SDGsリレーブログ・バングラデシュ編 建物を"強く"して、生活を支える【後編】

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 TSUIBプロジェクトでは、バングラデシュから留学生を受け入れている。日本で学んだ知識や技術をバングラデシュに持ち帰ってもらい、現地の建物への応用や、知識の普及を進めてもらうことが狙いだ。

 東北大学工学研究科で学ぶ留学生、モハメド・シャフィウル・イスラムさんは耐震診断の手法を開発し、2019年9月に博士号を取得し帰国する。もう一人の留学生、ジャシア・タフィーンさんは昨年秋に来日し、博士課程の研究に取り組み始めた。お二人から、バングラデシュの様子や留学中の活動についてお話を聞いた。

前編はこちら→

https://blog.miraikan.jst.go.jp/topics/20191004sdgs-2.html

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ジャシア・タフィーンさん(左)とモハメド・シャフィウル・イスラムさん(右)

 

<インタビュー>
シャフィウルさん「インフラ、産業、教育・研究機関、交通機関......すべてのものが発展しています」

小林 まず、シャフィウルさんのご出身はどちらですか?

シャフィウルさん パブナという場所です。1828年に成立した、昔からある街です。都市部と農村部があり、農村部には川や水田があります。最近ではロシアとバングラデシュ政府が共同してパブナに原子力発電所を建設する計画があります。

 

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パブナとダッカの位置(地図:©OpenStreetMap contributors)

 

小林 近年、バングラデシュはめざましい経済成長を遂げていますが、パブナでも変化を感じますか?

シャフィウルさん 間違いなく変化しています。バングラデシュの経済は少しずつ発展していて、もうすぐ最貧国(Least Developed Country)から開発途上国(Less Developed Country)になろうとしています。私が生まれた頃(※35年ほど前)、パブナでは産業や教育・研究機関が限られていましたし、ほとんどのものがダッカにしかありませんでした。今はダッカ以外の都市にも大学や研究機関があります。交通機関なども含め、すべてのものが発展しています。

 

 

ジャシアさん「ダッカの交通量は確実に増えた。状況がよくなればいい」

小林 ジャシアさんのご出身はどちらですか?

ジャシアさん 幼少期は海外で過ごし、2000年からダッカに住んでいます。ダッカには東南アジアで最大の複合ショッピングセンター「ジャムナ・フューチャー・パーク」があります。私の父が建設プロジェクトに深く関わっていたこともあり、とても感慨深い場所です。

小林 ダッカでも経済成長による変化を感じますか?

ジャシアさん はい、変化を感じます。ダッカの交通量は確実に増えたと思います。政府は対策を立てようとしていますが、まだ進行中です。もう少し状況がよくなるといいなと思います。

 

 

シャフィウルさん「ラナプラザの倒壊事故をきっかけに防災政策を学ぶために日本に留学した経験も」

小林 日本に来る前はどんなことをされていたのですか?

シャフィウルさん 大学を卒業した後、2008年からバングラデシュ全国の建物や都市計画を管理する、住宅公共事業省で働いています。2013年、ラナプラザの倒壊事故をきっかけにバングラデシュ政府が職員の能力強化に力を入れました。その際、JICA(国際協力機構)のプログラムで防災政策を学ぶために1年間東京に留学したことがあります。

小林 ジャシアさんはどんなことをされていたのですか?

ジャシアさん 日本に来る前は、バングラデシュで土木工学を学び修士号を取得しました。

小林 どんなきっかけで土木工学を学ぶことにしたのですか?

ジャシアさん 小さなころから高層ビル、橋、ダムなどを見るのが好きでした。土木工学を学んだら、こんなに素敵な構造をどうやって作るのかがわかるはず、と思ったんです。

 

 

シャフィウルさん「自治体による東日本大震災の被災地復興の取り組みに重要な学び」

小林 お二人は、東日本大震災の被災地を訪問されたと聞きました。

シャフィウルさん プロジェクト会議のためにバングラデシュ側のスタッフが来日した際、前田先生やプロジェクトメンバーと石巻や女川などの被災地を訪れました。

小林 現地の人と交流はありましたか?

ジャシアさん はい、現地の人とお話して、津波が来たときのことや、どのように生きのびたかなど、被災当時のことをたくさんうかがいました。

シャフィウルさん 2012年に訪問したとき、現地はひどい状況でした。女川も石巻も名取も......。でもその後、2015年に再訪したときには復興や移住が進められていて、大きく変化していました。そこには地方自治体のたくさんの活動があったようです。仙台市職員の方から直接お話を聞く機会があり、どのように人々の意識を変え、復興や移住を始めていったのかなど、とても重要なことを学びました。

 

 

シャフィウルさん「壊れやすい建物を見つけ、補強を進めていく。全力で取り組んでいきたい。」

小林 博士課程修了後は、どんな活動をしていきたいですか?

シャフィウルさん 私はバングラデシュの建物を管理する立場の人間として、いまある建物に対する耐震診断の技術を学んでいます。国内には本当にたくさんの壊れやすい建物がありますが、すべての建物に対して耐震診断を行うには、膨大な時間と人手と予算が必要です。そんな状況をどうにかするために、私は簡単に耐震診断ができるVR(Visual Rating)を開発しました。博士課程を終えたら、この手法をバングラデシュに導入していきたいです。壊れやすい建物を見つけ、補強を進めていく。この取り組みを続けていくことで、バングラデシュの都市は地震に対する"強さ"を得ると思います。これが、私が全力で取り組んでいきたいことです。自分が責任をもってやらなければならないことだと思っています。

 

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VR手法開発のために現地調査を行ったプロジェクトチーム
(写真:シャフィウルさん提供)

 

 

ジャシアさん「日本で習得した実験手法を使って学生たちと研究活動を進めたい」

小林 ジャシアさんは、博士課程修了後にどんな活動をしていきたいですか?

ジャシアさん 大学に戻って、学生たちと一緒に研究活動を続けたいです。日本に来て9カ月(2019年7月現在)になりますが、今は主に実験手法を学んでいます。反力フレーム(reaction frame)という構造物の強度を調べる 実験機器を使います。博士課程を修了したら、習得した実験手法を使って学生たちと研究活動を進めていきたいです。彼らへの教育を通して、私が日本で得た知識や技術、経験などを広めていくことができるのではないでしょうか。

 

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実験機材を操作するジャシアさん

 

 

<後記>

 特に人口が集中する都市において、壊れやすいインフラが生み出す被害は、倒壊による直接的なものだけでなく、衛生環境を悪化させ感染症などの二次的な被害を引き起こす可能性がある。壊れやすい建物を見つけ出し、補強していく、という取り組みは、目立たないものかもしれないが、その地域に住む人々の生活の根底を支えるものだと思う。

 シャフィウルさん、ジャシアさんの指導教員である前田教授は、留学生のお二人によく「日本とバングラデシュをつなぐBridge person(かけはし)になってほしい」と話すそうだ。

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シャフィウルさんとジャシアさんの指導教員 前田匡樹教授

 そして今回、シャフィウルさん、ジャシアさんとお話して、前田教授の想いはしっかりと伝わっていると感じた。プロジェクトが終了した後も留学生を通して現地とつながり、仲間を増やしながら、人々の生活の基盤である街を、安心して住める"強い"ものにしていく活動を期待したい。