頭蓋骨コミュニケーション 〜骨に恋する復顔師~

はじめまして!

2013年10月に入社いたしました、科学コミュニケーター(SC)の 戸坂 明日香 です。よろしくお願いします。

私の専門分野は芸術。未来館現役SCの中では紅一点...ならぬ芸一点の芸術系科学コミュニケーターです。大学では美術解剖学研究室で芸術と科学の融合した研究をしてきました。研究テーマは復顔(ふくがん)です。

みなさんは復顔をご存知ですか?復顔とは頭蓋骨に粘土をつけて生前の顔を復元することです。警察の科学捜査(*注)の担当官 や博物館の人類学者の中には復顔を専門にしている人がいます。 刑事ドラマなどで見たことのある人もいるのではないでしょうか?

今回は自己紹介を兼ねて、復顔像の作り方を皆さんにご紹介したいと思います。

*注:警察の場合には具体的な顔に作りすぎると目撃情報が集まりにくくなってしまう場合があるので、細部のつくり込みはせずに大まかな印象に留めておく必要があります。

今回ご紹介するのは、国立科学博物館の企画展に合わせて私が手がけた復顔作業です。私は復顔像の原型制作を担当していますが、私以外にもたくさんの専門家が関わっています。顔の復元プロジェクトは骨を発掘したところから始まります。

骨の修復とレプリカ制作

発掘された頭蓋骨は状況により破損している場合があります。このような頭蓋骨は同じ発掘場所から骨の破損部分を見つけ出し、つなぎ合わせて復元していきます。この作業は修復の専門家が行います。

復顔の作業では、常に、事前に本体から型取りしたレプリカ(複製)を使います。頭蓋骨本体は人類学において歴史的な資産ですし、遺骨としても丁重に扱う必要があるため保存しておきます。シリコンで型を作製し、FRPという樹脂を流し込みレプリカを作ります。この工程は模型職人が行います。

頭蓋骨から身元を推測

頭蓋骨は「骨の形状」や「発掘された場所と状況」などから身元を特定します。

骨の形状...「性別」「年齢」「時代ごとの特徴」「個性」などを見ることができます。今回ご紹介する頭蓋骨は男性です。男性の場合、頭蓋骨自体が女性に比べ大きくしっかりしていますが、それだけではありません。眉毛のあたり(眉弓)が盛り上がっていたり、後頭部の一部に隆起(外後頭隆起)があるなど男性に特有の形があります。年齢は骨や歯の成長・発達状態から推定できます。また生活習慣(食事・運動・病気)による骨の変化を見分けることも、復顔の材料として大切な要素となります。骨の分析方法に関しては後日ここでご紹介したいと思います。

発掘場所と状況...今回、復顔した男性の頭蓋骨は池之端七軒町遺跡という場所から発掘されました。池之端は江戸時代の町人階級の人たちがたくさん住んでいた場所で、当時の町人の埋葬方法であった木棺とともに発見されています(武士階級は甕棺)。また木棺が埋葬されていたお寺の格式や副葬品、その周辺の出土品などからも町人階級に属していた人物と考えられます。遺体とともに棺に入れる風習のある六文銭の鋳造年代を調べることで時代を推定することもできます。

このように身元を推定する作業は主に法医人類学者が行います。

レプリカに粘土で軟骨や筋肉などを付けていく

ここからが私が行う原型制作です。法医人類学者のアドバイスを受けて頭蓋骨の形を読み取り、形にしていきます。

① 骨の計測

まず、粘土を付ける前に骨を計測します。計測にはマルチン式計測法という世界共通の人骨計測法を使います。顔の計測点の数は研究者により異なりますが、およそ15〜34点。骨の凹凸や歯の形状によって計測点の位置が定められます。(ご興味のある方は馬場悠男先生の『人骨計測法』がお勧めです。)

計測点に軟部組織(顔の筋肉・脂肪・皮膚)の厚さ分の杭を取り付けます。厚みを決めるには、人種ごとに計測して平均値を割り出した既存のデータを使います。写真では軟部組織の下にある深部の筋肉(側頭筋と咬筋)をつけています。

② 眼球の固定

眼球となる球体を埋め込みます。人種や時代に関わらず、人間の眼球の平均的サイズである直径25mmのものを用います。

位置は眼窩(眼球の収まる頭蓋骨の窪み)の形を見て決めます。人種により眼球の突出具合は異なりますが、眼球の位置に関する科学的データはまだ少なく、資料の充足が求められています。鼻の先は軟骨なので骨は残りません。そのため鼻の高さや形状は顔面中央の骨の形を見て決めます。

③ 浅部(表面に近い部分)の筋肉をつける

人間の頭蓋骨は左右対称であることはめったにありません。ほとんどの場合で、何かしら歪みがあります。骨の形を見ながら、顔の歪みに合わせて表情筋をつけていきます。

④ 半分だけ皮膚を付ける。

全部に皮膚を付けると骨の形がわかりにくくなってしまうので、半分ずつ付けて顔の印象をみます。その後で全体の皮膚をつけていきます。

⑤ 髪型の形成

髪型は復顔する頭蓋骨が何時代のどんな人なのか...という歴史的な背景を踏まえてつくります。

この方は江戸時代中期の町人と考えられているので、町人男性に流行った髪型を採用することにしました。結びは緩く、髷を少しずらすのが粋!髪型などの装いに関しては、江戸文化の研究者よりアドバイスを頂きました。復顔の原型作業はここで終了。型取り業者さんに渡します。

型取り・彩色

写真:国立科学博物館の企画展『江戸人展』にて

型取り業者さんによって肌のテクスチャー(毛穴やキメ)が付けられ、型取・彩色して完成です。テクスチャーや彩色によって顔の印象が変化するため、仕上げには法医人類学者と復顔師(戸坂)が立ち会って監修します。

復顔のプロセス、いかがでしたでしょか?

復顔は科学的なデータに基づいて行われますが、実は科学だけでは分からない部分もあるのです。

例えば耳や鼻は軟骨のため、骨が残りません(残るのは硬骨だけ)。また唇の厚さや瞼の形など数ミリで顔の印象が大きく変わってしまう部分もあるため、科学的なデータだけで顔を作ることはできないのです。そこで必要になってくるのが「観察力」と「想像力」。

私は復顔の仕上げ段階になると、電車によく乗ります。車内でたくさんの顔を見ていると"全員に共通する骨格"と"共通しない骨格"があり、「共通する骨格は人間の構造によるもの」「共通しない骨格は個体差」として見えてきます。頭蓋骨と外観の関係性を観察して分析するのです。こうして「観察力」を鍛えると勘が働くようになり、勘が「想像力」を刺激します。「想像力」は人間の微細な顔の違いをつくるのにとっても重要なのです!!

復顔は「造形技術(粘土の扱い)」も必要ですが「観察力(科学的な見方)」と「想像力(表現)」が欠かせないので、私は(不審者に間違われないように気をつけながら)日々、人間の顔を観察しています。

 

始めにも書きましたが、頭蓋骨の形は性別や年齢だけでなく、食事や生活習慣などによって変わっていきます。頭蓋骨の形をしっかり観察すると、その人の生前の姿が自然と見えてきます。頭蓋骨を理解して粘土を付けていけば自然と顔が現れてくるのです。

復顔は頭蓋骨とのコミュニケーション。頭蓋骨は何も言ってくれませんが、相手(頭蓋骨)をよ〜く観察すると"わかること"がたくさんあるのです。

皆さんは自分の骨を意識して観察したことはありますか?皮膚に被われて見えない骨には、皆さんのこれまでの人生が刻まれています。この世に全く同じ骨は存在せず、骨はそれぞれとっても個性的。そして骨の形は死ぬまで変わり続けるため、今後も皆さんの人生を映し出して行くのです。鏡で見たり触ってみたり...自分の骨と向き合ってみると今まで知らなかった自分の姿が発見できるかもしれません。

未来館の5階には人体骨格標本(通称:ボニーちゃん)があります。その近くで骨について熱く語っている科学コミュニケーターがいたら、それは私です。どうぞ気軽に声をかけて下さい。ボニーちゃんをご紹介いたします。

未来館で頭蓋骨コミュニケーションしてみませんか?

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