SDGsリレーブログ・モロッコ編 伝統の食薬文化×機能性研究で新たな価値を【前編】

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 北アフリカのモロッコには、ハーブティーやオイル美容など、植物の恵みを使って、健康と美しさを保つ伝統の「食薬文化」が根付いています。これら食薬の効果に科学的根拠を与えて商品価値を上げることができれば、現地で深刻な問題となっている高い若者の失業率を少しでも減らすことができるかもしれません。そればかりでなく、私たち日本人の健康にもつながるかもしれないのです。

 SDGsリレーブログ第3弾である今回は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標1「貧困をなくそう」、目標3「すべての人に健康と福祉を」、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に注目して取材しました。(科学コミュニケーター森脇沙帆)

20191011moriwaki01.jpg取り組みに関係するゴール(SDGs1番,3番,9番目のゴール)

食薬文化に科学的根拠を与えて若者の雇用をつくりだしたい!

 刺すように強い日差しに、乾燥した大気。世界で一番広い砂漠であるサハラ砂漠が、国の南部に広がるモロッコには、そんな砂漠の乾燥した気候にも耐えられる、パワフルで世界的にも珍しい多くの植物が育っている。

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オリーブ畑が乾燥した大地に広がっている(写真提供:SATREPS)

 筑波大学地中海・北アフリカ研究センター長の礒田博子教授は、これまで100回以上、チュニジアやモロッコなどの北アフリカの国々に訪れている。その中で、地元の人々が植物をオイルやハーブなどのかたちで医薬品や食品として日常生活に取り入れている姿を見てきた。「農村部などだけでなく、都市部でも食薬文化が、たくさん根付いている」と言う。

「特にミントティーは良く飲みますね。食後には必ず飲むので最低でも1日3回。胃の消化促進効果があると言われています」

 そう語るのは、モロッコの都市マラケシュ出身で筑波大学大学院生命環境科学研究科博士課程3年のムアド・サブティーさん。サブティーさんによると、ぐっすりと眠るためにはレモンバーベナのハーブティー、体調が悪い時には胸にアルガンオイルにアロマを混ぜたものを塗る。せきをしずめる効果などがあるそうだ。

 そんなモロッコが抱える社会課題がある。それは若者の失業率が高いことだ。モロッコの若者の失業率は21.9% (日本の若者の失業率は3.4% )。実は、サブティーさんも卒業後の就職が見つからず困っている当事者だ。また、農家の収入の少なさも課題だ。モロッコの全人口約3500万人のうち、貧困層と呼ばれる人たちが約1400万人。そのうちの60% の人は農業で生計を立てていることから、彼らの収入を増やすことができれば貧困問題の撲滅にもつながる。

 そこで、礒田教授らは、モロッコに昔から根付く食薬文化に目を付けた。地元で使われている植物を研究の対象にすることにしたのだ。「農産物の価値を上げたい。そのためには科学的根拠が必要」と礒田教授。科学的に証明された機能を表示された食品は、一般の食品と比べ消費者に選ばれ、高値でも売ることができる可能性が高まる。

 日本では、体に良い成分を含む機能性食品の研究を1980年代より世界にさきがけて行ってきた結果、研究ノウハウが蓄積している。そして私たち日本人の多くはこれらの科学的に裏付けされた機能が表示された食品を、健康維持や生活習慣病のリスクを下げるために、食生活に取り入れており、市場規模も年々拡大している。こうした技術や考え方をモロッコでも広げることにより、モロッコの農産物の価値を上げ、農業に関わる人々の収入を増やす。ひいては新たな産業もつくり、雇用を増やすことがプロジェクトの目標だ。


産地偽装を見破れ! 偽物「100%アルガンオイル」を見分ける技術を開発中

 日本でも、女性を中心に美容オイルとしての人気が高まっているアルガンオイル。筆者も愛用しており、髪や手足が乾燥した時にさっと塗っている。

20191104moriwaki_02.JPGアルガンの実とアルガンオイル(写真提供:SATREPS)

 アルガンオイルが採れるアルガンの樹はモロッコでしか育たないはずなのに、世界で流通しているアルガンオイルの量はモロッコの生産量を上回っているという。「100%アルガンオイル」をうたっていても、実はそもそも違う油が入っていたり、サラダ油などの他の油が混ざっていたりすることもあるそうだ。こうした「産地偽装」が横行した結果、本来モロッコの農家に入るはずの収入が入らない、という問題も生じている。

 そこで現在、礒田教授らはアルガンオイルに違う油が入っていないかを見分ける技術をつくろうとしている。アルガンオイルには特有の機能成分が3種類ほど入っている。それらの成分が全体のどれくらいの割合で入っているのかを調べることで、純粋なアルガンなのか、何かが混ざっているのかを見分けることができる。この技術が確立されれば、偽物のアルガンオイルの流通を防ぐことができ、価値をさらに高めることにつながると期待されている。



20191011moriwaki02.jpgアルガンオイルに特有の成分A-Cの割合を調べることで偽物を見分ける

 プロジェクトでは、そのほか、アルガンオイルの美白効果やローズマリーの抗不安効果、デーツやヒヨコ豆の抗がん効果に関わる成分の発見やどれほどの効果があるのかの解析などに成功している。


研究成果は日本の人々の健康にも貢献~結果的には市場拡大によってモロッコの社会課題の解決にも貢献~

 モロッコの食薬文化を支える植物資源の研究は、モロッコが抱える課題を解決するだけにとどまらない。礒田教授らが同時にめざすのは「日本の健康寿命を延ばすこと」と、「日本の産業力をあげること」。日本が抱える課題も同時に解決しようとしているのだ。

 健康寿命とは、日常的に介護などを必要とすることなく、自立した生活を送れる期間のこと を言う。日本の平均寿命は世界トップレベルだが、平均寿命が長い分、人生の内約10年前後、寝たきりの状態で生活を送っている という。この寝たきりの期間を短くし、健康に過ごす期間を延ばすために、モロッコの食薬資源を役立てようとしているのだ。

「モロッコをはじめ北アフリカに生える植物は、その気象や土壌の影響により、人の健康に非常に効果のある成分を多く含んでいるということが、研究を進めるうちに分かってきた。そんな食薬資源の魅力を、日本企業にもっと知ってほしい! そして日本の食品や化粧品産業などに取り入れていくのが非常に良いと考えている」

 現在、礒田教授らは、オリーブオイル製品をつくるモロッコの会社と共同研究を行っている。フランスやマレーシアなど国外では、すでに「"記憶力の高まる"オリーブオイル」として売られている製品でも、日本で機能性表示食品(例えばトクホ)として売る時には、安全性や機能性の科学的根拠に関する情報を消費者庁に届け出なければならない。 
そこで、"記憶力アップ"の根拠を科学的に解明し、なんとか日本での販売に漕ぎつけようとしている。そうすれば、日本の人々もモロッコの機能性オリーブオイルなどを日常的に食べることができ、健康寿命を延ばすことができるかもしれないと期待している。


参考文献
1) 外務省 国別開発協力方針(旧国別援助方針)・事業展開計画 対モロッコ王国 国別援助方針(平成 24 年 5 月)
2) 総務省統計局 労働力調査(基本集計)平成30年(2018年)平均(速報)
3) JICA モロッコ王国貧困プロファイル
4) 日本介護予防協会HPよりhttps://www.kaigoyobou.org/useful_blog/2095/(2019年9月12日最終確認)
5) 内閣府 平成30年版高齢社会白書