面白い、学んだ、と思っていただけるような記事を書けるようがんばります!
かえるのかーちゃんさま
気になる質問、ありがとうございます!
私はこれまで、何度もチドリミドリガイさんに海中で出会ったことがあるのですが、一度もカールを開いている姿を見たことがありません。
ただ、採集後、ケースに入れて蛍光灯の光を当てている時、すこーしカールがゆるんだかな?という姿は見ました。でも、その程度です。
前田太郎博士に聞いてみたところ、同じ感想でした。
そして、カールを閉じた状態でも光合成できることがわかっているそうです。
このウミウシは、淡いベージュに水玉模様の体をしています。この模様は、生息地(例えば沖縄)の砂地の様子にそっくりです。光合成の効率よりも、身を隠す方を優先しているのかもしれませんね。
こんな生物がいたなんて、すごい!
生物の適応性って、考えていたよりはるかに柔軟。
私も「もしもの時」のために葉緑体をとりこめられれば、
安心なんだけどなぁ…(笑)。
はらぺこラッコさま
ほんと、生き物ってすごい!ですね!
私も、はじめてこの話を聞いたときには、そりゃあもう驚いて、ウミウシを尊敬しました。
もしもの時用に、葉緑体を持っておけたらいいですよね。
人間が光合成できる世の中は、なんだか平和になりそうです。
おやつの時間はみんなで並んでひなたぼっこ~なんて。
人間の細胞の中のミトコンドリアも、元々は別の生物だったものを
取り込んだものっていうから、そのうち必要になれば葉緑体も取り込むのではw(笑 突然変異で発現するかもしれないしw
太陽光で生きられるようになれば、宇宙に出ても真空に耐えられつつ光を通すスーツをつくれば、そこそこ生きられるようになるかもねw 野尻抱介の短編「ゆりかごから墓場まで」のような剛毅な火星移住も夢じゃなくなるかもw
ミドリーゾウリムシとかは実物をみたこともあるけど細胞に取り込んじゃうなんてすごい!
荻谷知貴さま
細胞内共生説ですね!ミトコンドリアも葉緑体も、元々は別の生物だったものを、細胞内に取り込んだことでできたといいます。
「他のものを取り込む」のは、そんなに珍しくはない現象です。
葉緑体は、昔は別の生き物だったかもしれませんが、今は、すっかり海藻の細胞の一部です。もう葉緑体単独では活動できず、細胞にいろいろ供給してもらっている状態です。
そんな葉緑体を取り込んで自分のもののように使うのは、どうもなかなか大変なようです。
でも、チドリミドリガイさんがここまでやれているので、いずればっちり盗んで使う生き物が登場することもあるかもしれませんね。
太陽光だけで人間が生きられるようになったら。
どうなるんでしょう。きっと、今の社会とはまったく違うものになるのしょうね。
ご紹介いただいた短編小説、気になります。探して読んでみたいと思います。
Lemnaeさま
ミドリゾウリムシ、私は実物を見たことがないので羨ましい限りです。
写真で見ると、共生しているクロレラの緑のつぶつぶがはっきり見えてきれいですね。
いろんな生き物を見ていると、
人間を基準にした常識は、生き物の世界では通用しないことを思い知らされます。世界は広い!