春節とPM2.5と科学コミュニケーター

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皆さん、过年好。(明けましておめでとうございます。)
中国の春節を日本で迎えた蒋です。

先月、未来館の展示フロアで私は中国からの小学生100人ほどの団体を案内しました。
ASIMO実演を日本語に中国語を交えて紹介したこともあって、皆さんはかなり熱心にASIMOを見学していました。そして、未来館の他の展示にも興味津々でした。日本の先端科学技術を触れながら、真剣に学ぼうとするその様子に私はとても感心していました。
全部で1時間ほど未来館を見学して、帰り際にある男の子がデジカメで撮った写真を私に見せてきたのです。

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(写真はイメージです。)

そこに写っているのは空でした。そして、そうつぶやきました。
「日本の空は、青くて、きれいだね」って。


・・・・・・・

何も返す言葉ができなかった私がそこにいました。ただただ呆然としていました。すごく悲しくなりました。
だって、自分の小さい頃、故郷の空はとても青かったし、10年ほど前に日本に来たばかりの時だって、日本の空が特別に綺麗だとは思わなかったのです。

この数年間のあいだ、ひどく汚された空が子どもたちの心まで灰色に染めてしまったとすら感じました。
中国でこの時代に生きている子どもたちには、裕福な家の子もいれば、貧しい家の子もいます。しかし、これから何年も等しくPM2.5の脅威の下に生活しなければ行けないということは変わりはない。将来、自分が母国に帰ったとき、自分の子どものことを考えると、心が痛くなりました。

この話をFacebookで書いたら、日本の友人からの反響が多く、このようなメッセージが寄せられました。

  • 「綺麗な空だと思う気持ちがあればきっと大丈夫だと思います。私が小学生の頃、熊本にいたせいもあり「水俣病」や新しい公害として「イタイイタイ病」が大問題で将来の海や空がとっても心配でした。。。」
  • 「日本もその昔・・経済発展の下、大気汚染 光化学スモッグに苦しんできた(~_~;) 中国もまた環境改善に目覚めると祈るばかり!」
  • ・・・・・・

昔の日本も環境がよくなかったという事実を、はじめて知りました。
ネットで調べて見たら、このような文章が見つかりました。

東京は昔かなり大気汚染があったという。
そして、日本は大気汚染の克服に向かって頑張った!ということでした。
日本政府が努力して打ち出した策も重要だったのでしょうが、もっとも大切だったのは日本国民の環境に対する意識の向上でした。

同様に、「これからの中国の大気汚染は改善していけるのか?」も中国国民の意識改善にかかっていると私は思います。

去年は、この春節(中国でのお正月)の時期に書いたブログで、爆竹の話をしました。
春節の大気汚染を減らそうと、北京市気象局が独自で「爆竹指数」の天気予報を始めたものです。
実は、去年の北京市が独自でやった「爆竹指数」の天気予報が、今年中国全国に広がっていました。中国の中央気象局の主導で、中国全土の「爆竹指数」の天気予報を開始したのです。
その詳細はこちら:(2014年

1月31日の例)

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(写真は中国气象局から引用。)
4つのレベル※を分けて、地方ごとの「爆竹指数」が予報されています。

  1. :花火や爆竹を鳴らすのに適す気象条件。
  2. 黄色:花火や爆竹を鳴らすのにあまり適さない気象条件。注意しながら控えめに鳴らすべき。
  3. オレンジ:花火や爆竹を鳴らすのに適さない気象条件。できれば鳴らさないように。
  4. :花火や爆竹を鳴らすのに最も適さない気象条件。鳴らさないように。

(※去年の北京市の予報は、①~③まで3つのレベルで分類されました。)
このように、北京市で始まったローカルな予想は、全国に広まり、中国の政府も国民も、大気汚染への関心が高まったと言えます。

では、なぜ一気に意識向上したのでしょうか?
このような個人の意識向上の裏付けには、大気汚染のさらなる悪化とPM2.5数値の公表などに、深く関わっていると思います。


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こちらは中国の友人が撮った写真ですが、
実際の大気の状態が良くないということが一目見て誰でも分かります。

さらに、先日中国でGreenPeaceにより発表された主要都市(74都市)のPM2.5濃度高いランキングの発表もたくさんの注目を集めています。
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(中略)

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(写真は浙江在线绍兴频道から引用。)
悪いTop10と良いTop6をここに並びましたが、皆さんの知っている都市があるのでしょうか?
ちなみに、北京は13位、上海は48位です。
(詳細のランキングはこちら:中国語サイト

ランキングが一番良いところ(PM2.5の濃度が低い)を見てみると、74位の「海口」市が1立方メートルあたりの年平均値25.6μgです。(130という数値は、最大の一日平均値を表しています)
日本で定められた基準数値【1年平均値15μg/m3以下 かつ 1日平均値35μg/m3以下】と比べてみると、一番環境がいい都市「海口」でも、日本の基準数値に満たしていないことが分かります。
(ちなみに、中国でも日本とほぼ同じ基準が定められています。中国語サイト

2月16日追記
中国の基準は「一級」「二級」があり、より厳しい「一級」は日本と同じ年平均15μg/㎥、日平均35μg/㎥ですが、「二級」では年平均35μg/㎥、日平均75μg/㎥となっています。2012年にこの基準を設定し、適用開始は2016年です。

このような目に見える状況下で、中国の人々は危機感を急激に持つようになったと思います。
だからこそ、春節の爆竹に関しても、禁止した方が良いという声が去年より断然、多くなりましたし、普段は自家用車を使うのが控えようという動きが以前より活発になってきました。
さらに、日本の昔の教訓から学ぼうと、中国から勉強しにきた市の職員の方も多くなったそうです。

このような様々な活動が多くなればなるほど、中国の環境問題だけではなく、世界の環境問題に対しても、皆さんの意識が向上できると思います。
私たち人間は、地球環境に対してどのぐらい改善意識ができるのでしょうか。窮地に追い込まれないと何もできないのでしょうか。PM2.5をめぐる中国の状況を実感しながら、このような疑問が出てきました。
そして、私たち、科学コミュニケーターは何ができるのでしょう?

社会に様々な観点から発信すること、そして、意識喚起のようなリスクコミュニケーションをするなどは、私たち科学コミュニケーターの役割だと改めて思いました。

私はなぜ、東京の青空の写真を見せてくれた中国の男の子の言葉に、何も答えられなかったでしょうか。
自問自答しながら、一中国人としても、一科学コミュニケーターとしても悔しい思いをしました。
中国人として、昔の母国のきれいな空をその子に伝え、科学コミュニケーターとして、今後母国にきれいな空を取り戻すためにはどうすべきか、をきちんと伝えたかったのです。


これこそ、私が中国人として未来館にいる理由だと感じました。中国の環境改善に目覚めると祈るだけではなく、私だからこそ自ら何か行動しないといけないと思いました。

そして、PM2.5の問題を限らずに、地球全体の問題にも長いスパンで考えていかないといけません。100年後、1000年後を見据えて科学コミュニケーションをしていきたいと切々と思いました。



※ 本文の中のデータなどの情報について、下記サイトを参照しております。

中国气象局:http://www.cma.gov.cn/

绍兴频道: http://sx.zjol.com.cn/

GreenPeace: http://www.greenpeace.org/

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この記事への3件のフィードバック

本当ですね、私は北欧に住んでいます。 こっちの空気に慣れて日頃特別に綺麗だとは思っていないけれど、子供たちと里帰りするたびに東京の空気は子供たちによくないだろうな、と感じます。 今の中国で育った人達はきれいな空気がどんなものなのか、どんなに気持ちの良いことなのかも忘れてしまっているんだと思います。コミュニケーターとして、青い空のしたで暮らすことができる者として中国の人にも青い空とはどうゆうものなのか伝えることができたらいいですね!

尚子 様

コメントいただきまして、ありがとうございます。

北欧に住んでいらっしゃるのですね。わたしもヨーロッパに何回か出張や旅行で行ったことがあります。やはり空気のきれいさが違いますね!

しかし、PM2.5に対する環境基準は、EUのほうが日本よりも低いようです。
http://www.kankyo.metro.tokyo.jp/air/air_pollution/PM2.5/about.html
それでも環境に対する意識の高さが昔から言われています。
これは結構興味深い話だと思います。

そして、私にできるのは、今の中国で育てられている子ども達に、そのきれいな空を伝えるだけではなく、取り戻すためにはどうすれば良いか、教育の面でサポートしていくことだと思います。

こんにちは、蒋 赫さま。私は日本が公害大国であった時代を経験しているロートル研究者です。何か参考になればとコメントしてみます。

経験しているとはいえ、日本が公害大国であったのは私が子供の頃になります。そして、大きなショックを受けた世代です。小学生くらいの頃には「科学技術バラ色論」とでも言える時代をまず過ごす訳ですね。様々な産業が活発になり、身の回りの生活が家電製品や輸送機関により便利になっていく。その中で「科学技術ってすごいのだ、我々の生活はどんどん便利に良くなっていくのだ」と無邪気に信じられた時代をまず経験したわけです。そして、最も多感な思春期を迎える頃に水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそくなどの公害病や公害問題について知る訳です。これは大きなショックです。子供の頃には無邪気に「大きくなったら科学者になる」「僕は技術者になる」と言っていた友達が「科学なんて良くないものじゃないのか」と言い出すような、そんな大きな反動があったのです。

我々の世代の日本の研究者には、この「科学技術は善なのか悪なのか」みたいな自問自答を思春期にした者が結構います。そして、「科学技術が引き起こした悪いことは科学技術で無くする」といった一種の突き抜けた意識で科学者や技術者になっている面があります。ある意味で「公害」といった用語には敏感に反応する世代です。そして対策に熱心な世代でもあります。

同時に環境対策技術が産業競争力にもなることを経験した世代でもあります。米国で自動車の排気ガスの厳しい基準であるマスキー法が制定されたとき、おそらく世界で一番熱心に「なんとかクリアしてやる」と取り組んだのは日本の研究者たちでした。おそらく子供の頃の「科学技術は善か悪か」の迷いと「科学技術の悪は科学技術で善にする」という突き抜けが影響しているような気がします。そして、その厳しい基準をクリアできるだけの技術を開発した時に、「日本の技術はすごい」と言われるようになっていた訳です。

ロートル技術者の回顧談です。

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