SDGsリレーブログ・マレーシア編 養殖池のヘドロから"高く売れるもの"をつくる【前編】

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 人口の増加などに伴って高まる魚介類の世界的な需要は、養殖によって支えられています。しかし、養殖場ではエサの食べ残しやフンがヘドロ状になった"汚泥(おでい)"の処理に頭を悩ませています。適切な処理にはお金がかかるため、東南アジアなどではそのまま海に廃棄され、海洋汚染の原因になっています。もし、汚泥を有効に使って "高く売れるもの"を生産することができれば、海洋汚染だけでなく貧困も同時に解決できるかもしれません。
今回はSDGsの目標1「貧困の解消」、目標12「つくる責任つかう責任」、目標14「海の豊かさを守ろう」に注目して取材しました。(科学コミュニケーター小林望)




養殖池のヘドロが与える影響

 マレーシア沿岸部の汽水域には養殖池が点在する。その総面積は東京ドーム3600個分以上に相当する1万7千ヘクタールに及び(1)、エビなどの養殖が一年を通して行われる。3~4カ月ほどかけて一回の養殖を終えると、池の底にはエビの糞尿や餌の食べ残しが堆積しヘドロ状になったもの、有機汚泥(ゆうきおでい)が残る。

20200327_kobayashi_01.jpg水を抜いた養殖池。黒い水たまりのように見えるのが汚泥
(東京大学大学院水圏生物環境学研究室 片山智代助教提供)



 マレーシアは養殖業が盛んな国のひとつだ。養殖魚介類は比較的安価なため国内外で需要は大きく、日本にも養殖エビなどが多く輸出されている。このため現地では、非常に高い密度で魚介類の飼育がおこなわれる。例えばエビの場合、水深1メートル前後の養殖池1ヘクタールでおよそ10万~30万匹が同時に飼育される(2)という。餌は不足しないように過剰に投入され、その結果、食べ残しが池の底に沈殿してさらに汚泥は増える。

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バケツですくった汚泥(片山助教提供)



 ヘドロで汚れた水は病原微生物が繁殖しやすく、エビに与えるストレスも大きいため病気が発生しやすい。エビの病気が発生して生産性が落ちないように抗生物質(抗菌剤)が投与される。高濃度の抗生物質は人体に悪影響を及ぼすため、残留薬物が基準値以上のエビは規制の対象となる。
「マレーシアのエビ養殖業者はエビの病気に悩まされています。エビの死亡を防ぐために禁止されている抗生物質を使用してしまい、市場取引が禁止されるケースもあります」とマレーシアからの留学生ノラジラ・アブド・ラフマンさんは言う。
「汚泥による水質悪化が原因で発生するエビの病気対策に使われる薬品は、食の安全の問題にもつながります。これはマレーシアに限らず、養殖が盛んな他の地域、例えばタイやベトナムなどでも問題になっています」と生物海洋学が専門の片山智代助教(東京大学大学院水圏生物環境学研究室)も話す。

 水質を保つために、次の養殖を始める前には溜まりにたまった有機汚泥を取り除く必要がある。しかし、汚泥の適正な処理は必ずしも行われていない。マレーシアの養殖業者が行っている従来の方法は"海への垂れ流し"だ。養殖池には海につながる穴があり、潮が引くタイミングに合わせて水を抜くことで、汚泥を海に排出できる仕組みになっている。そして、満潮に合わせて新しい海水を取り入れるのだ。海に直接廃棄されている汚泥の量は、エビの養殖場100ヘクタールあたり1年間で3500トンにも及ぶという推定がある。(3)
 海に流出した汚泥は、アンモニア濃度やリン濃度の上昇などの水質悪化を招き、魚やエビの大量死やプランクトンの異常増殖(赤潮)などを引き起こしている。また、海底に堆積した汚泥は、分解の過程で海底の酸素を消費し尽くすなど、海の生物が生息しにくい環境も作り出す。「現地で大きな環境問題になっています」と片山助教はいう。


汚泥を宝の山に生まれ変わらせる

 一方で、汚泥は肥料の成分でもある窒素分を豊富に含むため、見方を変えれば宝の山でもある。
これまでも、汚泥を原料にして堆肥をつくる、という方法がマレーシアの養殖業者の間で知られていた。しかし、堆肥の価格は安く「この方法では処理にかかるお金をなかなかまかなえません」と片山助教。「持続可能性からはほど遠いのです」
ならば、汚泥を利用してもっと"高く売れるもの"を作ることはできないか?
 片山助教が参加するSATREPS(サトレップス)のプロジェクト「微細藻類の大量培養技術の確立による持続可能な熱帯水産資源生産システムの構築」(COSMOSプロジェクト)では、水中の植物プランクトン"微細藻類"に注目した研究を進めている。微細藻類とは、字のとおり、直径10ミクロンほどの小さな藻類のこと。海や川などの水中に生息する単細胞生物で、光合成を行う。微細藻類の中にはオイルや抗酸化物質(カロテノイド)など、人間にとって有用な物質をつくりだす種がいる。

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COSMOSプロジェクトで注目している微細藻類のひとつ。
「珪藻(けいそう)」というグループに属し、カロテノイドやオイルを産生する。泡のようにみえる部分にはオイルを蓄積している。(片山助教提供)



 微細藻類はバイオエネルギーの原料としても注目されてきたが、汚泥処理のコストをまかなうには、さらに高い経済価値を持った微細藻類を探す必要があるという。
「いま注目しているのは、グリーンバイオと呼ばれる、農業や食品分野で利用可能な微細藻類です。例えばEPA(エイコサペンタエン酸)、DHA(ドコサヘキサエン酸)などの不飽和脂肪酸や抗酸化物質のカロテノイドを産生する藻類。これらの物質を産生する藻類をたくさん培養して、人のサプリメントや水産物の餌料のような製品にできればと考えています」
 プロジェクトが目指す持続可能な養殖の全体像はこうだ。
まず、養殖池から回収してきた汚泥に含まれる窒素成分(タンパク質)を、微生物に分解させてアンモニアガスとして取り出す。このアンモニアガスを栄養分として、有用な微細藻類を大量に培養する。この微細藻類を売却して得られた利益で、堆肥化や焼却など残った汚泥に適正な処理を施し、環境に負荷をかけないようにする。
「汚泥が適正に処理される仕組みをつくることで、海洋環境と食品安全を守るだけでなく、養殖業者の貧困問題にも貢献できるのではないか」と片山助教は期待する。


今あるものを有効利用して持続可能な養殖をめざす

 いま環境によくない影響を与えているものや、身近にあるなんでもないものでも、使い方しだいで高い価値を生み出すことができる。プロジェクトの根底にはそんな「今あるものを有効利用する」という視点があるという。このため有用な微細藻類も現地の種を使う予定だ。
 ラフマンさんは、片山先生らとともに有用な微細藻類を見つけ出すためマレーシアの各地から水を採ってきて、その中にいる微細藻類を調べている。「マレーシアは生物多様性の豊かな国です。海洋、沿岸部、淡水など、多様な水域がたくさんある。微細藻類はあらゆる水の中に生息しているので、本当にたくさんの種がいます」

20200327_kobayashi_06.jpg船の上から水を採取する様子。水温や水質などのデータも同時にとる
(片山助教提供)


20200327_kobayashi_05.jpg船の上からロープのついたボトルを沈め、目的の深さの水を採取する
(片山助教提供)

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淡水から採集した微細藻類たちの様子。写真のように複数の種が
混ざった状態の水を薄めて1細胞ずつ単離していく。(片山助教提供)



 同じ種の微細藻類であっても有用物質を生産する能力に個体差があるため、一個体ずつ別の培養瓶に取り分けて培養する。「そうやって得られた数百の培養株から、"とても有用"なものを選別していきます」


20200327_kobayashi_07.jpg培養中の微細藻類。種によって産生する物質が異なり、違う色に見える。(ラフマンさん提供)

 「有用成分を生産すること以外に、大事なのはよく増えてくれること。人工的な環境で、素早く、簡単に増殖してくれるのが望ましい」とラフマンさん。二人はこれまでに、有望な株を10株ほど見つけ出したという。
さらに、こうして見出した有用な株を効率よく培養するための培養技術についても研究が進められている。

 魚介類の消費量はアジアを中心に年々増加している。(4) 鮮度を保ったまま輸送する技術の発達などにも後押しされて、市場が拡大しているのだ。増加する消費を支えているのは養殖だ。世界の漁獲量・養殖生産量全体に対し、養殖が占める割合は上昇傾向にある。(4)
 プロジェクトが開発する技術はまだ発展途上にあるが、プロジェクトが提案する持続可能な養殖のあり方や、今あるものを活用するという考え方は、他の地域にも適用できる。プロジェクトでは、マレーシアと同じように持続可能ではない養殖のあり方が指摘されている、アフリカなどの熱帯地域にも展開したい考えだ。

(後編につづく)


参考文献
(1)Membrane technology for water and wastewater treatment in rural regions, Rosalam Sarbatly, 2020
(2)『アジアのエビ養殖と貿易』成山堂書店 2003 年、Shrimp News International
(3)Castin et al. (2013) Wastewater treatment for land-based aquaculture: improvements and value-adding alternatives in model systems from Australia. Aquaculture Environment Interactions, 4: 285-300.
(4)World fisheries and aquaculture, FAO, 2018