SDGsリレーブログ・タイ編 大量のバイオマスが液体燃料になる!?エネルギー不足を救うクリーンエネルギーの開発【前編】

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 経済成長著しい東南アジアのタイは、エネルギー需要が高まる一方、自国の化石燃料資源の枯渇に直面しています。そこで、一年中温暖なタイの気候によって生まれた豊富なバイオマス(植物資源)を、エネルギー資源として活用する取り組みが進められています。ポイントは、バイオマスの種類を選ばず、使い勝手の良い液体燃料に転換できるかどうか。地球温暖化対策につながるだけでなく、農村の発展を願った前国王の遺志も引き継いだプロジェクトです。今回は、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」に注目して取材をしました。(科学コミュニケーター綾塚達郎)


20200416_ayatsuka_01.jpgバイオマスからつくられた軽油

バイオマスで挑む、エネルギー不足と二酸化炭素排出削減

 世界トップ3に入る天然ゴムの生産量を誇るタイには、広大なゴムノキのプランテーションがいくつもある。栽培条件によるものの、15年ほどに一度は大規模な植え替えが必要なため、そのたびに大量の廃材が発生する。薪として直接燃やして利用されたとしても、使用用途は限られている。就業人口の約4割が農業を営む農業国のタイには、こうしたゴムノキを始めとした大量のバイオマス(植物資源)が存在する。バイオマスの有効活用はタイの重要な国策になっている。


20200416_ayatsuka_02.jpgゴムノキ林。樹皮を傷つけて天然ゴムの原料を採取する


 背景にあるのはエネルギー不足の問題だ。タイは国内の天然ガス田に頼ってきたが、近年その貯蔵量が減少し枯渇の危機にさらされている。経済成長にともない石油や石炭などの輸入も行ってきたが、経済的な負担も大きくなっている。また、化石燃料を大量消費すると、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を大量に出してしまう。パリ協定で、タイも排出削減に取り組むことを約束している。

 こうした背景から、タイ政府は2015年、代替エネルギー開発計画(Alternative Energy Development Plan : AEDP)を発表した。この計画では、電力、熱利用、輸送燃料を含めた全エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を、2014年時点では約12%だったものを2036年までに30%まで引き上げる目標を立てている。中でもバイオマスの位置づけは大きく、例えば自動車などに使う輸送燃料では、2014年には約6.7%の割合だったバイオマス燃料を、2036年には約25%まで引き上げる目標を立てている。

 こうした野心的なバイオマス利用目標には、前国王の遺志も見て取れる。
 「プミポン・アドゥンヤデート前国王が、タイ国民の生活をより良く持続可能なものとするため、昔からバイオマス資源の利用に取り組んでこられたことの影響は大きいです」と、タイからの留学生で、富山大学工学部応用化学科、触媒・エネルギー材料工学研究室に所属するルンティワー・コソ―ルさん(28)は話す。
 いまなお国民から慕われる前国王は、国民、なかでも農民の生活向上のためのプロジェクトを数多く手がけた。1961年にはバイオエタノール用に適したサトウキビ品種に関するプロジェクト、1983年にはパーム油をバイオディーゼルに変換するプロジェクトを進めた。実際、国内のバイオエタノール消費量も年々増加しているという。


液体燃料化でバイオマスの弱点を克服

 そんなタイのバイオマス活用をさらに進めるために、2016年度、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の研究プロジェクト「バイオマス・廃棄物資源のスーパークリーンバイオ燃料への触媒転換技術の開発」が立ち上がった。富山大学工学部応用化学科、触媒・エネルギー材料工学研究室、教授の椿範立(つばきのりたつ)さんと、チュラロンコン大学理学部工学科、教授のタラポン・ビティサントさんが代表を務める。


20200416_ayatsuka_03.jpg左:椿範立さん 右:タラポン・ビティサントさん


20200416_ayatsuka_03-2.jpg首都バンコクの北東、サラブリ県に実験場のバイオマス燃料エネルギーセンターがある。(地図:©OpenStreetMap contributors)


 バイオマスは、燃やして熱としての利用や発電に使うのが一般的だ。こうしたバイオマスの利用には2つのハードルがある。1つ目は、原料となるバイオマスを集めるには大きなコストがかかることだ。バイオマスは石油や石炭と比べ、同じ量を燃やして得られるエネルギーが小さいうえにかさばる。このため、山林や農地の近くなどバイオマスを大量に集めやすい場所でエネルギーにする必要がある。2つ目は、つくったエネルギーを遠い消費地に届けづらいことだ。電力にしても、送電線を大規模に整える必要があり、コストが膨れ上がる。これらの2つのハードルによって、バイオマスは"地産地消"が基本で、活用に適した場所が限られてしまっているのが現状だ。


20200416_ayatsuka_04.jpgバイオマスを集めるハードルとエネルギーを届けるハードルがある


 そこで今回のプロジェクトが注目するのが、FT合成(フィッシャー・トロプシュ合成)と呼ばれる方法だ。バイオマスを蒸し焼きにして出来た一酸化炭素と水素の混合ガスを、触媒反応を使って軽油やガソリンなどの液体燃料に変換することができる。液体燃料は運びやすく、山林や農地から遠くにある首都圏や工業地帯などでの使用も期待できる。


20200416_ayatsuka_05.jpgFT合成プラント


 「燃やせるバイオマスはほぼ全て使えます。バイオマスの種類に合わせて燃焼条件を調整するのは大して難しいことではありません」
 椿さんはこう強調する。蒸し焼きにして一酸化炭素と水素が発生するものであれば何でも原料として利用できるのが強みだ。農業国タイでは、あらゆるバイオマスが大量に手に入る。


20200416_ayatsuka_06.jpg木材チップ製造工場。大量のバイオマスを砕いて使いやすくしている


20200416_ayatsuka_07.jpgゴムノキから作られたペレット


 さらに、このプロジェクトでは二酸化炭素の排出が抑えられていることも大きな魅力だ。全体の工程で出てくる二酸化炭素の量は、バイオマスをつくり続けたときに吸収する二酸化炭素の量よりも少ないことが報告されているという。このプロジェクトで作った軽油でディーゼル車を走らせれば二酸化炭素をほぼ排出しない計算となる。


成否のカギを握る触媒技術、都市のごみも原料に

 バイオマスを利用したFT合成は、世界的に見るとまだ普及が進んでいない。天然ガスや石炭、原油といった化石燃料と比べると、まだ価格競争で負けてしまうからだ。
 このためプロジェクトの成否のカギを握るのが、椿さんの研究室が得意とする触媒の研究開発だ。この触媒は、一酸化炭素と水素の混合ガスを液体燃料に変換するのに必要となる。2018年には、コバルト系カプセル触媒という特殊な触媒の開発に成功し、世界的に有名な学術雑誌にもその成果が掲載された。触媒の構造を変えることで、原料として必要なコバルトの量を大幅に抑えることに成功した。コバルトはレアメタルの一つで価格も安くはない。今までのコバルト触媒では全体の重さの30~40%のコバルトを使用していたところ、今回の開発で5~10%以下まで削減することが可能となった。
 また、椿さんの研究室が開発する触媒には他にも鉄系触媒、銅亜鉛系触媒などいくつもの種類がある。実は、こうした触媒を使い分けることで、FT合成で得られる液体燃料の種類を変えることが出来る。
 椿さんは「メタノール、軽油、ガソリン、ジェット燃料など、現地のニーズに合わせて様々な生成物を選べることもFT合成の大きな強みです」という。


20200416_ayatsuka_08.jpgバイオマスを使ったメタノール合成反応後の銅亜鉛系触媒


 今後の展望として、バイオマス以外にもごみとして大量に出されるタイヤやプラスチックもFT合成の原料として使う研究が進められている。こうした研究が進めば、バイオマスが大量にある農村部だけでなく、都市部でも液体燃料を作ることが出来る。


20200416_ayatsuka_09.jpg都市部から大量に出る廃棄物も原料になる


 椿さんは「FT合成は燃やせるものがあれば地域を選ばず応用することが出来ます。世界的にもインパクトが非常に大きく可能性を秘めた技術だと思っています」と話している。


 後編では、タイからの留学生、ルンティワー・コソ―ルさんとのインタビュー内容を掲載する。