【きぼう・こうのとり10周年】宇宙じゃないとできない! 浮かぶ材料研究

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みなさん、こんにちは!科学コミュニケーターの片平です。

きぼう・こうのとり10周年ということで、科学コミュニケーター小熊からは、こうのとり運用チームからのお話を紹介しました。→ https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/201908291010.html

今回は国際宇宙ステーション(ISS)の中にある、「きぼう」日本実験棟で行われている実験の中から、これぞ宇宙で行う実験!と私、片平イチ押しの静電浮遊炉を使った研究をご紹介します!

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国際宇宙ステーション「きぼう」日本実験棟 ©JAXA/NASA

「きぼう」日本実験棟とは...
2009年7月に完成した日本初の有人実験施設。船内実験室と船外実験プラットフォームの2つの実験スペースからなるISSの中で、最大の実験モジュールです。

■静電浮遊炉とは?

静電浮遊炉は、静電気の力(クーロン力)を使って、サンプルを宙に浮かせた状態、より正確に言うと宙の1か所にとどめて、加熱し、その物質の性質を調べる装置です(下図)。通常(地球上)は、1か所にとどめる力に加えて、重力に逆らう力も加える必要がありますが、宇宙(微小重力)ならば、大きな重力に逆らう力を発生させる必要はありません。

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静電浮遊炉の原理 ©JAXA

宇宙空間と言えば、無重力、と誰もがイメージできる宇宙の特徴を、目に見えて研究に活かしている、まさに宇宙ならではの実験、と感じる推しポイントです!

■どうして浮かせて実験するの?~「器の器」問題

材料を浮かべて実験する浮遊炉、そもそもどうして浮かべる必要があるのでしょうか。

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炉内で物体が浮遊する様子 ©JAXA

それには、このサンプルがレーザーによって、最高3000℃!もの高温に加熱されることがかかわってきます。静電浮遊炉の実験は新しい材料開発や製造プロセスの開発につながることが期待されていますが、こうした材料の実験では、サンプルを入れる「器」が重要になります。

例えば、新しい「材料A」を開発します。この材料Aは一体何℃で溶けるのか?それを調べるには、材料Aが溶ける温度でも溶けない「材料B」で作った器Bが必要になります。さらに、材料Bが何℃で溶けるかを調べるには、材料Bが溶ける温度でも溶けない「材料C」で作った器Bを入れる器Cが必要になり......。と、「器の器」問題は無限に続いていきます。

それを解決する発想の転換が、器を使わない方法、つまり材料を宙に浮かべた状態で調べられれば、と考えられたのが、浮遊炉です!避けられないと思っていた「器の器」問題を解決するアイデアに拍手です。

前置きが長くなりましたが、そんな浮遊炉を使った実験を紹介しよう!ということで、現在「きぼう」で行われている実験「静電浮遊法を用いた鉄鋼精錬プロセスの基礎研究 ~高温融体の熱物性と界面現象~」の代表研究者である学習院大学の渡邉匡人先生にお話を伺いました。

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渡邉匡人先生 実験室も見学させていただきました
(撮影:科学コミュニケーター片平)


■「きぼう」で実験する研究者にお話を伺いました

――よろしくおねがいします。早速ですが「きぼう」にある静電浮遊炉を使った先生の実験について教えていただけますか。

私はもともと、半導体などに使われるシリコンの結晶に関する研究をしていて、これまでにも浮遊炉を使った実験を数多く行ってきました。例えばSpring-8にある装置を使った浮遊実験で、溶けたシリコンの性質やその内部の原子構造を調べる研究などに取り組みました。

ISSでの実験も、ESA(欧州宇宙機関)が持っている電磁浮遊炉を使った実験を行ってきました。電磁浮遊炉も同じくサンプルを浮遊させて実験する装置ですが、サンプルに流れる電流を使って浮遊させる仕組みの電磁浮遊炉では、実験できるサンプルはシリコンの合金など電気を通す物質に限られます。きぼうの静電浮遊炉ならば、電気を通さない酸化物などを使った実験もできます。

宇宙(微小重力環境)でなければならない実験を!

――ISSでの実験は非常に貴重な機会だと思うのですが、実験の内容などをどうやって決めたのですか?

微小重力で実験をする、というと、必ずそれは微小重力でなければならないのか?本当に必要なのか?と問われます。これまでの浮遊実験の経験をもとに、宇宙でなければ絶対にできない、「きぼう」の静電浮遊炉を使わないとできない実験をしよう。と考えたのが、今回提案している酸化物と鉄が接する時の界面張力を測定する実験です。

――水と油が界面張力の働きで混ざらないのと同じように、高温で溶けて液体となった酸化物と鉄の界面張力というのは、製鉄や溶接の分野では、2つの物質の間でどのように反応が起きるのかを考える上で、非常に大事な性質です。どんなところが"宇宙でなければ絶対にできない"のですか?

酸化物と金属である鉄とは、大きく密度が違います。地上でこの2つが接触した状態で浮遊させると、どうしても密度の高い鉄が沈んだような状態(図左)になってしまいます。私たちの研究では、2つがきれいに重なった球になる(図右)ことが重要で、これは宇宙でなければできません。

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2種類の物質を使った浮遊炉実験のサンプル形状(イメージ)

――重力がある限りどうしても避けられないから、宇宙、つまり微小重力でなければできない。

そうですね。微小重力空間ならば、球がうまく重なり合うような理想的な状態を作れます。この状態で球に振動を加えると、界面張力を測定できるのです。

※電圧を変化させることで、試料に振動を与えるとその振動の周波数から、2つの物質間の界面張力を測定することができます。詳細に興味のある方はこちらの先生の論文をご覧ください

■宇宙で実験するということ

――今、この実験はどのような状況なのですか?

一歩ずつ進んでいるところです。例えば、静電浮遊炉で試料の位置制御が正確にできているか、というような確認も必要です。解析や機器の調整など、JAXAとも協力しながら、改善を進めており、まだまだこれから続く実験です。例えば位置制御についてはこちらの図のように成功している例もあるのですが、上手くいかないこともあります。

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ISSでの静電浮遊炉実験のデータの一部(渡邉先生ご提供)

――(図を見ながら)確かに、きれいに真球になっていることがわかりますね。

このようなきれいなサンプルを作るための試行錯誤は地上の研究室で進めてきました。宇宙で実験するサンプルだから、と制作に携わってくれた学生の中にはISSでの実験の前に卒業してしまった学生もいますね。

――自分の研究が宇宙でどんな結果を生むのか、気になっているでしょうね。事前の入念な検討が必要であるように、宇宙での実験は、上手くいかないところを現場で少し手直しや、サンプルをやはりこっちが、というわけにもいかないですね。そういったところはもどかしく感じたりするのではありませんか?

確かにそうかもしれませんが、私自身は、自分が宇宙に行って実験したいと思ってはいません。それよりも私は、こうした制約がある中でどうやったらうまくいくだろう?誰がやってもうまくいくためにはどんな工夫が必要だろう?と考えることを楽しんで研究するタイプだと思います。

■国際宇宙ステーションは遠い場所?近い場所?

――地上とは違って様々な制約がある中で研究を考えることを楽しんでおられる。先生にとって、研究の場となる宇宙、国際宇宙ステーションはどんな場所なのでしょうか?

この研究を始めた頃は、地上とは全く異なる環境、やはり少し遠いところ、と考えていました。しかし、研究が進み、ISSのように重力がほとんど無い時、どんなことが起こるのか予想できるようになってきました。そういう意味で少し身近になってきたと言っていいでしょう。

――なるほど、研究が進むにつれて、宇宙という場所も少し身近に感じられてきている。

そして今、世界ではISSを越えて、月やさらに遠くの火星を目指す計画が動き始めています。私たちの研究にとって、月や火星のような、微小重力とも地球とも異なる環境で何が起きるのか、予想するのはとても難しいです。そうやって新しいチャレンジの世界が広がると、比較的近く、研究による理解も進みつつあるISSはもう地球の一部と考えなくてはならないのかもしれません。

――重力1つとっても、月(重力は地球の約15%)や火星(同じく約40%)のように条件が少し変わってくると何が起こるかまだまだわからない。新しい世界の広がりが、これからの研究の広がりにつながっているのですね。

月や火星という新しい魅力的な目標は、多くの研究者の興味ややる気を引き出すきっかけになるでしょう。若い人には大きな目標を持って、研究をもっともっと楽しんでほしいと思っています。

 


 

これからの研究者が研究を楽しんでほしい、と語る渡邉先生。宇宙での実験やそこにある様々な苦労を解決する試行錯誤するのを楽しんでいることがお話しされる様子から伝わってきました。

また、研究を進める中で、ISSや宇宙との距離感が少し近付くといったお話も興味深く聞くことができました。

私たちにとっても、ISSや宇宙と自分とのかかわりを見つける中で、少し身近に感じたり、やっぱり遠い場所だと思いをはせたりすることができるのかもしれません。

そんなきっかけになれば、と引き続きこのブログの中で、ISSで行われている研究をご紹介していきます。乞うご期待!

参考文献
1)Int. J. Microgravity Sci. Appl. 32(1) 2015, 320102
2)Int. J. Microgravity Sci. Appl. 36(2) 2019, 360207

また、今回ご紹介した静電浮遊炉(ELF)の実験以外にも「きぼう」での実験の進捗状況はこちらでご覧いただけます。http://iss.jaxa.jp/kiboexp/plan/status/