関東のみんな、オラに力をわけてくれ! ~雪のシチズンサイエンスのはなし~

みなさんこんにちは!
科学コミュニケーターの高橋明子です。

9月に入っても暑い、暑すぎる...と思っていたら急に涼しくなってきました。天気予報の最高気温や湿度を見て、ほっとします。
とはいえ、台風や大雨など、天気が気にならない日はないですね。

さて、今日はそんな天気にまつわる話をします。
雪のシチズンサイエンスの話です。

みなさん、雪はお好きでしょうか?
雨だとがっかりだけど、雪だとちょっとテンションが上がりませんか?
一面真っ白な世界、きれいですよね。
たくさん積もれば雪合戦、雪だるま、かまくら...本当にやるかどうかはさておき、とりあえず私はワクワクします。

しかし...雪は楽しいことばかりではありません。
特に東京都心で雪が降ると、

・視界不良・架線の切断で電車が遅れる、来ない!
・歩行者が滑って大怪我する!
・路面状況の悪化で車がスリップする、事故が多発する!
・電線が切れて停電する!
など、大混乱が起きます。
雪国の方には笑われてしまいそうですが、東京は雪に降られることに慣れていないので、わずかの積雪でも混乱してしまうのです。

大雪になればなおさらで、広域・長時間にわたり、社会の機能がストップします。ときには雪の重みでビニールハウスなどの建物が倒壊したり、積雪が車の排気口をふさぐことで一酸化炭素中毒が発生し、死亡事故に発展することもあります。

大雪が降った際の未来館チケットブース前 雪かきが大変です
(撮影:未来館スタッフ)

社会への影響がとても大きく、ときに人の命を奪う降雪。
もしかしたら、「天気予報で予測しているのに、どうして事前に備えられないんだろう?」と思った方がいるかもしれません。
大雪が降るとわかっているなら、あらかじめ学校や会社を休みにする、交通機関を運休にする、とか対策ができそうな気もします。
実は、関東の降雪はとても予測が難しいのです。

関東に雪をもたらす低気圧の多くは、本州の南側沿岸部を通過する「南岸低気圧」です。
まずはこの南岸低気圧の降水をもたらす雲が、陸のどこにかかるのかを予測します。
要は雨か雪かはさておき、水が降ってくるエリアや量を予想する、ということです。精確な予測が必要になるため、これだけでもとても難しいそうです。

次に、降るのが雨か雪かを予測しますが、ここで大事なのが大気下層の温度です。
日本の南の海上からの水蒸気を材料に、上空の雲の中で氷の粒ができ、雲の中で成長して「雪」になります。
もし上空から地表まで氷点下であれば、雪のまま落ちてきます。
一方、大気下層が温かければ、地面に落ちてくる前に融けて雨になります。
大気下層の温度次第で、雨か雪か予報が変わるわけです。

しかも!この大気の温度、上空から落ちてくる「雪」の影響で変わります。
例えば雪が融けるくらい温かい大気も、雪が融けるときに大気の熱が奪われ(凝結熱)、温度が下がります。
また乾燥した空気中で雪が蒸発(昇華)すると、さらに熱が奪われます(気化熱)。
降り始めは雨でその後雪になることがありますが、大気中ではこんなことが起きていたのですね。
大気下層の温度を正確に知るためには、南岸低気圧の位置・発達度合、低気圧に伴う雲・降水、地表面の温度・状態などを全部把握しなければいけません。
特に雲の中の高さ別の温度、水蒸気量、雲の粒の状態、またこれらが時間とともにどう変化していくのか、といった情報が乏しく、予測を難しくしています。

この雲の中の状態を知る方法のひとつが、雪の結晶の観察なのです。
雪の結晶には色々な形があり、結晶の形から雲の気温や水蒸気量、雲粒(つぶつぶ)の付着程度から過冷却*の水の粒の有無といった情報がわかります。
*通常0℃以下で水は結晶となり凍るが、安定した「足場」のようなものがなく、結晶の形を作れないために、氷点下でも液体の水でいる状態のこと。

雪結晶の種類と気温、氷飽和を超える水蒸気量との関係(小林ダイヤグラム:Kobayashi, 1961を改変)
(提供:荒木健太郎氏)
いろいろな形の雪結晶
左上:樹枝六花(じゅしろっか)、右上:濃密雲粒付着した枝付角板(えだつきかくばん)、左下:針状(しんじょう)結晶による雪片、右下:濃密雲粒付着した柱状(ちゅうじょう)
(撮影:荒木健太郎氏)

雪結晶の観察により、地上にいながらにして雲の中のことを知ることができる、よしこれで関東の雪雲の中で起きていることがわかるのね!と思いきや、そうはいきません。
一瞬で消えてしまう雪結晶、一人の研究者が一度に観察できる地点は一か所です。定点観察だけならいいですが、関東の降雪の仕組みを知るためには多地点のデータが必要です。
そこで市民の出番です!

気象庁気象研究部の研究官である荒木健太郎さんが立ちあげた「#関東雪結晶 プロジェクト」では、市民が撮影した雪結晶の写真を集めています。このような市民参加型の研究手法は「シチズンサイエンス」と呼ばれています。関東のみなさんが写真を撮影してくれれば、多地点のデータが集まり、「雪結晶のビッグデータ(by荒木さん)」になります!雪結晶写真の元気玉です。

「#関東雪結晶 プロジェクト」を立ち上げた荒木健太郎さん さわやかです
(提供:荒木健太郎氏)

撮影にあたって用意するものはこちら。
スマホ、ものさし、黒い布、できれば100円ショップで買えるスマホ用マクロレンズ。
雪が降ってきたら、これらのグッズを持って外に出ましょう。
なお、撮影のコツは「#関東雪結晶 プロジェクト」のサイトに詳しく書いてあるので、このブログの末尾のリンクを見てみてください。

いざ写真が撮れたら、空ウォッチというお天気SNSのアプリで雪結晶の種類を分類しつつ、写真をアップロードして完了です。とても手軽に研究に参加できるしくみですね!

科学コミュニケーターの保科も撮ってみました 初めての撮影でもきれいに撮れました
(撮影:保科優)

2016年から始まり、すでにたくさんの成果を上げているこのプロジェクト。降雪をもたらす雲の中で起きていることが、少しずつ明らかになり始めています。今後これらの成果が活用され、関東の降雪のしくみの解明や、予報精度の向上につながっていくことでしょう。
市民が参加した研究の成果が、自分たちの生活に還元される、そんな取り組みになるのではないでしょうか。

そして他にもこのプロジェクトの大事な成果があります。シチズンサイエンスの降雪研究に参加することで、「市民が雪に関心を持つ」ことです。撮影しながら、雪結晶の美しさに惹きつけられた人はきっとたくさんいたでしょう。それだけではなく、雪結晶を撮影することで、結晶にも色々な形があることを知り、雲や降雪についても知ることにつながります。
この記事の中では雪のことを随分簡略化して書きましたが、詳しく知れば知るほど、いつも見ている雲の中でこんなドラマがあったとは...!と驚くことばかりです。
みなさんもぜひ「#関東雪結晶 プロジェクト」などのHPを覗いてみてください!何気なく見ている雲や雪の見方が変わるかもしれません(かわいい雲のキャラクターも必見です)。

そしてこの冬、もし雪が降ったら雪結晶を撮影し、自分の頭上にいる雪雲の謎解きに皆さんも参加してみてはいかがでしょうか。

謝辞
本記事の執筆にあたり、気象庁気象研究所研究官の荒木健太郎氏に画像の提供等ご協力をいただきました。厚く御礼申し上げます。

#関東雪結晶 プロジェクト
http://www.mri-jma.go.jp/Dep/fo/fo3/araki/snowcrystals.html#detail(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

空ウォッチ
https://sora-watch.3d-amagumo.com/(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

気象庁HP 予報が難しい現象について (太平洋側の大雪)
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yohokaisetu/ooyuki.html(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

市民科学/シチズンサイエンスを紹介している科学コミュニケーターブログ
夏だ! 海だ! マイクロプラスチックだ!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20190809post-870.html(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

市民科学で日本中のマルハナバチを調査しよう!
https://blog.miraikan.jst.go.jp/other/20190821post-872.html(リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)

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