ナイスステップな研究者からの「近未来への招待状」

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皆さんこんにちは!研究者の活躍をもっと世の中に広めたいと活動しています、科学コミュニケーターの鈴木です。

近年は、「小学生が将来なりたい職業」として研究者が上位に来ているというニュースを時折耳にしますね。(*1 末尾補遺参照)しかし、研究者というのは「どんなことをしているのか」・「どういう人なのか」・「どこで会えるのか」など、他の職業に比べてイメージしにくいのではないでしょうか。

そこで今回は、誰もが研究者とふれあえる機会の1つとして、文部科学省の科学技術・学術政策研究所(NISTEP)で5月24日に行われた講演会「近未来への招待状」を紹介します。

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■1.NISTEP(ナイステップ)とは?

「NISTEP」は「ナイステップ」と読みます。上で書いたとおり文科省の機関で、科学技術研究や政策課題の調査をしています。

今回ご紹介する講演会「近未来への招待状」は、科学技術についての優れた発見をして大きな影響を与えたとしてNISTEPが選んだ「ナイスステップな研究者」による講演会です。

「ナイス」はすばらしい、「ステップ」は飛躍を意味し、それぞれを組み合わせた言葉ですね。NISTEPという機関名そのものともからめているそうです。(*2)

今回の講演会では4人の先生がお話されていました。研究内容や特色だけでなく、研究にかける思いなどもお話していたので、このブログ記事ではそれらをあわせてご紹介します。それぞれの先生の「所属・研究分野・講演タイトル・経歴・研究内容」をまとめましたので、気になるところを読んでもらえればと思います。

研究者というのはどのような人たちなのか、ぜひイメージを膨らませてください!

 

■2.ナイスステップな研究者たち

2.1.坂井 南美(さかい なみ)先生

【所属】

国立研究開発法人理化学研究所

坂井星・惑星形成研究室

主任研究員

【研究分野】

天文学・物理学・化学

【講演タイトル】

「生まれたての星の周りにできる原始星円盤の誕生過程を解明:惑星系の起源」

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講演タイトルや研究室の名前を見ると天文学がご専門のようですが、坂井先生はご自身の研究を「物理学を用い、天文学を通して化学を研究する」と表現していました。つまり、いろいろな分野にまたがった研究をしているのです。

【経歴】

幼少期の坂井先生は、宇宙好きのお父さんのもと、望遠鏡や科学雑誌に囲まれた環境で生活していました。特に強く印象に残っているのは宮沢賢治の本の「私たちはどこから来てどこへ行くのか」という題材。これに大変魅力を感じていたそうです。

研究者という道を意識したのは大学へ入ってから。ここである1つの転換点がありました。宇宙の研究をされている大橋正健教授と食事をする機会があり、そこで「宇宙の何が知りたいんだ」と聞かれ、答えに迷ったそうです。そして、宇宙の歴史の中での私たちの起源が知りたいという答えにたどり着きました。

【研究内容】

坂井先生の現在の研究は、星々がガスや塵の集まりから誕生するしくみや、ガスの化学組成そのものについてです。(*3)

そのなかで、「赤ちゃん星の組成は宇宙の場所によって違う」「星の周りを回りながら星へと落ちてくるガスは、ある地点より内側に入れないため、そこに円盤状に惑星系のもとが誕生する」などの発見をしました。いずれもそれまでの天文学の常識を覆す結果です。

現在は、「化学を用いて、星々のガスに含まれる物質と同じものを地球上で測定」し、「物理学を用いて、宇宙にある物質の振る舞いを解明」し、この2つのデータを比べてあらゆる赤ちゃん星の成り立ちやその組成を明らかにしようとしています。化学と物理学と天文学が融合した独特な研究と言えます。

 

2.2.千葉 俊介(ちば しゅんすけ)先生

【所属】

南洋理工大学(シンガポール)

教授

【研究分野】

化学・反応開発

【講演タイトル】

「新しい化学反応性の探求に基づく有機合成反応の開発」

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千葉先生は有機化学の研究者です。千葉先生の化学観が鮮明に現れたお話をされていました。――「独創的な有機合成反応の開発は、頭で考え出すのはなかなか困難であり、予想外の現象に出会うチャンスが多そうな研究テーマを選び、どんな小さな変化も見逃さない注意力とそれを受け入れる素直さを持って実験することがとても大事」

【経歴】

千葉先生はもともと、工場でどのように効率的に化学物質を製造するかなどを研究する化学工学に興味を持って大学に進学しました。ところが、学部の課程でもっと基礎的な有機化学を追究したいと思うようになり、大学院では理学部の化学科に移られたそうです。理学部は自然のしくみなど根本的なところをつきつめる学部です。

今のシンガポールの大学に移られたのは、日本の大学で助手となったあとでした。任期が終わる前、今後どうしようかと考えていたときにシンガポールの話があったそうです。海外に行くのは、千葉先生にとっては実はこのときが初めて。さらに当時の南洋理工大学には、化学科の建物もない状態だったとか。まさに新しいスタートだったそうです。

【研究内容】

有機合成化学の研究には二種類あり、「化学反応で有用で面白い有機物質を作る研究」と「有機物質を作るための化学反応を新しい道具として開発する研究」があります。千葉先生はその後者を行い、教科書を書き換え得る発見をいくつかされています。今までは無理(非常に困難 *4)と言われていた「化学反応」の新しい道具としての使い方や、その道具を使える新しい化合物の発見です。(*5)

そんな発見の契機を最初に見つけたのは千葉先生の研究室の学生でした。もともと別の研究テーマの実験をお願いしていたところから偶然発見したそうです。思いもかけない結果を見逃さない注意力や、そのときの結果を素直に受け止めしっかり調べる関心の広さが大切だと千葉先生は強く述べていました。

 

2.3.井上 茂義(いのうえ しげよし)先生

【所属】

ミュンヘン工科大学(ドイツ)

化学科

教授

【研究分野】

化学・構造化学

【講演タイトル】

「低配位有機ケイ素化合物の合成および応用展開」

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井上先生も化学の研究者です。(*6)

千葉先生との違いは、「化学で新しい面白い物質を作る研究」をしているという点です。

【経歴】

井上先生は、子供時代を福島県で過ごしました。そのご経歴から、2011年の震災による福島県の被災に対して研究者として自分なりの貢献をしたいという思いにつながっているそうです。井上先生はポスドク(博士課程を修了したあとの研究職)からドイツへ移られ、ミュンヘン工科大学の現在へ至ります。日本との違いとして、「ドイツの大半の学生は就職するにしても博士号を取得する」、「基礎研究にも多くの国の助成金が回ってくる」という2点を井上先生は強調されていました。

【研究内容】

そんな井上先生は現在「シリコン」について研究されています。(*7)シリコンと聞くと、ぷにぷにしたシリコンゴムや、液体状のシリコンオイルや、コンピュータや太陽電池などに使われる金属状のシリコンウエハをイメージするかもしれません。井上先生のご研究は、そうした物質を小さく切り刻んでいき、原子1個2個となったものを作って調べるというものです。切り刻むと言うのは簡単ですが、実際に切ってそこまで小さくするのは、不可能です。井上先生はそれを実際に作りました。もはや芸術品と言えます。

多くの絵画や銅像のような芸術品も、初めて見たときには良さがわかりにくいように、化合物の形(*8)も初見でその「すごさ」はわかりにくいです。化学者のようにたくさんの物質の形を見ていれば、井上先生の作り出したものが「普通には作れない」もので、「美しい形」であると感じるでしょう。こうした研究は、研究者の興味を引くだけでなく、(1) ありふれたものに含まれているが普通には作れず、ようやく作って調べることができる、(2) この物質を使って新しいものを作ることができる、という点で着実に科学技術を進歩させるのです。

 

2.4.鈴木 志野(すずき しの)先生

【所属】

国立研究開発法人海洋研究開発機構

超先鋭研究開発部門

高知コア研究所

地球微生物学研究グループ

研究員

【研究分野】

生物学・地球科学

【講演タイトル】

「地球深部の厳しい環境に住む謎の微生物の発見」

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鈴木先生は生物学の先生です。

地球上の「とんでもない場所」に住むすごく小さな生き物(微生物)を調べている研究者です。

【経歴】

中学時代の鈴木先生は研究者を目指していたわけではなく、将来は作曲家や作家になりたいと考えていたそうです。しかし、遺伝の法則であるメンデルの法則のシンプルさに感動し、高校時代に生物学や研究に興味を持ちます。ですが、ポスドク時代に壁に突き当たります。当時、研究者として続けるために論文を書き、あまり挑戦的ではない研究をして将来に迷っていたそうです。ちょうどこの頃、鈴木先生の旦那さんがアメリカのゲノム研究所に誘われます。ここで偶然、鈴木先生の修士時代に面識がある先生と再会しました。そのつながりから、ご夫婦そろってアメリカで研究を始めました。当時のアメリカの生物学進歩はめざましく、研究所では論文を書けと言われず、「人類をどこまでワクワクさせられるか」という研究に熱中できる雰囲気があったそうです。このアメリカ研究時代にナイスステップな研究者につながる「奇妙な微生物」に出会います。(*9)

【研究内容】

鈴木先生が発見した微生物は、強いアルカリ性(人であれば皮膚や臓器が溶けてしまう)かつ食べ物がほとんど無い場所に住み、DNAを調べても、呼吸にかかわる遺伝子が見つからないという生き物です。(*10)鈴木先生は現在、日本の海洋研究開発機構(JAMSTEC)でその微生物の研究を続けています。

この生き物は、太古の地球からの生き残りであり、生物がどんな環境でどのようにして生まれ、どのように進化してきたかを突き止める手がかりになると鈴木先生は考えています。また、地球以外の星にいる生き物の推定にもつながるだろうと考えられています。(*11)

 

■3.「近未来への招待状」への招待状

NISTEPの講演会「近未来への招待状」とナイスステップな研究者たちをご紹介しました。研究者のイメージが少しはつかめたでしょうか。

ご紹介した研究者はさまざまな研究をされていますが、次の2点は共通しているのではないかと思います。

(1)研究を楽しんでいる。

(2)いろいろな人と刺激を与え合っている。

今の研究にたどり着いた流れは三者三様ですが、現在は興味ある研究をされており、それを追い求める中で研究環境の異なる研究者と互いに高めあっているように感じました。

★そんなナイスステップな研究者のお話を直接聞ける講演会はあと1回開かれます。第二回は6月26日(終了)、最終回は7月31日(申込締切:7月29日17時)です。第二回開催は過ぎてしまいましたが、最終回は以下のURLから講演会の申し込みができます。

・URL: http://www.nistep.go.jp/archives/40510

・場所:文部科学省 科学技術・学術政策研究所会議室(文部科学省 中央合同庁舎第7号館東館16階16B)

・言語:日本語

・定員:約100名

・参加費:無料

★また、日本科学未来館でもさまざまな研究者をお呼びしたトークイベントを多数展開しています。以下のイベントページから情報を随時更新しています。研究者のお話を直接聞けるだけでなく、自由に質問などをできる時間もありますのでご興味のあるイベントがあればぜひご参加ください。

・URL: https://www.miraikan.jst.go.jp/event/

研究者だけでなくあらゆる人が興味のあるものに対して思い思いの方法で追究することで、世の中の課題解消だけでなく新たな社会や技術の着想にもつながるだろうと、私は夢想しています。

 

 


■4.補遺

*1 具体的な調査結果として、第一生命保険株式会社や日本FP協会、株式会社クラレなどが結果を公表しています。

第一生命保険株式会社: https://event.dai-ichi-life.co.jp/campaign/minisaku/otona.html

日本FP協会: https://www.jafp.or.jp/personal_finance/yume/syokugyo/

株式会社クラレ: https://www.kuraray.co.jp/enquete/occupation

*2 過去には、山中伸弥教授(2006年ナイスステップな研究者選定、2012年ノーベル賞受賞)や天野浩教授(2009年ナイスステップな研究者選定、2014年ノーベル賞受賞)もナイスステップな研究者に選ばれています。

*3 実は、日本科学未来館には坂井先生のご研究の展示があります(2019年6月現在)。写真や動画、望遠鏡のサンプルなどを展示していますのでぜひ見に来てください。

*4 科学ではどんなに無理に見えることでもよっぽどのことがない限り「不可能」とは書きません。できないと思われていても技術の進歩とともに可能になったというものが多々あるからです。なので、そのような場合には「非常に困難」などと書いてあることが一般的で、ここの教科書でもそのような書き方がされていました。

*5 具体的には、(1) 水素化ナトリウム(NaH)を塩基としてだけでなくヒドリド還元剤として使う方法や、(2) sp2炭素上の協奏的二分子求核置換反応(SN2)の2つの発見を講演会でお話されていました。今この発見の話を聞くと、「確かにそうなるだろうな」と簡単なことのように思えます。そんな簡単そうに見えるものを最初に示すことは相当難しいと同時に相当大きな発見なのです。

*6 実は、私は博士課程1年の2ヶ月半、井上先生とMatthias Driess(「マティアス・ドリース」のような発音)先生お二人の研究室へ短期留学に行っていました。当時の私は海外留学に消極的でしたが、行ってみれば貴重な経験と視点を得られた良い機会だったと感激したものです。私は太陽電池を研究していたので井上先生のご研究とはだいぶ違うように見えますが、この短期留学で得た知見と技術は明らかに私の博士論文にいきています。この頃から私は分野横断に積極的になりました。

*7 井上先生は他にも、アルミニウムやゲルマニウムなども研究されていますが、今回の講演会ではシリコンの研究を中心に話されていました。

*8 「化合物の形」と述べているのは、いわゆる「分子構造」のことです。いくつかの原子が様々な角度や距離で互いにつながっているジャングルジムのような全体像をイメージしてください。それはジャングルジムのように四角形の集まりかもしれませんし、じゃがいもの乱切りを爪楊枝で刺してつなげたような形かもしれません。

*9 サンフランシスコの北西にある「The Cedars(ザ・シダース)」という泉で発見した微生物です。

*10 その微生物は「OD1」という系統グループの1つであることが分かりました。OD1は、真正細菌の系統の中でもひときわ大きな系統グループを形成し、ゲノムは400-500 kbp程度と非常に小さいという特徴があります。更に、複製・転写・翻訳・細胞壁合成の遺伝子の存在は判明したものの、ゲノムにはATP合成酵素・アミノ酸代謝・核酸合成・解糖系・呼吸系・嫌気的エネルギー代謝に関わる遺伝子が存在しないという生き物で、その多くは謎のままです。

*11 土星の衛星である「エンケラドゥス」には液体の水があるだろうと予想されており、鈴木先生が発見した微生物に似たしくみの生き物が住んでいるかもしれません。