2015年ノーベル生理学・医学賞発表!受賞者は感染症の薬を開発した3名! ~トゥ・ヨウヨウ氏編

世界三大感染症の1つに数えられ、その中で最も感染者数が多いのがマラリア。年間2億人もの人が罹患し、その62万人もの人々が命を落としています。しかし、医療の発展により、マラリアの死亡率も徐々に軽減されてきました。その陰には、マラリア治療薬を開発した一人の女性の存在がありました。

彼女の名前は屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)氏

ノーベル財団プレスリリースより

中国南部出身、1930年生まれ、現在84歳。
トゥ氏が、今年のノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

中国人で初の生理学・医学賞の受賞者となります!

そもそもマラリアってどんな病気?

マラリアと人類の戦いの歴史は長く、紀元前まで遡ることができるほどです。現在こそ日本でマラリア感染の話は聞きませんが、1960年代までは日本でも土着マラリアの感染がありました。中国では、少ないながらも、現在も感染者が存在します。

マラリアを媒介するハマダラカ(CDC/ James Gathany)

マラリアは、熱帯地域に存在するハマダラカを媒介とするマラリア原虫によって引き起こされます。体内に侵入したマラリア原虫は肝臓で増殖し、その後赤血球を破壊し始めます。高熱、頭痛、吐き気を引き起こし、ひどい場合は脳症や腎不全により、死に至ります。

マラリア原虫(写真:CDC/ Dr. Mae Melvin)

マラリアにも治療薬が無かったわけではありません。クロロキンやキニーネと言った薬剤がその治療薬として使用されていました。しかし、両方とも副作用が非常に強く、それらに耐性を持つマラリア原虫が増えたことにより、マラリア患者の大幅減には繋がりませんでした。

(ちなみに、キニーネを使用したことのある友人曰く「地獄の苦しみだったと...」)

トゥ氏は何をしたの?

話はトゥ氏に移ります。1960年代後半の中国。政府は薬剤耐性を持つマラリアに効く、新たな抗マラリア薬の開発を科学者に命じます。その一人がトゥ氏でした。トゥ氏は中国の伝統的な薬に注目し、様々な薬草を試す中で、マラリアに効力があると思わしき1つの薬草に出会います。それがキク科ヨモギ属の青蒿(セイコウ:Artemisia annua)でした。

青蒿(セイコウ 写真:Ton Rulkens)

しかし、その効果は不安定で、実用化にはほど遠い状態...。悩んだトゥ氏は原点に立ち戻り、340年に東晋朝で書かれた古文書、中国で初の救急医療書にヒントを見つけたのです。その中の記述には「青蒿の絞り汁が病に効く」とありました。トゥ氏は、それまで高温で抽出していたことで成分が変成してしまったことに気づき、低温抽出を行うことでマラリアに効力のある「アーテミシニン(Artemisinin)」の抽出に成功したのです。1972年のことでした。

ノーベル財団プレスリリースより

それまでの抗マラリア薬への耐性があるマラリア原虫にも効力を発揮し、またクロロキンやキニーネに比べて副作用が低いアーテミシニンは、中国内では1980年代から使用され始めます。そのめざましい効果は注目を集めますが、政治的な背景から世界保健機構(WHO)に認可されたのが2000年、本格的に使用され始めたのが2006年と、世界中で多くの命を救い始めるまでに30年近くもかかってしまいました。

しかし、アーテミシニンがマラリア治療に加わったことで、現在では死亡率が20%下がり(子どもでは30%)、アフリカに限れば、毎年10万人もの命が救われているそうです(この数字はノーベル財団のプレスリリースによるものです。WHOはこの10年ほどの推計では約42%、死亡率が減少したとしています)。

私、古澤は、3年ほどアフリカ、マラウイという国で暮らしていました。日本ではマラリアの脅威に脅かされることはありませんが、マラウイにいる時は身近な問題でした。虫除け対策をしようが、蚊帳の中で寝ようが、刺されるときには刺されてしまいます。同僚がマラリアにかかってしまうことも少なくありませんでした。マラリアを始め、感染症は、現在進行形の世界規模の問題なのです。アーテミシニンの効果は目覚ましいものがありますが、やはり、アーテミシニンに耐性を持つマラリア原虫の発生も報告されています。マラリアとの戦いは、まだこれからも続くのでしょう。しかし、一進一退を繰り返すその攻防の中で、今回の研究成果は大きな一歩と言えます。そして、その一歩を重ねていくことが、感染症に打ち勝つ未来へと繋がっているのでしょう。

編集追記

二本立てでお送りした今回のノーベル生理学・医学賞ブログ、いかがでしたか?(キャンベル博士と大村博士のご研究を紹介した1本目の鈴木の記事はこちら) (リンクは削除されました)。今回の記事を書くにあたって、トゥ氏の情報を集めるのに苦労したのですが(あったとしても中国語の資料が多い...)、愛すべき同僚、科学コミュニケーターの沈晨晨 (シェン・チェンチェン)の多大なる協力により、書き上げることができました!

ありがとう!チェンチェン!(沈の執筆記事は→こちら) (リンクは削除されました)

チェンチェンと中国語の文献を読み解いていく中で、上には書き切れなかった情報がいくつも出てきました。

※青蒿は古くから生薬として使われてきただけでなく、虫除けとしても使われてきたこと。

※生薬において「青蒿」とまとめて表記されてしまうことが多いが、実は青蒿(和名:カワラニンジン)と黄花蒿(和名:クソニンジン)とに分けられ、マラリアに効力を発揮するのは黄花蒿であること。(ただし、アーテミシニンの中国語表記は「青蒿素」と書くため、混同されやすい)

※トゥ氏は博士としての学位を取得していないが、今回のノーベル賞受賞に至ったということ。

(本ブログでも、第一報では「トゥ博士」と表記しておりました。修正し、お詫び申し上げます)

などなど。文頭にも書いたように、今回のトゥ氏の受賞は、中国で初の生理学・医学賞の受賞者でした。更には、女性科学者ということもあり、チェンチェンは「私のスーパースターです!」と言っていました。きっと、トゥ氏の隠されたエピソードに関して、チェンチェンが追加記事を書いてくれることでしょう!

そして、最後に...、今回のトゥ先生の受賞、実は古澤が昨年予想していたのです(その記事はこちら) (リンクは削除されました)。実際にすごい業績をあげられているので、予想ブログを書いたのですが、実際に受賞されるとは...!!そして、そうこの青蒿(黄花蒿)、上にもさらっと書きましたが、和名がすごいんです...。クソニンジンて...。

ありがとう、クソニンジン!でも、今回の受賞をきっかけに、もう少し素敵な和名にしてあげてもいいと思うよ!

記念撮影(クソニンジンと古澤)

編集管理人より
10月5日23時頃に公開した記事に、10月6日12時頃、加筆修正しました。

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