ヒト受精卵へのゲノム編集 Part 3 ~あなたはどう思う?会場からの声~

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5月29日に開催したゲノム編集に関するトークイベントの様子をシリーズでご紹介しています。
Part 1、Part 2では、国立成育医療研究センターの阿久津英憲先生、東京大学医科学研究所 公共政策分野の武藤香織先生の基調講演をふり返りました。
Part 3では、会場のみなさんも交えたディスカッションの様子をお届けします。

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まずは客席コメンテーターとして、遺伝性難病の患者団体の方お二人に、受精卵へのゲノム編集技術への率直な想いを語っていただきました。

「害があっても、のどから手が出るほど試したい」


●客席コメンテーター
日本ハンチントン病ネットワーク
中井 伴子さん

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中井さんは、お母様と妹さんがハンチントン病を発症され、ご自身ももしかすると同じ病気を発症するかもしれない「at risk」という立場の方です。


ハンチントン病は、遺伝子の変化により、脳の一部が萎縮してしまうことで起こります。多くが中年期以降に発症し、まるで踊っているかのように勝手に身体が動いてしまう不随意運動や、認知機能の障害、性格の変化、うつ症状などがみられます。
両親から受けついだ遺伝子のどちらかにハンチントン病につながる変化があれば必ず発症する、常染色体優性遺伝の病気です。
「『死んでしまった方がまし』と思ってしまうほど、尊厳が失われる恐ろしい病気」と、ご家族の闘病を目の当たりにしてきた中井さんは言います。患者さんの自殺率はとても高いと言われています。


中井さんはご家族のために、新しい薬・サプリメントや、治療法の情報があれば、全て試してきましたが、その度に期待を裏切られてきました。
「国内の患者数は1000名に満たないくらい。家族は介護で手一杯、さらに『遺伝性の病気』という十字架を背負っているから、患者本人もその家族も、新薬や治療法の開発を求めて、社会に対して声を上げにくいのです」。
そんな状況の中、「何とか少しでもこの技術に近づきたい。例え害があっても、のどから手が出るほど試したい!」と、ヒト受精卵へのゲノム編集を受け止めたそうです。


「私たちも、次世代にこの病気の爪痕を残したくはありません。
ゲノム編集で次世代に予測のつかない影響を残してしまうことと、先祖代々受けついできてしまったハンチントン病の爪痕とを、同列で語るのは間違っているでしょうか?この病気だけでも、この新しい技術で『ここでおしまい』にしていただきたいと思っています」


語られた切実な想いに、多くの参加者の方が胸を打たれたようでした。


「ゲノム編集は現状のさらに上を求める技術。どこまで求めるか」


●客席コメンテーター
特定非営利活動法人 日本マルファン協会
猪井 佳子さん

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猪井さんは、お子さんにマルファン症候群の疑いがあり検査した際に、ご自身も同じ病気を持っていることがわかったそうです。


マルファン症候群は、遺伝子の変化により、身体の組織を支える力が弱くなる病気で、骨格系、眼、心血管系など、全身に様々な症状があらわれます。
特に恐ろしいのが、心臓から全身に血液を送り出す血管の壁が裂けてしまう、「大動脈解離」という症状。
若い患者さんでも起こることがあり、「どこで倒れるか、どこで死んでしまうかわからない」不安と常に隣り合わせの生活を強いられます。


受精卵にゲノム編集を施して治療すれば、その不安から解放されるかもしれませんが、猪井さんはその利用に慎重です。
「ゲノム編集をしたことによって、思いがけない症状が出てしまったら、親として耐えられない。マルファン症候群という病気を引き継がせてしまったことですでに自責の念があるのに」


また、着床前診断にも触れ、事前に受精卵の遺伝子を調べ、病気の子が生まれないようにする技術についての複雑な想いを語りました。
現在、マルファン症候群は着床前診断の対象にはなっていませんが、もし対象となったら「社会から『生きている意味のないもの』と言われるような気がして悲しくなる」と言います。


医療の進歩によって、早期に発見し、症状にあわせた適切な手術・投薬治療を行えば、多くのマルファン症候群の患者さんが平均寿命を全うできるようになりました。
しかし、ゲノム編集が目指すのは「それ以上」です。
そして、病気の症状とポジティブに向き合うには、周囲の人たちの支えもとても大切です。


「患者はどこまで求めるのだろう」。猪井さんの一言が、胸に残りました。
受精卵へのゲノム編集による治療は、患者さんやご家族の幸福にとって最善の方法なのか。もっと他に社会の側からできることはないのか。重要な問いかけを含んだ言葉だと感じました。

<会場からの多様なご意見>


中井さん、猪井さんのコメントに続き、ディスカッションでは、異なる立場から、多様なご意見が寄せられました。


遺伝性の難病を持って生まれた2人のお子さんのうち、1人を亡くされた方からは、ご自身のつらい経験から、実用化への切実な期待をお話しいただきました。


「3人目の子の妊娠がわかったとき、出生前診断を受けた。亡くなった子と同じ人生を歩ませたくなかったので、もし病気とわかったらあきらめるつもりだった。
検査の結果、発症しないとわかったので産んだが、結果を待つ間はとてもつらかった。『もし病気がなく生まれていたら、この子は不自由なく生活できたのに...』という親の罪悪感はとても強い。
苦しむ期間がない状況で、ゲノム編集で根本的な治療ができるならとても嬉しい。子どもを亡くした多くの親は、同じように願っているはず。
専門家だけのディスカッションではなく、当事者の想いをくみあげる環境をまず整えて欲しい。」

一方、ご自身が遺伝性の眼疾患をお持ちの方からは、慎重なご意見もいただきました。


「自分も病気で幼少の頃からつらい思いをしてきたが、受精卵へのゲノム編集には反対。
能力を高めたり、外見を変えたりといったエンハンスメント的な使用は、差別につながるからよくない。
治療目的であっても、使用を認める病気・認めない病気の線引きはとても難しい。遺伝子の改変に伴うリスクも心配だ。
さらに、『両親からそれぞれの遺伝子を受けついだ存在』を『子ども』と定義するなら、人為的な改変によって、両親のどちらにも由来しない遺伝子を持った赤ちゃんは、もはや2人の『子ども』とは言えないのではないか。
養子をとったり、第三者から卵子・精子の提供を受けたりして子どもを持つという方法もある。遺伝子改変までやらなければならないのだろうか?」

さらに、エンハンスメント的な使用も含め、受精卵へのゲノム編集を認めるべきだというご意見もありました。


「(この病気には適用する、あの病気には適用しないなど)利用の範囲を制限するにしても、その線引きは難しく、恣意的なものになってしまうし、勝手にやってしまう人や機関が出てくるのは止められない。
また、魅力的な技術ゆえに『ぜひやってほしい』という声も多くあがるだろう。
利用範囲の拡大を避けることはできないのだから、社会の責任の範疇を最初から広めに想定して(対象となる病気などの線引きをするのではなく)、ゲノム編集という技術の使用を管理することを目指す、イギリス式のやり方が理にかなっているのではないか」


終了後のアンケートからも、いくつかご紹介します(いずれも原文のまま載せています)。


患者の会からのお二人の話が非常に印象的かつありがたかった。特にマルファン症候群の方の着床前診断で遺伝していない受精卵を選ぶということは自己否定につながる気もして悲しいというお話は私も漠然と考えていたことをすばらしい表現で示してくださった気がした。ありがとうございました(年代・性別の記載なし)


食品に対する遺伝子組換えは、かなり粗雑な技術だと聞いた。ゲノム編集技術は新しい技術で、研究者によっても技術の差があると思うので、基礎研究はよいとしても、臨床への応用は慎重にした方がよいと思っている。「病気」の定義が難しい。線引きは、大勢の人で、公のところで意見交換して決めたらどうだろう。受精卵のヒトゲノム編集を適用するかを、個別のケースで判断したらいいのでは? (30代・女・会社員)


基本的に遺伝子の変異は、自然に任せるべき。進化の歴史に手を加えるのはとても怖い。 (50代・男・会社員)


とてもすばらしい技術だと思ったが、人間を変えてしまえる力があるのですこし恐さを感じている。( 10代・男・中高生)


生存権(憲法第25条)の視点からも検討した報告が知りたいです。それぞれの立場の主張は間違っていないと思うのですが、やはり困っている人、それを求めている方はいるので、よい落としどころが見つかる日が1日も早く来ることを願います。 (40代・女・主婦)


誰も否定しない、受け入れる社会も大切だが、それらを受け入れる自分を作ることはもっと大事なのではと思います。私自身、少しずつ乗り越えてます。 (年齢・性別の記載なし)

新しい技術への期待と恐れ。ヒトが何世代にもわたって受けついできたゲノムに手をつけることの必要性・正当性。社会が変わること、そして自分自身も変わることの重要性。...いくつもの大切な視点を提供いただきました。みなさんは、どの意見に共感しますか?ぜひコメント欄で、みなさんのご意見をお聞かせ下さい。

<継続して語り合える場を>


3回にわたって、トークイベントの様子をお届けしてきましたがいかがでしたでしょうか。

阿久津先生、武藤先生ともに、国家間も含め、社会全体で継続して議論を行っていくことの重要性を強調されていました。私たち「みらいのかぞくプロジェクト」は、受精卵へのゲノム編集について、みなさんとともに話し合える場をこれからもつくっていきたいと思います。

5階常設展示ゾーンの「コ・スタジオ」では、記述式のアンケートでみなさんのご意見をおうかがいするサイエンス・ミニトークも不定期で実施しておりますので、今回、トークイベントに来られなかった方も、ぜひご参加ください。


トークイベント終了後、より深く受精卵へのゲノム編集について語り合う「特別ワークショップ」も行いました。そのときの様子は次回、当日ファシリテーターを務めた科学コミュニケーターの樋江井がご紹介しますので、どうぞご期待ください。

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みらいのかぞくプロジェクトについてはこちら
http://blog.miraikan.jst.go.jp/event/20160115post-647.html


「あなたはどこまでやりますか?~ヒト受精卵へのゲノム編集」
Part1 何ができる?どんな仕組み?科学者の立場から
Part2 倫理的な課題と世界の動き
Part3  あなたはどう思う?会場からの声(この記事)
Part4 特別ワークショップ(Coming Soon)


キックオフイベント「"みらいのかぞく"を考える~人の心・制度・科学技術~」
第1部 文化人類学から見る家族のかたち
第2部 科学技術と生命倫理
第3部 精子提供による新たな家族のかたち 
第4部 LGBTに見る多様な家族像 

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