毛利による前回のブログ(大阪大学の中野珠実先生による瞬きの研究)はお楽しみいただけましたか?では次に、私科学コミュニケーターの高橋が、2番目の登壇者を報告したいと思います。
※本ブログは2018年6月9日に開催された「情熱プレゼン! 脳科学の最前線」の実施報告で3回シリーズです。
情熱プレゼン! 脳科学の最前線開催報告
その1 ~瞬きから探る「脳・心・社会」~ (リンクは削除されました)
その2 ~思い通りに動くということ~(この記事)
その3 ~誰も見たことがない世界を見てみたい!~ (リンクは削除されました)
続きまして、藤山文乃先生(同志社大学大学院 脳科学研究科 神経回路形態部門 教授)です!
プレゼンのタイトルは「思い通りに動くということ」です。
情熱プレゼン
皆さんはパーキンソン病という病気を聞いたことはありますか?
パーキンソン病は60代以上に限れば100人に1人と診断されるほどよく知られた病気なのですが、詳しいことは実は明らかになっていませんでした。「動きたいのに動けない」、「動き始めると止まれない」や「目印があると動き出せる」などの症状がみられるこの病気は、ドーパミン神経という神経細胞がなくなることが原因と考えられていました。ドーパミン神経は中脳に存在し、運動に関わる大脳基底核に連絡を取っています。ドーパミン神経がなくなり、連絡先である大脳基底核に不調が生じることで引き起こされるのが、パーキンソン病なのだと考えられてきました。
この大脳基底核は脳の深いところにあります。私たちが運動する際、大脳の表面の大脳皮質から線条体を通して大脳基底核へ指令が伝達され、大脳基底核からさらに視床へ、その後、視床から大脳皮質に再度伝達されます。
大脳皮質から出た指示がいったん大脳基底核を通り、視床を通じてまた大脳皮質に戻り、実際の運動に影響を与えています。これをループ構造と言います。遠回りに見える構造ですが、私たちの運動には重要な仕組みだそうです。
「指示が伝達され」と書いてきましたが、それを担っているのは脳の中にある神経細胞です。神経細胞は神経伝達物質という化学物質を次の神経細胞に渡すことで、情報を伝えているのです。この神経伝達物質にはさまざまな種類があります。例えばグルタミン酸は、受け手側の神経細胞の活動を促進しますし、逆にGABAは抑制することが知られています。
ここで、運動をする際の私たちの脳の中の大脳基底核の経路を見てみましょう。
大脳基底核の外側にある視床はグルタミン酸を大脳皮質に送る興奮性、つまり「運動しよう」という情報が大脳皮質に送られて、運動が開始されます。しかし、大脳基底核の黒質網様部から視床をつなぐ神経細胞はGABAを送るため、視床の「運動しよう」という働きが抑制されます。また、これらを直接路ニューロンと間接路ニューロンという2種類の経路が制御します。直接路ニューロンは線条体から大脳基底核、黒質網様部へと直接連絡し大脳基底核の働きを抑制し「運動しよう」と指令を出すもの。間接路ニューロンは抑制性の淡蒼球を介して(間接的に)視床に連絡し最終的に「運動をやめよう」という指令をだします。
従来、これらは独立してあると考えられていました。このように複雑に連絡し合い、「運動しよう」、「運動をやめよう」という反する指令を大脳基底核が制御することで私たちはスムーズに動けると先生は言います。
同じく神経伝達物質のドーパミンは受け手側の神経細胞の受容体の種類によって興奮性・抑制性の連絡を取ることが知られています。大脳基底核の中では、ドーパミンは線条体へ連絡を取っています。線条体の受容体がドーパミンを受け取ると、直接路ニューロンの場合は興奮性に働き、間接路ニューロンの受容体が受け取ると、抑制性に働く、つまりドーパミンがあると大脳基底核の中で「運動をしよう」の指令は強くなり、「運動をやめよう」という指令は弱くなる結果になります。
パーキンソン病ではそのドーパミンがなくなるので、「運動しよう」という情報がなくなり「運動をやめよう」という指令が強くなります。そのため、「動きたいのに動けない」という症状が現れると考えられていました。
しかし、この説明ではパーキンソン病の「動き出すと止まれない」という症状は説明できません。藤山先生は、このことからこの仮説に疑問を持ちました。
そうして先生は医療の現場から研究者の道を選びました。
藤山先生は電子顕微鏡による観察や分子遺伝学などのさまざまな手法を取り入れた研究を行い、大脳基底核の運動に関わる神経細胞の連絡先についてより詳細に調べました。そして、それまで基本的には独立であると思われていた直接路ニューロンと間接路ニューロンですが、ほとんどの直接路ニューロンが間接路の中継核である淡蒼球の神経細胞に情報を送っていることを報告しました。
この直接路ニューロンの存在により、私たちは「運動しよう」という指令を送るだけはなく、間接路に連絡することで同時に、自分の運動を止める仕組みを持つことができる可能性があるということです。
これをパーキンソン病の「動き始めると止まれない」の症状で考えると、直接路ニューロンは大脳基底核からのドーパミンにより興奮しますが、パーキンソン病ではドーパミンがないため、「運動しよう」という指令も弱く、一歩目を踏み出せない。そして、なにかの拍子で踏み出しても自分の運動を止める仕組みが働かず、運動を止めることができない。「動きたいのに動けない」と「動き始めると止まれない」の症状を同時に説明できる仮説が可能になるかもしれません。
しかし、まだ謎は残っています。「目印があると動きだせる」という症状はこの仮説では説明しきれませんが、先生はすでにその謎に迫りつつあるそうです。
一見説明がつかない症状を前に、それでも諦めず研究活動を行ってきた先生のご活躍に、今後もぜひ注目していきたいですね!
質疑応答
藤山先生のご公演の後に質疑応答の時間を設けました。ここではそのうちいくつかを紹介したいと思います。
Q1 参加者_どうしたらパーキンソン病は治療できますか?
A1 藤山先生_なくなったドーパミンをL-DOPAなどで補充するという方法があります。しかし、ドーパミンは意欲や感情に関わっています。報酬系と呼んでいますが、期待以上だったり、予想外のうれしさがあったりしたときに脳内に出るものなのです。このような生理的な放出を、1日3回薬を服用するなどで再現するのは難しいと思われます。脳深部刺激という、脳内に電気を通す方法もあります。これは、脳のペースメーカーのようなものです。
Q2 参加者_GABAのチョコレートなどがあるが、「ドーパミンのチョコ」ではだめなのですか?
A2 藤山先生_私たちの脳には、血液脳関門と呼ばれる仕組みがあり、不必要に異物が入って来ないように守られています。基本的に食べたものは、この仕組みに阻まれて直接は脳に行きません。食べることによる治療には工夫が必要となります。
Q3 参加者_脳に点滴みたいなものはできないのですか?
A3 藤山先生_脳の血管は非常に複雑で直接注入するのは大変難しく、通常は行いません。また、皮膚に薬剤のパッチのようなものを貼って皮膚から徐々に吸収させるという薬も売られています。
Q4 参加者_どのような動物を用いて研究を行っているのですか?
A4 藤山先生_おもにネズミなどを用いていますが、人がパーキンソン病を発症するまでには、長い年月がかかっていますので、これを動物の寿命で全く同じように再現するのは難しいです。
最後に私から、先生へ質問を投げかけました。
Q5 高橋_研究において、一見説明がつかない全くの謎に立ち向かうには勇気が必要だと思うのですが,どのような想いがあったのでしょうか?
A5 藤山先生_報告されている研究成果では実際の患者さんの症状を説明できない、この現実に目をつむることはできませんでした。そこに誰も異を唱えないことはよくないのではないかな、と感じ、思い切ってやってみよう!という気持ちがありました。
なるほど、「情熱プレゼン」というこのイベントに納得の、藤山先生の研究への情熱が会場に伝わりました。
直接会場で聞きたかった!と思われた方に耳より情報です!
来る2018年7月29日(日)に、今回ご登壇された先生が、再度みなさんに向けてプレゼンテーションを行うイベントが神戸コンベンションセンターで開催されます!詳細は以下のページをご覧ください。
第41回日本神経科学大会 市民公開講座「脳科学の達人」
2018年7月29日(日)神戸コンベンションセンター
http://www.neuroscience2018.jnss.org/open_lecture.html (リンクは削除されました。また、URLは無効な場合があります。)
では、続いて最後の登壇者にまいりましょう!
「情熱プレゼン! 脳科学の最前線・その3」に続く
謝辞
最後になりましたが、本記事を執筆するにあたり、同志社大学 脳科学研究科システム脳科学分野 神経回路形態部門の藤山先生には大変お世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。